第6話 尻尾と耳を手に入れた日
車の修理工場の二階で過ごす二日目は、朝に目覚めた瞬間から、どうにも体調が変だった。寒気がするような気がする。
シェーリーは先に起きていて、朝食を準備していた。
「あら、レインおはよう。今朝は遅く起きるなんてあなたにしてはらしくないわね」
それから、怪訝そうな表情をみせた。
「レイン、顔色がよくないみたいに見えるけど、大丈夫なの?」
「うん、たぶん悪いかな」
シェーリーは近寄ってきて、僕のおでこに手をつける。彼女の手の肉球が、少しひんやりと感じられた。
「あー、これは熱があるわね。そういえば、あなた私の家に初めて来たときもそうだったわよね」
そのとき、シャンクもちょうど部屋にやってきた。
「おはようさん」
「おはよう、シャンク。ちょうどいいところに来たわ。体温計はここにある?」
「ないよ。どうかしたのかい?」
「レインの体調が悪いみたいで熱っぽいわ」
「それならば、今日と明日くらいはゆっくりと休息すればいい」
そうして、紅茶を少し飲んでから僕は再びベッドに戻った。
たしかにシェーリーの家に転がり込んでから、最初の数日も体調が悪くて数日寝込んだ。
天上をぼんやりと見つめながら、あれこれと思い返す。
* * *
それで、あのときは、なんとか熱が下がって、食事もまともにできるようなになった翌日のことだった。
「レイン、せめて尻尾と耳くらいは身につけないと、これからの生活に困るわよね?」
「なにが?」
「私の仕事の助手をしてもらうのに、さすがに真人間の恰好じゃ困ることも多々あるかもしれないわ。それで、レインに似合う尻尾と耳を作ってくれそうな人を見つけたから気分転換がてら出かけましょう」
シェーリーにせっつかれるようにして、外出することになった。
今思えば、病み上がりの状態の人に対して、遠慮がないにもほどがあるような気もする。
それに、出かけるときには、フードのついたマントみたいな上着を渡された。
「はい、これ着なさいね」
「なにこれ?」
「街中に出るんだから着ておいたほうがいいわ。あなた、自分の姿に自覚ないの?」
最初に市街地に来たときの印象は、いたって普通の街だ、ということだけだった。
ただ、やはり人々の姿が、地球とは異なっていた。確かに、そのなかでは、自分の姿が奇異なものになるだろう。
それで、街中にあるとある仕立て屋へと向かった。
こじんまりとした店舗で、正面のショウウィンドウには仕立ての上等そうなスーツや、シックな感じのドレスなどが展示されていた。
なるほど、上流階級や政府系の高級職につく獣人たちは、こういったところで衣服をオーダーするのだろうな、と思った。
「え、ちょっと、シェーリー。店を通り過ぎるの?」
「あなたね、私たちみたいな人たちが、こういうお店に正面から入れるわけないでしょーが。それに今回は単なる買い物と訳が違うんだから、裏口からお邪魔してこっそりと取引をするってわけよ」
なるほど、ここでも社会の裏側を覗き見ることになるのだろう。
それで、裏口までくると、シェーリーは、意味ありげな間隔でドアをノックした。
しばらくして、店主だろうと思わしき人が姿を見せた。
「マダム・ロザーナ、今日はよろしくお願いしますね」
「お待ちしていましたのよ。さあどうぞ、お入りになって」
その店主のぱっと見は、アライグマを思わせるような感じの風貌、黒縁の眼鏡をかけた中年の女性だった。
「それで彼に、この人間に似合う尻尾と耳を作ってもらいたいの。うんとリアルなものをね」
「大丈夫ですわ。こういうのは少なくない注文だから、サンプルもいくつかお見せするわね」
「予算も充分にあるわ」
「それなら、予備も一緒に制作したほうがよくて?」
「どうする、レイン?」
「それじゃあ、お願いします」
マダム・ロザーナは、高級な衣装やカーテンなどの特注の布製品を専門に取り扱う、個人事業をしているようで、そのなかで、こうして人間向けのニッチなものも作っているというわけだった。
身長と体重はもちろん、肩幅、足や手の長さ、はては顔の縦横の寸法まで採寸された。
「あの、そんなとこまで測る必要があるんですか?」
「もちろんですとも! 身体全体のバランスから、均整がとれる寸法を決めなくちゃならないんですもの」
・ ・ ・
そうして、しばらくして出来上がったのが、シルバーグレーの色をした、ふわっとした感じの長い尻尾と、同じくシルバーグレーでとんがった三角の耳が付いている黒色のニット帽だ。
予備のものと二セットだ。どちらもまったく同じものに見える。というか、そうでなければならいわけだが……
ニット帽はそれぞれ黒色と緑色で、もちろん伸縮性に富んでいた。
等身大の鏡の前で、ニット帽をかぶってみると、よこからマダム・ロザンナが言う。
「ニット帽にしておいたほうが、人間の耳を隠すのに便利でしょう? 尻尾のほうは、金具でズボンに取り付けできるつくりにしてあるから。ズボンに固定してセットにしてもよかったんだけけれども、一応は付け外しができるほうが、なにかと都合がいいことでしょう」
それから尻尾もズボンの後ろに着けて、姿見鏡の前に立ってみる。
バランスも丁度良い感じだ。これならパッと見て、真人間だと思われることはないように思える。
「レイン、これで立派な耳と尻尾が手に入ったわね。マダム・ロザーナ、完璧な出来よ」
「もちろんでしょ。耳、尻尾。その縦横比にはこだわったのよ」
「でも、尻尾が動けばもっといいんでしょうけど」
「そればかりは、少し難しいわね」
「それなら、細いなにか、紐かワイヤーを仕込んで、手とか足の動きに連動させる、みたいなことだったら、なんとかできそうな気もするけど」
「あら、そのアイデアは面白そうね。今度また、作品を作るときの、参考にしようかしら」
それから僕は、シェーリーにそっと聞いた。
「シェーリー、これって、それなりの金額はするよね?」
「それは、あなたの将来の働きにかかっているわよ。給与から天引きね。仕事の
* * *
いつの間にか、寝ていたみたいだった。
外は夕暮れみたいで、傍にシェーリーが立っていた。なぜか僕のニット帽を手にしながら聞いてきた。
「身体の調子どうなの?」
「ああ、たぶん、今朝よりはマシになったかも」
「この耳と尻尾。シルバーグレーよりも、私とお揃いの色にしていたほうがよかったんじゃない?」
「なんで?」
「今、なんとなく思ったの」
「でも、コンビを組むのに、対照的な色でも悪くないと思うけど、それに、今更変えられないと思うけど」
「まあ、それもそうよね」
それから、帽子と一緒に薬の小瓶を、ひょいと投げ渡してきた。
「とにかく、ちゃんと休んで早く復帰しなさい。また忙しくなるわよ」
そういって彼女は、また出かけて行った。
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