第2話
痛い程の日差しが肌を突き刺す。
小菅駅を出たところ、金村篤志と唐崎美波は生きる気力を失った。 猛烈な湿気と暑さの壁が2人を包み込んだのだ。
「これ、ほんとに死にますよ。」
ああ、うぅと、唐崎は返答する気力すら最早ない。
過剰なクーラーで冷えた部屋の中に閉じこもっていた代償はあまりにも大きいようだ。
数分歩くと、建物の間からチラついていた、巨大な要塞の姿が顕になった。
「あそこに、いるんだよね」
唐崎は少し暑さになれたのかそう言った。
ええ、と金村も返答する。
日本犯罪史上類を見ない大量殺人犯。
予定に調整を重ねに重ねた結果、今日この日に会うことが決まった。
「彼はどんな人なんだろうね。」
唐崎は、手元にあるスーツのジャケットを着直す。
もう、入口はそこにあった。
まず受付に寄って見ると、注意事項やら持ち込み禁止物に関しての話を聞かされ、受付番号の書かれた紙を貰った。
あとは市役所と同じだ。紙とおなじ受付番号が待合室のテレビで映し出され、何階のどこに行けばいいのかが示される。
待合室の雰囲気は異様だった。老夫婦や、若いやせこけた女性、大学生ほどの青年や、明らかにカタギではない人々が呼ばれる番を待っている。
「結構人いるんですね。」
「まぁ、死刑囚だけいるって訳でもないしね。」
改めて、調べた情報を振り返る。
金村がまとめた内容を印刷してファイリングしたものを開いて、唐崎もそれをのぞき込む。
伊垣准也 29歳
地方国立大学を卒業した後、大手部品製造メーカーの南関東ニューテクノロジーに就職。
人事部厚生課のメンタルヘルス部門において、社内の労働衛生環境を精査、必要においては適切な処置を行ったり、予防カウンセリングを行い、労働環境の改善を計っていた優秀な社員。
社内でも物腰柔らかで気が利く人物だったそうだ。部下、同期の相談にも積極的に乗り、的確なアドバイスと共感、ユーモアセンスにもたけていた。
「大手企業に務める優良人材そのものですよ。」だがその裏は恐ろしいものだった。
約4年で58人の犠牲者。
被害者は全て女性。
強制性行、傷害、殺害、死体損壊、遺棄。
特に損壊された痛いの状態は酷いもので、被害者遺族は深い精神的苦痛を味わい、社会復帰が難しくなってしまった人もいるという。
1部で彼は反社会性人格障害であっただとか、演技性人格障害であるとかも囁かれている。
『26番の方は10階にお上がりください。』
事務的なアナウンスが響き渡る。
唐崎も金村も同時に上のモニターに顔を向ける。
「よし、いこう。」
そう言って、唐崎は立ち上がる。
金村は急いで、リュックの中にファイルをしまって彼女のあとを追った。
灰色の長い廊下をあるきつづける。
この先に、この長い無機質の先に
彼がいる。
面会室は思ったより広くも狭くもなかった。
薄い特殊ガラスの向こうには、刑務官が座るであろう机付きの席と、我々が座る席と向かい合わせになっているパイプ椅子が置かれていた。
緊張が空気感を張り詰めさせる。
耳が痛いほどの静寂がを襲っている。
静寂を叩き割るように、扉は開かれた。
向こう側で、刑務官が扉を開けたのだ。
清潔感のあるワイシャツ。そこにライトグレーのカーディガンを羽織っている。オフィスカジュアルが推進された企業の社員みたいな風貌だ。
髪は清潔なツヤを放ち、長さこそ足りないように思えるが、髪型は社会人として適したものだった。
何も知らなければ、人は彼をなんと思うだろう。
彼はお辞儀をして、丁寧な所作で椅子を引き、着席した。
「はじめまして、伊垣准也といいます。」
向かい合った男はそう名乗った。
伊垣は綺麗な顔立ちをしていた。20代後半にもかかわらず、肌は綺麗で、イケメンと言うより美人と言った方が良さそうなほど華奢だった。
「はじめまして、みつば社の編集長、唐崎美波です。こちらは社員の金村です。」
「はじめまして、金村篤志です。」
すると、伊垣は金村の方をゆっくり向いた。
「あなたが金村さんですか、先程は差し入れをありがとうございます。」
そう言って屈託のない笑みを伊垣は浮かべた。
「私が読書を好きなのをご存知だったんですね。」
ネットだとか過去の週刊誌を漁っていると、伊垣が読書家であることが何ヶ所かに書かれていた。なので、金村は書店の店先に並べられていた新作小説を2冊ほど買って差し入れたのだ。
「ええ、まぁ少しネットで見まして。」
伊垣はうんうんと、相槌を打って続けた。
「ここだと、やることも少なくて。本当に助かります。」
一息ついてから、伊垣は続けた。
「私のことは、しらべていただけてるみたいですね。」
「まぁ大抵は既にでまわっている週刊誌、ニュースの特集、新聞、ネットの情報とかです。」
少し冷たい、唐崎の声が自分をはっとさせた。
出会って数秒、金村は伊垣に対して気を弛めていた。
そうだ、この愛想のいい好青年は58人を身勝手に殺めた犯罪者なのだ。
「なぜ、今回手紙を私たちに?」
本題ともいえる質問を金村は聞く。
伊垣はそっと目を閉じた。
「私は、罪のない沢山の被害者たちを殺めました。許されないことですよね。」
唐崎も金村も動かない。
こう、殺人犯本人から言われるのは初めてだからだ。
「もちろん、死刑判決も当然だと思っていますよ。」
伊垣は続けた。
「私は、事件の全てをまだ誰にも語っていません。警察が重点的に捜査し、検察が立件した7つの事件については、取調べの際や裁判で語る機会がありました。しかしそれ以外はない。」
「つまり、残りの51件の事件について告白をしたいということですか。」
唐崎首を傾げて言った。
「そうです。」
「大変失礼な物言いになるのですが、なぜ我々へなのですか。」
「私の告白の目的は世間へ伝えることでは無いのです。記録として残したい。私が本を書くのではなく、記事という形でです。」
そこにこだわる理由はなんなのだろうか。
「大手の週刊誌などには伝えないのですか?それこそ、我々以上に立派な記事ができますよ。」
「大手ではダメなんです。私の告白はエンターテインメントでは無いんです。真実の情報として、残したい。私個人の主観だけではなく、記事という形でです。あなたがたの記事はここに来る前によく読ませて頂きました。失礼ながら、知名度こそありませんでしたが、情報の裏付けがしっかりした印象が強くあります。」
ーーー私の告白はそういう人にお願いしたい。
刑務官の采配によって面会時間は早く区切られた。
「今後は手紙と面会の交互にやり取りしていく感じですね。」
金村は駅のプラットフォームにある椅子に深々と腰かけながら言った。
「面会時間は思ったより短いし、そうなっていくね。」
今後の方針はこうだ。
手紙で事件の顛末、詳細な情報を記載し、現地に行ってその情報を調査。
調査では、現地の聞き込みや、登記所、役所など情報が残っている部分を重点的に。
そしてその情報に基づきながら、面会で確認をとるというものだ。
面会に関してはこれに限定はしない。急を要する場合も必要に応じてしていくことになった。
「にしても、51件全部を彼が死刑を確定される前に調べあげるのは無理ですね。」
「全ての情報は貰う。でも限定的な調査をしていく必要はあるかもね。」
彼はあの口から、どんな残虐の悲劇を語るのだろうか。
第一件の調査がついに始まろうとしている。
日替わりのぴえん 連続殺人犯の告白 伏木マカ @narunva
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