トイレの奈々子さん
Hollow
第1話 トイレの奈々子さん
コンコンコン
ノックの音だけが、トイレの中に充満する。
「はーなこさん遊びましょ。」
「...」
・・・・返事がない。
もう何回目だろう。
3階の女子トイレの手前から3番目のトイレのドアを3回ノックをして花子さんを呼ぶのは。
夕陽のオレンジ色がリノリウムの床の緑色を染める夕刻、私はもはや日課とも呼べる儀式を行っていた。
そう「トイレの花子さん」を呼ぶ儀式だ。ネットで呼び出し方は調べて、絶対に間違いがないはずなのに、もう何十回目やっても出てくる気配がない。
「今日もだめかぁ。」
とうなだれながら、トイレの出口方向にに踵を返し、足を3歩くらい進めた時だった。
コンコン
再び、ノックの音だけがトイレの中に充満する。
違うのは、確実に私はノックしていないということだった。
確実にナニカいる。
空気が重くなったのを背後に感じる。
恐怖心で肩がすくんで中腰の状態で動けない体勢の間で、私は脳をフル回転させた。
(来た来た来た来た、ついに来た。花子さん。本当にいた。コレは特ダネだわ。明日の学校新聞で初めての号外になるわ。それで学校の人気者確定ね。落ち着くのよ望月茜。ここで逃げたら、全て逃げ出したら、何も残らない。責めて証拠となるものを1つでも記録しないと。落ち着いて、冷静に対処するのよ。)
頭の中で明日の学校の人気者になる妄想をして恐怖心を上書きする。
(よし、まずノックを返そう。)
何故かそう思いたち、ゆっくりと後ろを振り返り、また足を進ませて手前から3個目のトイレの扉の前へ立つ。
今までに感じたことのない緊張感が全身を襲う。いつも軽くたたいていたノックを出す手が10倍くらいに重く感じた。
もう後戻りはできない。
コンコンコン
「はーな子さん遊びましょ。」
何十秒とも感じる数秒の後、
コンコン
「・・・・奈々子です。」
返ってきたのはノックと、か細い女の子の声だった。
「へ?」
予想をしていなかった返答に困惑すると同時にそのドアがゆっくりと開く。
「私、花子じゃなくて奈々子です。」
と怯えながらずぶ濡れ少女が声を掛けてきた。
「ぎゃああああああああああああ」
思わず叫んだ私は、そのまま尻もちをつく。
覚悟はしていたものの、その姿は、反射的に私に声を出させるには充分であった。
尻もちを搗きながらも上を見上げると、彼女全貌が目に入った。
彼女を見上げて最初に気づいたのは、太ももから下が無いこと。
水に濡れた髪が顔の80%ほどを覆っており、見れるのは下唇と顎だけだった。
「驚かせてごめんなさい。何回も、花子さん、遊びましょっていうから出づらかった。私の名前、奈々子だから。」とぶつぶつと暗い声で、自分の心情を吐露する人間味のある姿に、呆気に取られて、冷静になった。
とりあえず立ち上がる。
「そ、そうなんだ、奈々子って言う名前なのね。よろしく、私は茜って言います。」なんて、さっきまで遊びに誘っていたのに、急に他人行儀な返事をする。
「大丈夫ですか?」と、奈々子さんが私に手を差し伸べる、私は「ありがとう」と言いながらその手を反射的に掴もうとした。
触れたと思った瞬間、その手はするりとすり抜ける。
「あ。ごめんなさい。私死んでるんでした。」と、冗談めく奈々子さんは言った。
しかし、以前に表情のほとんどが見えないので、これは笑っていいのか、オーソドックスな幽霊ジョークなのか分からず困惑しながら、私は自力で立ち上がる。
「いえ、大丈夫ですよ。まさか、本当に会えるなんてびっくりですよー、あはは」見えない顔色を伺いながら会話を続ける。
立ち上がって気がついたが、背は私より小さい小学2-3年生くらいの身長で、私とは頭一個分差がある事だ、奈々子さんの周りから出る黒いオーラと、肩までつく長い髪の存在感が強すぎて、気が付かなかった。
「それで、何して遊ぶの?」
と奈々子さんが、とうとうと聞く。あれだけ何回も自分から「遊びましょ」といっていたから当然といえば当然だ。
「な、何して、遊ぼうかな。何かしたいことある?」としどろもどろになりながらも、奈々子に話をふる。
「じゃあ、鬼ごっこしない?」
と奈々子さんは目を輝かせながら提案してくる。
「え、二人で?」
と、反射的に私は尋ねる。鬼ごっこはふつうもっと大人数で行うものだからだ。
「いや二人じゃないよ。私達二人が鬼で、私を殺した犯人を見つけるの。」
奈々子さんは不敵な笑みを浮かべて、そう言った。
トイレの奈々子さん Hollow @hero83
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