第4話 美しい少女、楽園への第一歩
『魔法』それは誰もが夢見る超常的な力。
物理法則を無視したそれはエネルギー問題の解決へと……堅い話はやめよう。
だけど、それだけ無数の可能性がある力ってことだ。
漫画やドラマでしか見ないような未知の塊。
それが今、現実となって目の前に。
「行け!ウォーターブレイク!」
魔女の掛け声と共に水の塊が自分に目掛けて飛んで来る。
急な出来事に体が硬直し、どう対処するべきか思考が定まらない。
ヤバイヤバイ!せっかく異世界に来られたのに早速ゲームオーバーだなんて絶対に嫌だ!
1日の内に2度も死ぬなんて神が許しても私は絶対に許さない!
動け体!何でも良い!怪我を最小限に抑える為に何かして!
ドカーン!!と水から発する音とは思えない轟音が鳴り響く。
「ご主人様!」
「フフ、黒髪の魔女にしては呆気なかったわね。それとも
普通の魔女でさえ、アレだけの魔法をマトモに喰らえば生きていられる保証はない。それが何の変哲もない一般人なら尚更。
エルフは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「い、いやー、普通に危なかったわー」
「!?」
しかし、その笑みは崩れる。
爆発が起きた場所から何事もなかったように少女は立ち上がった。
服についた埃払い、余裕綽々の笑みを浮かべる。
「ど、どうして生きている!」
「フッフッフッ、私に掛かれば寝転んで避けるだけで余裕さ」
本当は腰抜けて倒れただけなんだけどね。
でも、相手の自信を損失させるには良いはずだ。
「こうなったら、もっと範囲を広くして!」
あれー?もっと面倒なことになったぞ。
そっちがそう来るなら、コッチにだって策はある。
「リーゼ!魔女から杖を奪って!」
再び杖に魔法の光が灯った瞬間、リーゼの手が魔女の杖を掴む。
「ちょ、離しなさい!」
「無理です。命令なので」
集中力が途切れたか、あるいは誤爆させない為なのか、杖の光は分散して、杖を掛けた攻防を繰り広げる。
その様子を見るに、やはりリーゼを傷つける気はないようだ。
今のうちに彼女を拘束しよう……と思ったが足が動かなかった。
怖いからでは無い。
なんか2人が戯れ合っている姿を見ていると、仲慎ましい姉妹のようで、邪魔をするのは気が引けたからだ。
「何をニヤけているのかしら!気色の悪い!」
「ご主人様!早く逃げてください!」
おっとついつい。可愛いものを見るとジッと観察してしまう癖が出てしまった。
「リーゼ!まだ契約書って持ってる?」
「は、はい!予備が何枚か」
……聞いといて何だがそんなに奴隷契約者ってポンポン手に入るものなの?
とにかく、あまり気は進まないがこの状況を落ち着かせるには1つしか思いつかない。
私は魔女に向かって走り出す。
注意はリーゼが引いてくれているが、私が近づけば必ず…。
「…!?近づくな!シャイニング!」
矛先はコッチに向く。
しかし、魔法の発動をリーゼに阻害され、あさっての方向に飛んでいく。
リーゼを守ったつもりが逆にお邪魔な存在となり、私をサポートするのに最適な場所に位置している。
この好奇を逃すわけにはいかない。
魔女へ飛び込み、手から杖を奪い取る。
そして、そのまま手首を押さえ、魔女の体を完全にホールドする。
「リーゼ、契約書1枚頂戴」
「はい、こちらです」
ポケットから綺麗に折り畳まれた紙を1枚取り出す。
「な、何をする気よ」
「貴方には少しだけ奴隷になってもらいます」
話を聞いてもらえない以上、これ以外の方法は思いつかなかった。
奴隷にするのは気が引けないが、わかって貰えば普通に解放するつもりだ。
必死に抵抗するが虚しく、力を入れることさえ出来ない状態だ。
契約書に自身の名前を書き、魔女さんには人差し指をお借りしよう。
「リーゼ、なんか墨みたいなの持ってない?」
「はい、これですね」
おお……準備万端だな。優秀な子を手に入れて良かった……のかな?
とにかく、やることをやろう。
今からやるのは博打だ。
日本語が適応するなら、他のルールでも適応するはずだ。
しかし、名前は書いてないし、同意も得ていない。
だから、一か八かの賭けに出る!
「や、やめて!」
魔女の指に墨付け、もう1つの著名欄に指紋をつける。
すると、あの時のように契約書が光り輝き、魔女の胸元に紋章を作り出す。
その様子を確認したのち、私は魔女の手首を離した。
やった!成功した!
めっちゃ罪悪感があるけど、今回は不可抗力ってことで片付けるのは……無理だな。
「く、屈辱よ。今すぐに解放しなさい!」
「うっ……それなら私の話を聞いてください。そうすれば手荒な真似はしません」
もう十分にしてるけど。
「まず第一に私は魔女ではありません」
「嘘よ!その黒髪が何よりの証拠はず!」
「なら私の格好を見て魔女だと思いますか?」
「……み、見窄らしい格好してても私は騙されないわ!」
グサっ!と心に矢が刺さる。
こんなにジャージ姿が似合う女は他にいないだろ!と叫びたいが堪える。
「それにこんなことをしておいて……魔女の名を穢すような悪行は許せないわ!」
グハ!……何も言い返せない。
魔女云々を抜きにしても人としてあるまじき行為。
勝手に奴隷にさせられるなんて、普通の人は悔しいし屈辱的だろう。
「それは本当に申し訳ないです。でも、私は魔女でないと話を聞いてもらいたかった」
「……」
「私には力も知恵もない。だから、手荒な真似でしか貴方を大人しく出来なかった……ごめんなさい」
地面に膝をつき頭を下げる。自分なりの精一杯の謝罪。
人としての尊厳を失っても、良心だけは無くしてはならない。
今回のことは自身への戒めとなるだろう。
「……はあ、わかったわ。そこまでされちゃうとコチラもやる気が削がれるわ」
「……ありがとう」
ホッと胸を撫で下ろし、頭を上げる。
「ところで奴隷の契約ってどうやって破棄するの?」
「え?知らないの?」
うん、だってこの世界に来たばかりだし、元の世界はそんなの存在してないからね。
唯一知ってそうな人は隣にいるけど。
「……リーゼは知ってるよね?」
「いいえ、私は契約の仕方しか知りませんよ」
「わぁーお、なんてこった」
こればかりは確認を怠った私の責任だ。事前に聞いておけば良かったよ。
「はぁ、
「ほほぅ、なるほどね」
どうして魔女がそんなことを知っているのかはさておき、契約書であるならその方法で破棄に出来る可能性がある。元の世界もそんな感じだったはず。
確か、この契約に同意しましたって言う証拠品だから、それを無くせば契約は無かったことになるんだっけか。
この天才的な頭脳の奥底にある記憶がそうと言ってるのだから多分大丈夫……なのだが。
「触らぬ神に祟りなし。正確な情報を集めるまでこれを破くのはやめようか」
「は!?約束と違うわよ!」
胸ぐらを掴みそうな勢いで迫る。彼女の怒りはごもっともだ。
しかし、私にも私なりの考えはある。
「まず冷静に考えてみましょう。もしこの方法が間違っていて、万が一にでも貴方が一生奴隷のままになってしまったらどうします?」
「それは……困る」
「でしょ。だからね、私達と一緒に解除方法を見つけない?」
「……なんか誤魔化そうとしてません」
「いえ、そんなことは」
そこからわちゃわちゃと口論を繰り返し、小一時間ほど経過した。
だけど、話はまとまらず、疲労感と時間だけが過ぎていく。
「はぁー、埒が明きませんわ」
「そうだね。リーゼも寝ちゃったし」
私の膝の上でスヤスヤと可愛らしい寝息を立てる少女。ちょっと前も寝ていたけど、そんなに寝不足なのかな?
彼女の寝顔を見ているとコッチも眠気が出てくる。
そろそろ話に決着をつけないと、私まで寝てしまいそうだ。
「もう一度言います。私達と一緒に旅をしてください。その間、貴方には命令はしないとお約束をします」
「だから、それが
クッ!正論すぎてぐうの音も出ない!こんな経験初めてだ。
元の世界では、私がお願いすれば全人類YESと答えてくれたのに、ここではそれがない。
村での一件もあって、私の自尊心とメンタルはボロボロだ。
……流石にもうダメだな。彼女の意思は固いし、無理強いも良くない。
奴隷としての力を使えば簡単に従わせることが出来るけど、そこまで堕ちたくない。
だから、素直に諦めることにする。
それにしつこ過ぎると女の子に嫌われるし、チャンスは一度きりじゃない。
また会った時に話し合いをすれば良い。
「わかりました。今回は諦めます」
「む、急に素直ね。逆に怖いわ」
「でも、次会った時は必ず貴方を説得させますよ」
「勝手にしなさい。
魔女は何処からともなく箒が出現させ、それに跨り宙へ浮かぶ。本当に箒で飛ぶんだとその様には感動すら覚える。
しかし、感動している場合ではない。
彼女にはもう一つ聞きたいことがあるのだ。
「あの、せめて名前だけでも!」
「……術の魔女。それ以外名はないわ」
そう言って、彼女は遥か上空へと飛んでいってしまう。また何処かで会えるだろうか?
……いや、絶対に出会える。
今は後のことを考えよう。
でも、ちょっとだけ休息するかな。
私はその場で目を閉じ、眠りについた。
せっかく異世界に転移したのに魔女として迫害されたので、自分だけの楽園を作りたいと思います @teki-rasyu
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