マザー・ファッキン・ゴッド

COTOKITI

第1話 

西暦2003年。

地球人が初めて異世界に足を踏み入れたその年、歴史は嘗て無い大きな動きを見せた。


ファンタジックな要素に満ち溢れた夢のような世界はたった数年で東西諸国の代理戦争の場と化し、そこでは東西から秘密裏に軍事支援を受けた亜人種と人間種が終わりの見えない生存圏の争奪戦を繰り広げていた。


人間も亜人もそれぞれ一枚岩ではなく、内部に工作員や専門の情報提供者を抱えており、現地の勢力図はなかなかカオス。


異世界中がそんな情勢に陥ってしまったものだから戦乱によって連絡手段が絶たれ何ヵ月経っても状況を把握できない地域さえある。


しかし原生生物、魔獣などによって都市が一つ滅んだケースさえ存在するというのだから命があるだけまだマシとも言えるだろう。


そんな憧れと絶望渦巻く異世界で、彼らは今日も生き続けるのだ。


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「現在フシウスク街道を南下中、回収地点まであと30分は掛かりそうだ」


《急げよ、車種が割れてるかもまだ分からねえんだ》


「ああ、分かってる」


人間種の納める異世界に於ける列強に数えられる国の一つ、リルディミア大公国。


その北方地域のあらゆる輸送手段の中継地点を兼ねている物流の都市、カシアムの一番大きな街道であるフシウスク街道を他の竜車や馬車、そして西側諸国から齎された自動車に紛れて彼らの乗る一台の赤茶色のセダンが走っていた。


彼らの目的はこの近辺に潜伏し待ち伏せているであろう西側諸国が寄越した「同業者」から後部座席の中心にだらしなく座っている彼女を護衛しながらカシアム南端にある逃走用の飛行機の用意された飛行場まで向かうことだ。


数日前に既に何度か戦闘を行っており、敵勢力の追撃を受けているため最早一刻の猶予も許されない状況。


「……ここの奴ら、やけに大荷物が多いな?…いや、観光客か?」


後部座席右端に座っている魔人族の女、「クェイシル・デナーラッタ」が笑みを浮かべながらわざとらしくそう言った。

確かの歩道を通る人々の中には大きな鞄やバックパックを身に着けた人間が度々見受けられる。


「分かり切った事を言うな、それと目が合っても不自然に逸らしたりすんなよ。何の為にぼったくられてまで現地でこんなボロのトヨタ車を買ったと思ってる」


「へいへい」


彼女の軽口に左端の席に座っていた人間種の男、「ダミル・マルコヴィッチ」が苦言を呈する。

しかし当の彼女は全く気にする様子も無く、それどころか更に口角を上げて見せつけてくる始末だ。


《おい、無駄話してんじゃねぇぞ!お前らの周囲半径約120m範囲内で大人数の一斉移動が確認された!そっちに向かってるぞ!》


「バレたか!?」


その時、ダミルとクェイシルの間に座っていた彼女が目を覚ました。


「なんやあ…もう昼飯かいな…?」


大きな欠伸をしながら全身に被っていた毛布を退けて目を擦りながら彼女は顔を上げる。


そしてそれと同時にダミルは車の周囲にいた市民の格好をした者達が一斉に鞄やバックパックから何かを取り出す様子を見た。


「伏せろ!!」


「ぬわあっ!?」


ダミルは即座に彼女の後頭部を鷲掴みにし、頭を下げさせた。


瞬間、全方位から一斉に銃火が浴びせられた。


「えっ!?ちょお待ってな!ワイ今起きたばっかや……」


「うるせぇ黙れ!」


「ふごぉっ!!?」


慌てて起き上がろうとした彼女の顔面を無理矢理押さえつけ、頭を庇うように全身で覆い隠す。


彼らの頭上を何十発もの拳銃弾、小銃弾が飛び交い、軽やかな着弾音を奏でる。


《どうした!?》


「CIAのクソ野郎共だ、市街地で躊躇なくぶっ放してきやがった!!」


暴れる彼女を抑えながら無線でダミルは現状を伝える。


「これじゃ正規ルートも先回りされてるかもな!!」


同じく頭を下げながらクェイシルは座席の下に隠されていたダッフルバッグに手を掛ける。


《クソっ!若干遠回りにはなるが迂回路を行く!!ルートはこちらで指示する!!》


「どうしていっつもこうなるかなあ!?」


運転手のエルフの男、「セスドゥ・ジカール」は不満を叫びつつもアクセルを全開まで吹かしフシウスク街道から脇道に逸れて爆走し始める。


「どさくさに紛れてワイのパイオツ触っとらんか自分!?」


「お前はいい加減自分の立場を理解しろッ!!!」


「あだァッ!!」


ノアは力づくで彼女を再度寝かせつけると、そのまま座席下に置かれていたクェイシルの物と同じダッフルバッグを引っ張り出す。


《いいか!奴らはCIAの子飼いだ!!デルタやシールズ、デヴグルを相手にすると思え!!真正面からの撃ち合いは絶対に避けろ!!》


話をしている間に、後方から数台の車が接近して来ている事にクェイシルが気が付いた。


「来たぞ!!どでかい黒塗りのSUVが三両!!」


《チィッ、もう来たのかよ!クッソ面倒臭ぇ!!》


SUVの後部座席の窓から私服の上にプレートキャリアを身に着けた兵士が身を乗り出して撃ってきた。


窓は一瞬にして粉々に砕け散り、ペラペラの車体には無数の穴が穿たれる。


「なんやなんや騒々しいな!?」


「アンタの命が欲しい連中だよ!!分かったらそのまま伏せてろ!!」


彼女の頭から手を放し、足元のダッフルバッグを開き中の物を取り出す。


入っていたのは7.92㎜モーゼル弾仕様に改造された56-2式自動歩槍と手作りのストックをポン付けし単体で使用可能にしたGP-25 擲弾銃。


クェイシルの方が持っているのはロシア製の短機関銃、PP-19。


「あともう少しで飛行場だから持ちこたえて!!」


「セスドゥ!!まさかあいつらを飛行場まで連れ込む気か!!ここで撒くぞ!!」


「ええっ!?」


ダミルが窓から身を乗り出し、先頭のSUV向けてGP-25を発砲する。


放たれた40㎜のVOG-25破砕榴弾は運転席に直撃し、先頭のSUVは白煙を上げながら脇道に逸れ、対向車と激しく衝突しひっくり返った。


「一両やった!!」


《敵の増援来てるぞ!!急げ!!》


「分かってるよ!」


「わ、ワイも何かした方がええんちゃうか!?」


「アンタは今はとにかく頭下げてろ!不死身つっても傷一つ付こうもんならクライアントに何されるかわからん!!」


ダミルはそう言うと再び彼女の頭を鷲掴みにし、強引に伏せさせる。

その間にもセスドゥはハンドルを右に左に切って蛇行運転しながら敵の射線から逃れようとする。

しかしそれでも敵の機銃掃射が止むことは無い。


《セスドゥ!この先の交差点を右に―――いかん!!やっぱ駄目だ!!》


「もう右折しちゃったよ!!」


右折した先には、通りの脇でM72 LAW対戦車ロケット発射器を構えた同業者がいた。


視認した直後、即座にダミルが射殺したが、ロケットはすでに放たれていた。


照準はズレたとはいえ、放たれたロケット弾は車の右前方のタイヤ付近に着弾しそれを躱そうととセスドゥがハンドルを思い切り左に切った結果、車は民家の壁に激突し完全に停止した。


「ダミル!!」


「大丈夫だ……それより……」


「痛ったいのう…腰が逝ってしまうわ……」


ダミルはクェイシルと共に車から降り、すぐにエンジンの陰に隠れる。


「セスドゥは……?」


ダミルが聞くと、クェイシルは運転席を親指で指し静かに首を横に振った。


運転席を覗くと、セスドゥは頭から夥しい量の血を垂れ流しながらぐったりと倒れている。


ロクに整備もされていなかった為、エアバッグが出なかったのだろう。

首が有り得ない方向に曲がっているのを見てすぐに目を逸らす。


セスドゥの死を嘆く暇も無く、敵部隊が車の元へと集いつつあった。


彼らの潜む遮蔽物にダミルとクェイシルが制圧射撃を行い、動きを封じる。


敵の反応速度はさすがCIAお抱えの精鋭といったところか。


ダミル達が銃口を向ける素ぶりを見せた瞬間、応射をしながら遮蔽物の陰まで下がった。


「リジー!!ここから走って目的地までどれくらいだ!?」


《馬鹿か!!遮蔽物も無い平地を走って行くつもりか!! こうなりゃこっちから迎えに出る!!そこから120m先にある広場を確保しろ!!》


「おいおい!奴らと真正面から撃ち合うなって言ったのはお前だろうが!!」


ダミル達は必死に応戦するが、CIAに雇われた精鋭達が怯むことは無く、じりじりと距離を詰めてきていた。


《この際クライアントにブチギレられても構わん!!そいつの能力とダミル、お前のの無制限使用を許可する!!》


「……!マジで良いのか!?こいつは兎も角俺のは見られたらヤバくないか!?」


《遅かれ早かれいつかはバレるんだ、今は生存を最優先に行動しろ!》


「……分かった!!プラン変更だ、お前の力を少し貸してくれ!!」


ダミルの懇願に彼女はため息を零す。


「…結局こうなると思っとったわ。しゃーない奴やな、ほれ、的を用意してやるわ」


ユルディナは右手を敵がいる方へ向けて伸ばし、少しの間そのまま佇むと「ほいっ!」という気の抜けた掛け声とともに腕を振り上げた。


その瞬間、遮蔽物に裏で隠れていた敵兵達が一斉にそれに浮かび上がった。


いくら精鋭の彼らでもこれの想定まではできていなかったようで、混乱状態に陥り銃を持ち直すことさえままならなかった。


「今だ!!」


同時に二人は銃を構え、無防備な敵を撃ち始める。


対応の遅れた者は真っ先に射殺され、間に合った者も必死の反撃空しく彼らの的となった。


目の前にいる敵全員を射殺すると、ユルディナは右腕を下した。


すると、先ほどまで宙に浮かんでいた死体が鈍い音を立てて地面に叩き付けられた。


「魔術の使えん地球人共はさぞ難儀やろうなあ」


地面に横たわる幾つもの死体を見てユルディナは呟く。


「道が開けた増援が来る前に行くぞ!!」


既にヘリコプターのローター音がこちらに迫ってきていた。


広場に到着した彼らは即座に無数の敵の存在を感知する。


今度は先ほどの比ではない数の兵士がこちらに来ていた。


《すまんが俺が到着するまでにそいつらの始末頼む!!》


「そう来ると思ったぜクソっ!!」


悪態を吐きながらポケットから何かを取り出すダミル。


その手に握られていたのは一本の注射器。


彼はそれを躊躇なく自分の胸に突き刺した。


「ぐっ……!!」


謎の液体が彼の体中を巡り、体内で地球人にあるはずの無いある器官を再現する。


敵の一斉射撃と共にその力は発動した。


何百発という銃弾の嵐が粉塵を巻き上げ一時的に視界を悪くする。


そして視界が明けると、そこには服以外無傷に等しい状態のダミルがいた。


敵の放った弾はあろうことか生身の人間の皮膚に防がれていたのだ。


いや、正確には元の人間からは大きく逸脱して変質した皮膚組織だった物と言うべきか。


岩肌のように罅だらけになった彼の皮膚は硬度、耐衝撃性、耐食性などあらゆる性質に於いて地球人の知る全ての金属を凌駕していた。


これが彼の技、魔術である。


《早く乗れ!!》


着陸したMI-8ヘリコプターの兵員室に三人は大急ぎで飛び込む。


三人が乗ったことを確認するとパイロットのゴブリンであるリジーは高度を上げ即座にその場から飛び去った。


此度の依頼である亜人解放戦線、通称DNLFの同調勢力であるの指導者ユルディナ・クイ―ヴの救出作戦は成功。


これでまた一つ、歴史が動いたとダミルは窓から夕陽をぼんやりと眺めながら静かに目を閉じた。


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