第2話 新居はどこだ?

シャンクの家で、ささやかな朝食を済ませた。それにしても今回の朝食が、これがオートミールとチキンスープをごちゃ混ぜにしたような代物で、案外にも僕はその味を気に入ったのだけれど、シェーリーは「こんなに不味い朝ごはん、はじめてよ」と文句を言っていた。


それから三人でピックアップトアックに乗り、シャンクの仕事場に向かった。

彼は表向き、自動車修理業を営んでいる。その作業場は郊外に位置していて、その二階には使ってない部屋がいくつかあるので、当面の隠れ家にしようということになった。


シェーリーとシャンクはビジネスパートナーといった関係で、お互いに仕事を持ち寄っていたりもする。


いっぽう、僕とシェーリーの関係は、微妙なところで、命の恩人ということもあるから、いろいろと彼女の仕事を手伝っている。とりわけ彼女は事務的なことに疎いから、いつの間にか僕が財務管理担当みたいな感じになっている。

わりと親密な関係を持ってはいるのだが、かなり特殊だろう。恋愛関係でも、男女の関係というものとも違った。いや、正確には、何度か、男女の関係で夜を過ごしたこともあった。

いずれにしても、奇妙な関係であることに違いはない。なんとも奇妙な凸凹コンビだ……。


ちなみに、シャンクと僕とは、エンジニアとしての、ちょっとした師弟関係みたいになっている。まあ、安く使われている気もするけど、文句は言えない。この世界では、ことさら都市に近い場所では、人間ならば、まともな職に就くことすら困難だから。


そういえば、この世界に来たときから、問題なく言葉が通じて文字が読めるのか、理由はわからない。そもそも転生者は、言葉が通じないことも多いらしい。

もしかしたら僕が、地球時代の記憶をほとんど失くしてるのと、なにか相関関係があるのかも知れないとシェーリーは仮説を立てているけど、彼女もよくわからないならしい。


ところで、この世界では、車は電気で動くことが当たり前となっている。ただ、その理由は、別に地球のような独善的環境保護のためではなかった。

そもそもガソリンエンジンというものが、歴史上稀な存在なのだ。


意外に思われるかもしれないが、地球でさえ、電気自動車のほうがその歴史は長い。しかし、黎明期に普及のチャンスが訪れなかったのは、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンのほうが技術的にも経済的にもメリットが多かったというだけのことである。


この世界では、電気を使うしか手段がなかった。自動車が発明されたときに、エネルギー源としてのガソリンは、とてつもなく希少で、かつ危険なものだったのだ。

エレクトリックパンク……そういう感じの世界だと思ってもらえればいい。


作業場は機械油よりも、電子部品や基盤特有の匂いのほうが強く漂っている。

建物の一階は三台くらいが横に並んで入るくらいの広さはあって、こじんまりとした事務室もある。

二階は外階段から入るようになっている。ちょっとした休憩室があり、その先には半ば物置と化した空き部屋があった。


シェーリーは、二階の全部の窓を開けてまわった。

「素敵な空き部屋ですこと。それとも物置かしら? それに埃っぽいところね」

「まずはベッドとマットレスを探してこないとならなかな」

「寝袋ならあるよ」

「シャンク、部屋をタダで貸してくれるのはありがたいんだけど……私は寝袋なんて嫌よ。それならハンモックのほうがマシだわ」

「まあ、贅沢は言わんことだよ。ウチも稼ぎが多いわけじゃないからね」

「それより、これから車を借りていいかしら?」

「どこへ行くの?」

「新しい仕事の依頼が来てるから。クライアントに話を聞きに行くのよ」

「夕方までに戻ってくるなら構わんが」

「ありがとう。予備のバッテリーも借りるわよ」

「好きにしてくれ」


そうしてシェーリーはシャンクの作業場を後にした。


「さてと、」シャンクはつぶやくように言った。「今日は、ウチは事務仕事がメインだからね。あまり手伝ってもらうような作業は無いかもな。ゆっくり休んでたらどうだい?」

「それより、廃材置き場を漁ってみてもいいかな?」

「なにをするつもりだ?」

「ベッドの代わりになるものでも、作ろうかなと……ゆっくりと休めるように」

「ハハハ、それだったらご自由にどうぞ。ただし、安全には気をつけてな」

「うん、作業手袋と作用着を借りるよ」


敷地の半分にはいろいろな車が、なかばスクラップ状態で保管されている。たいていは部品取りに使われて、ボディやシャーシ、窓ガラスやシートなんかはスクラップ業者に売り払うという感じだ。


ガラクタ……もとい資材の山を歩き回ってみる。


まずはいくつかの大きな木箱をいくつか発見。中身は無し。ここにあるということは、たぶん捨てるつもりなのだろう。

それから、タイヤとバッテリーが外されている古い大型バン。その車内からロングシートを引き剥がす。

そしてその二つを、とりあえず組み合わせてみる。まあ、あとはシーツと毛布があれば、少しはマシなベッドの完成といったところだ。


あとは物置と化している二階の部屋の片づけ……と思ったけど、ちょうど昼を過ぎたところだから休憩としようか。


二階の休憩室には、簡単なキッチンと冷蔵庫が備え付けてある。ちなみにトイレは建物の横にポツンと独立して置いてあるだけだ。シャワールームは無し。住み込みは想定して建ててはいないから当然だろう。


冷蔵庫の中身は……ミネラルウォーターが五本だけ。

しょうがない、軽食にありつくことはあきらめて、お茶でも入れることにする。

キッチンの戸棚を開けてみると、紅茶のパックがあった。

ちなみに、この世界では基本的にお茶の文化しかない。コーヒーに似た飲み物は存在するにはあるのだが、人間が好む奇異な飲み物という認識が一般的だ。


「お茶入れてくれたの?」

「キッチンの戸棚に見つけたから、勝手に入れちゃいました」

「いや、助かるよ。そろそろ一息つこうかと思ってたんだ」

「それと、あのスクラップのなかに、わりときれいなバイクがあったけど、あれは依頼品?」

「いや、廃車引き取り品」

「それなら、貰っても、いいかな? しばらくここに厄介になるなら、移動の足がほしいところだから」

「うむ。でもバッテリーは完全にダメになってるし、タイヤも傷んでる。まったく使えなくはないだおるけど、自分で治すなら構わないが」

「いろいろと試してみるよ」


そのとき、雨音が聞こえだした。


「おや、珍しいな。この時期に雨か」


お茶をすすりながらシャンクはつぶやいた。

この地域では、年に三度ある雨期以外の降雨は、とても珍しいことだ。そしてそれは、僕がこの世界で、初めて目を覚ましたときことを思い出させた。

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