第25話 ブラインド・ロスグライド:ルール説明(後編)

 それしかないだろうなとは思っていた。

 思ってはいたが、それを改めて口に出されるとイヤでも思い出してしまう。


 今からやらされることが、目が飛び出るほどの大金をかけたゲームであるということを。


 莫大なリターンを得るためには、莫大なリスクが伴う。


『聞いてなかったー! と後で言われても面倒だからもう一回言うね。このゲームにおける勝利条件は相手のギブアップ、または対戦相手の墜落! 開発班の想定では、墜落したが最後普通に死亡できる高さな上に、万が一墜落死を免れたとしてもそうです』


「随分と自信満々やけど。前者のほぼ墜落死はともかく、後者の墜落死しなくても死ぬってどういうことや?」


『一週間、このフルギミックタワーは貸し切りです』


「ハア?」


 急に話題が変わったとしか思えない返答に片眉を吊り上げる涙々。

 だが、変わっていなかった。最悪なことに。


『だから、って言ったの。決着がついたら出口周辺だけはライトアップする予定だけど、それも一回使用されたら照明を落とす設定になってるし』

「……あー……はいはいはい……そういうこと……最悪やなぁ」

「一週間……貸し切り……? つまり――」


 誰も入ってこない。誰も入ってこれない。そして、この口ぶりだと


「なにをどう足掻いても餓死……いや水もないから枯渇死するじゃねぇか!」

「それだけならマシな方やろうなぁ」

「……どういう意味だよ?」


 面白がるような声色につっかかると、涙々は平然と答える。


「自分、二十四時間以上日の光を浴びなかったことある? ああ、雨雲がかかっててかなり暗い……という状況で降り注ぐ弱い太陽光も含めるんやけど、この場合」

「日本に極夜はないだろ」

「せやろ? だからまあ軽く考えてるんやろうけど……三日の枯渇死も待たずに、先に来るのはやで」

「精神の……なに?」

「割とキッツイんやで? 太陽光が長時間マジで当たらない状況。今言った極夜がある地域だとわざわざ直前に『明るい部屋で過ごす時間を作りましょう』ってアナウンスがあるくらいや。


 それが飢餓状態というストレスとあわせて一日前後も続けば……後は言わんでもわかるやろ。ましてやこの部屋には豆電球一つすらないようやしなぁ」

「……随分と……平気な顔して言うじゃねぇか」


 ギブアップすれば平気だとは言え、万が一ということはある。リスクを正当に評価できているのなら、猶更意味がわからない。


 目の前にいるのは、本当に人間なのだろうか?


「当然やろ? 私には無縁の話やし」

「……この場に命依がいないから俺が代わりに啖呵を切らせてもらうが」


 ひとまず、恰好がつかないので四つん這いはやめて、立ち上がる。


「デカい態度でいられるのも今の内だぞ」

「ふふっ。こんな足場でなければ大笑いしとるところや」


『さて。リスクの再確認もできたところでルールの説明を続けますねー!

 カードゲームの方の説明から終わらせちゃおうか。えーと、なになに? ふんふん。


 えーと、子は親の札が危ないと思ったらパスできる。パスした場合は手札を破棄トラッシュすることなく保持したまま親と子を入れ替えて再度ラウンドを再開。


 再度パスをされたらそのラウンドはお流れで、お互いに手札を破棄トラッシュで……それぞれのプレイヤーはパスの権利の行使三回につき下降予約を5m入力のペナルティーを負う。


 で、あとは……』


 瓜が片手に持った冊子を読んでいるのを見て、運春は開いた口が塞がらなくなった。


「……は? まさか、今ルールブックを読み込んでるのか?」

『運春くん。黙ってて。

 うん、うんうん。えーと、これだな。デックのリセットと、下降予約の実行の項目。


 さて、ゲームは使か、まで続けられるわけですが。デックの使用終了判定は、ラウンド終了時点で二人のプレイヤーにゲームが成立するカードを配れない枚数になったときか、夜の天蓋ニュクスカードが破棄トラッシュされた直後となります。


 下降予約の実施は、デックを使い終わる度、その直後で行われ、それまでにストックされた距離分、お互いのプレイヤーのホバーボードが奈落の口タルタロスへと下降!


 そして、下降予約実施後、十分のインターバルが入るわけですが。このインターバル終了後にお互いのホバーボードの距離の差が9.5m以上離れていた場合……』


 そこで瓜は態度を正して、嚙み砕くように言う。


奈落の口タルタロスの呼び声が最大の効力を発揮し、下の方のホバーボードの! 機能を失ったホバーボードは当然、墜落となるわけです! これが開発班の定めた墜落の定義その壱ですね』

「ゲームの勝敗判定はお互いのホバーボードの距離差で行われると……ん? その壱ってなんだよ死倒しばた


『墜落の定義その弐はですね』

「……んん? 急によくわからなくなったぞ。なんだそりゃ?」

『あー、まあ要するに、わかりやすくプレイヤーの身体の一部が落ちてしまった場合も墜落と定義する、とすると流血の一滴で勝敗を決めないといけなくなるわけでしょう?

 だから、仮に今の運春くんの体重が60kgだと仮定すると、その十分の一の6kg分のが、お互いのホバーボードの位置より下の位置へと移動したときに勝敗の判定を行う……ってした方が都合がいいんだよ。きっと』


 ――さっきからなんか妙にルールの説明がわやわやなんだが……?


 運春の心に不満はないにしろ、なんとなくの不安が募る。


「それにしたって体重の十分の一の質量って……具体的にどのくらいだ? 下半身丸々……は重過ぎるか」

『考える必要ないんじゃない? 手足一本分がズリ落ちたくらいじゃ平気そうだし。身体の十分の一が落ちてるような状況ならどっちにしろ全身落ちてるでしょ』

「……そりゃそうか」

『ちなみにこの質量の定義は、照明を落とす直前時点のものを参照するって書いてあるけど……いや、これは本当にどうでもいいか。


 ここまでの説明は、全部いつでも見れるように、保証書と一緒にデバイスに送付しておくからね』

「保証書ォ?」


『どうも開発班が余程気合を入れたらしくってさぁ。あらゆるイカサマを完全防止できる! って保証書まで付けたんだよ。プレイヤーの如何なる行動においても、ゲームに想定されていないホバーボードの下降は絶対に起こりえない! って内容の』


「それこそ俺たちにとって一番どうでもいいことだろ! いらねーよ、そんな文書!」


 あまりのくだらなさに流石に怒鳴るが、それに文句を言うように小さく、瓜がなにか言った。


『多分キミのせいだと思うんだけど……』

「あ? なんだって?」

『なんでもなーい! じゃ、スタントのキミはまだ確認することがあるから、デバイスから文書をよーく確認してね! 五分後には開始だよ!』

「あっ、そうだ! それだよ死倒! 俺、どうやって命依と連絡を取れば……」


 すう、と息遣いが聞こえた。すぐ傍で。


「ぎっ……!?」


 まさか周囲の幽霊に息を吹きかけられたのか、と思うような近距離。

 しかし、このときの運春の周囲には誰もいなかった。


(いや、でも確かに――)

『運春』


 風鈴の音よりも綺麗な声が、やはり聞こえた。

 聞き覚えがあり、すぐにでも聞きたい声だった。


『やっと通じた。じゃ、頑張ろうか』

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