第2話
「…そんで、どうだ?アースガルズでの初任務は」
地上とは打って変わって、ローター音以外は静かなヘリの中、クェイシルはダミルに問い掛ける。
彼女は現地の協力者の中でも最初に彼をこの仕事に招き入れたリジーに次いで、ダミルと長い時間を過ごしていた。
「亜人だの魔術だの…コソボにいた時と違って俺の知らない事やイレギュラーがあまりにも多い。慣れるのに時間が掛かりそうだ」
問いには至って普通の返しをしつつ、ふと左隣の座席に座っているユルディナの方を見る。
ダミルからひったくった水筒に口を付けながら、同じくダミルのポケットから抜き取ったスマホでSNSのトレンドを調べていた。
トレンドに並ぶワードと言えば。
・テロ
・亜人種
・#savepurehumanity
・非亜三原則
(一部思想の強い者達によると、亜人を助けない、話さない、近付かないという三原則らしい)
・DNLF
・#stopdemieswarcrime
・亜人解放戦線
……とまあここ、アースガルズで起きている亜人種絡みの紛争一色だった。
地球人のアースガルズの亜人種に対する感情がよく分かる画面を眺めるユルディナの姿に、ダミルは何と声を掛けようか迷った。
しかし、先にユルディナの方が口を開いた。
「地球の民はまっこと、ワイら亜人種が嫌いなんやなぁ…」
「まあ、まだ組織としての統率が取れてなかった時代とはいえ、各地で散々無差別テロ攻撃やらかしてたしな。今でも便乗した小規模の過激派のせいで被害出てるし」
「因果応報、って事やな。今じゃアレを主導した無法者共も殆どは処刑されよったが」
亜人解放戦線、またの名をDemi-human National Liberation Front(DNLF)という。
これが明確な武装勢力として成立したのは二年前。
それより以前はただの蛮族の集まり、と言った感じでアースガルズ各地で無差別テロ攻撃や略奪を行い、しかも地球に侵入して爆破テロなどを行い大勢の死傷者を出した事件までも起きている。
それらの積み重ねで、今の状況がある訳だ。
ダミル自身としては現地での協力者が殆ど亜人種という事もあり、そこまで嫌っている訳では無いが、彼らの亜人種の嫌いようも少々理解出来てもいた。
「ここ三か月、リルディミア国内だけで300件以上の爆破、銃乱射事件が頻発してる。その全てはDNLFと接点の無い盗賊や過激派武装勢力らしいな」
クェイシルはそう言いながらPP-19の分解清掃を行っている。
この異次元的なレベルの現地住民の強かさと血の気の多さも、ダミルにとってのイレギュラーの一つと言えた。
「ここんとこじゃ米軍やNATO平和維持軍の対処能力を上回りつつあるって話やなあ。つい最近前線の米軍指揮官が過労死したってねっとにゅうすで報道されよったの」
「どうかな、今の西側諸国は国内世論の影響で下手に手を出せないってだけだろう。情勢次第じゃどうなるか……」
「おい、着いたみたいだぜ!」
ダミルとユルディナが互いにスマホの画面を覗き込んでいると、窓の外を見ていたクェイシルが声を上げた。
窓の外から見えたのは、山脈の如き地形の高低差と広大さの灰色の岩壁に包まれた要塞だった。
そのあまりの巨大さに初めて見たダミル歯思わず声を上げ、対してユルディナは遊び足りないまま外から家に連れ戻される子供のようにフンッと鼻を鳴らしていた。
ヘリはホバリング状態に移行し、真下にある平らな地面にサインを描いただけの簡易的なヘリポートに降りた。
ヘリポートの傍には何人かの人がダウンウォッシュで衣服をはためせながら立っている。
厚手の衣服の背中には、古代クェルメス語で『東の鬼』を示す文様が描かれていた。
即ち、今回の依頼人であるクェルメス東鬼連合の者達である。
着陸し、後部ハッチから降りるなり彼らはずいずいと歩み寄りユルディナを招いた。
「頭領様、ご無事ですか」
「なんも無いなんも無い、早よ帰してくれ。ドンパチに巻き込まれたせいで耳が痛くてかなわんわ」
「困ります頭領様、こうも何度も護衛も付けず勝手に砦の外に出られると……!!もし今回のように頭領様の身にまた何かあれば……!」
平然とした態度のユルディナとは違い、彼らの部下達であろう東鬼連合の幹部達は大慌と言った様子でユルディナを頭領様、頭領様、と取り囲んでいる。
何故このようなことになっているのかと言うと、それは依頼の内容で3人共把握していた。
依頼の内容をざっくり説明するとこんな感じになる。
『ウチのカシラがまた砦の外に勝手に遊びに行ってたら、それを嗅ぎ付けたCIAが送り込んだ工作員達に追い回されてるんで助けたってくだせェ』
という訳で、ユルディナの部下達があそこまで慌てたり怒ったりするのも無理の無い事情があの戦いにはあったのだ。
「報酬は」
大騒ぎでダミル達が蚊帳の外になりかけていた時、リジーが声を上げた。
「そう急かすな、雇われ」
幹部の一人が小包を持って三人に歩み寄る。
それを手渡されたリジーは即座に小包の中を確認する。
中には、玉虫色に輝く鉱石の塊のような物が入っていた、
「要望通り魔鉄鉱を500g、丁度用意した。……これほどの量を必要とするとは、お前達は魔術工房でも持ってるのか?」
「違えよ、地球じゃ手に入らない貴重な魔力リソースの魔鉄鉱は色んな組織に高く買ってもらえるのさ」
魔鉄鉱とは、ここアースガルズでしか入手できない特殊且つ希少な鉱石。
魔術に於いて術式の発動に不可欠な魔力を大量に含有しており、魔力消費の激しい大規模な術式ならばそれを用いることが大前提とされる。
そして、リジーが受け取った500gという量は魔術をよく知る彼らからすれば個人で扱うには明らかに過剰な量だった。
本来ならば10gだけでも並の術式ならば何十回と発動させられる魔力を含有しているそれを500gも欲しがる個人など彼らは聞いた事も無かった。
「最近じゃサツに嗅ぎ回られながらヤク捌くより魔鉄鉱の方が需要もあるし、アースガルズじゃそこそこ手に入るからどいつもこいつも金だのドル札だのなんかよりもこの石ころを欲しがる」
「魔術を使えん地球人が……解せんな」
幹部の男はそう呟きながらユルディナと共に砦の中へと入っていった。
ダミル達その背中をしばらく見送った後、ヘリに戻り彼らの住む隠れ家へと飛び立った。
==========
「間違いないんだな?」
薄暗い執務室。
革製の椅子に腰かけながら初老の白人の男が電話で誰かと話している。
《ええ、後に我が隊員のボディカメラの映像を送ります。発動の瞬間が鮮明に映っているのですぐに分かるかと》
「感謝するよ。後で確認する」
《まさか彼女の予言通りに現れるとは……》
「ああ、これが事実だと分かった以上こちらも本格的に動かねばならん」
初老の男は執務机に置かれたノートパソコンの画面に視線を移す。
そこには、兵士のボディカメラの映像に映り込むダミルの姿があった。
「あの男……いや、あの男の身体構造こそが我が国の勝利。そのための鍵だ」
《元より合衆国にこの身も魂もささげると誓った身。必ず確保して見せます》
マザー・ファッキン・ゴッド COTOKITI @COTOKITI
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