第24話 ブラインド・ロスグライド:ルール説明(前編)

 人は経験によって『なにを怖がるか』を変える。犬に噛まれたことのある者は犬を怖がるし、火事で大火傷を負った人間は火を怖がるようになる。


 ただし、人が『なにも経験せずとも生まれついて怖がるもの』は存在する。


 である。


「なんで同じ日に高所系の災難に二度も遭遇エンカしなきゃなんねえんだクソがァーーーッ!」


 いきなりホバーボードに乗った状態で中空に放置された運春は、頼りない面積の上で四つん這いになり、生まれたての子鹿のように震えていた。


 真っ暗闇だからどちらにせよ下どころか上も左右も前後も見えないが、ライトが落ちる前に見た限りでは相当な高さだった。


 落ちるわけにはいかない。死なないとしても怖いものは怖いのだから。


「ふ、ふふふ! 可愛らしいなぁ。そんな知らない人に近付かれた子犬みたいな切ない悲鳴上げて!」

「お互い様だけどな! さっきお前『きゃあ』って悲鳴上げてたろ! 足もしよぉ!」

「んなっ……! こまいことを突きよって! 大体この足だって……足……?」

「……あん?」


 そこで二人は、自分たちの視界の異常に気付いた。


 部屋の照明は完全に落ちて、なにも見えてない状態でなければおかしいはずなのに。


 お互いの姿だけが、浮き出るようにポッカリと見える。


 いや正確には、自分の指先すら見えないほどの暗闇のはずなのに、自分の足元もホバーボードも問題なく見える。


「どうなってんだ? これ」

「……ゴーグルの力やな?」

『正っ解!』


 同じく、ホログラムの瓜も闇に紛れず視認できる。それどころか、闇に囲まれたことでバニースーツに蔓のような幾何学模様まで浮かんでいた。


 蛍光塗料かなにかを塗っていたらしい。だがやはり、それとは無関係に瓜のことが見える。


『そのゴーグルはいわゆる拡張現実ARゴーグルでね。相手のことと自分のことを少ない光を拾って補正して、通常の視界と同じように見せる優れものなんだよ!』

「へえ。本当に凄い技術だな……ならなんで暗闇にしたのか一ミリもわからないけど——んっ?」


 瓜でも涙々でもない『なにか』が見えたので、横を向く。


 青白く透けた姿の浮遊する人骨。幽霊ゴーストがそこにいた。


「あっっっぎゃあああああああああッ!?」

『ちなみに開発班の余計な遊び心でも見えるよ』

「ざっけんな……ざっけんなよ開発班ン! ゲームに無関係な怖いもんを無駄に作ってんじゃねええええええッ!」

「あっはっはっは! なんや、幽霊なんか怖いんか? こんなんティム・バートンの世界にやってきたと思えば可愛かわええくらい——」


 チラ、と涙々がなんとなく横を見ると。


 腐乱死体ルックのまだ白骨化してないタイプの幽霊がいた。顔面に蛆やら得体の知れないワームやらが集っている感じの。


「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

「テメェも幽霊怖いんじゃねえかッ!?」

「ちゃうわクソボケェ! 虫! 虫はマジでホンマに無理ッ! なんでちょっとお肉感が残っとる幽霊まで実装しとるんやドブカスがァ!」

『合計三十体くらいいるよ。楽しんでね』


「「楽しめるかァッ!」」


◆◆◆


『じゃ、落ち着いたところで、そろそろ本格的なルール説明ね』


 瓜の言い方はかなり優しい。実際のところ、二人で騒いで騒ぎまくって、騒ぐだけの余力が尽きたというのが正しかった。


 正直もう疲労困憊である。ゲームは始まってすらいないのに。


『さて。二匹の怪物によって闇に閉ざされ、一歩踏み間違えれば真っ逆さまなこの世界。どんなゲームをさせられるのか不安でしょうが、ご安心ください。


 やること自体は、一般的なトランプを使ったシンプルな対人ゲームです』


 バララ、と音を立てて、手品のように瓜は数枚のトランプカードを見せびらかす。


「ちょっと待てよ。カードを落としたら回収不可能なこのシチュで、トランプだって?」

『問題ないよ。だってキミたちが手繰るトランプは全部からね』

「電子……」


 心当たりは一つしかなかった。


『そう。事前に付けてもらったそのバングル型デバイスで、勝負を行ってもらいます。

 ルールはやってみれば簡単なので、やりながら覚えてみましょう!


 まず最初に、親と子を決めます! 今回は適当に運春くんを親としましょうか』


 ブル、とデバイスがバイブレーションを起こす。画面を見ると『あなたが親』という表示と共に、なんの規則性も感じられない四枚のカードが表示されていた。


 ペアにもなってなければ、数字も連なってない。


『親と子を決めたら、お互いに四枚のカードがランダムに配られます!

 ポーカーとかダウトとかやったことないよー、という人でも大丈夫! 今回のゲームで使うのはであり、数は完全にただの飾りです!』

「スートだけ……」

『じゃ、運春くんは適当にカードを一枚だけ選んでみようか』


 適当にスペードのカードをタップすると『1』という数字が出てきた。更に『このカードを選択しますか?』と問われたので、なにも考えずに了承のボタンを押す。


『で。親の番が終わったら次は子が同じようにカードをチョイス。

 ……うん。涙々ちゃんも終わったね。この一連の流れを選択フェイズと呼び、次に合算フェイズに入ります! 読み合いが発生するのは、ここからです!


 親は合算フェイズに入ったら、0から6までの好きな数字を宣言またはデバイスのタッチ操作で選んでください』

「じゃあ、2」

『次に子がまた後攻として、同じように0から6までのいずれかの数字を宣言かタッチ操作。ただしこのとき、子は親と同じ数字を選択しても無効です。言ってもタッチしてもゲームシステムはガン無視するからよろしく』

「1や」

『スムーズでありがたいなあ。迷子にならなければもっとありがたいんだけどなあ』

「今それ関係ないやろ……」


 眉を顰める涙々を無視して、ゲームの説明は続く。


『さて。スートにはそれぞれスートポイントというものが0から3まで設定されており、両者の選んだカード同士のスートポイントの和が目標ポイントとなります。


 もうおわかりですね? 先ほどの合算フェイズで宣言した数と、目標ポイントが近い方が勝利です!』


 ブル、とまたデバイスが震える。

 スペードのスートポイントは1。涙々が出したカードもスペード。


 スートポイントの和は2だった。


「あっ、勝った」

『勝った方には特になにも起こりません。負けた方は奈落の口タルタロスの呼び声によって、正解と自分の答えの差の数分メートルのが入ります。下降予約に関する説明は後回しで。


 さて。これにて合算フェイズは終了。

 配られた手札をすべて破棄トラッシュし、そのラウンドは終了。親と子を交代してまた選択フェイズに入り、同一のデックから手札を引きます。


 なお、ここでお得なお知らせをば。破棄トラッシュされたカードのすべては、ゲーム中いつでも確認可能です』

「……あん?」

「なるほど……」


 なにがお得なのかわからない運春を置いてけぼりにして、涙々はスムーズに理解に至った。


。そう解釈するべきやな?」

『さっすが涙々ちゃん! その通り!』

「……命依がいれば、こっちだってそのくらい気付いてたっての……あれ?」


 ——そういえば、どうやってアイツと連絡取るんだ?


 という疑問を放置し、まだルール説明は続く。


『まあとは言え、カウンティングが可能だからって、これじゃあ派手な勝負になりません。


 ですので、この電子デックには13枚の4スート、52枚の通常トランプにプラスして、怪物を一匹紛れ込ませます』


 ピラリ、と瓜は一枚のカードを二人に見せる。黒く禍々しい怪物が描かれた、あまり触りたくないカードだ。


夜の天蓋ニュクスカード……このカードこそが、あなたの敵を奈落へと葬り去る、このゲームにおける最強の怪物です』

「今更だけど、ニュクスもタルタロスもギリシャ神話の神様であって、一般的にギリシャ神話の怪物と呼ばれる連中とは別モンだよな?」

『前回キミらがやったゲームが神様をテーマにしてたから、差別化したくって……』


 なんとも涙ぐましい企業努力と大人の事情故だった。


(まあ、メドゥーサも元々は地母神だったんじゃないかって言われてるし。神様が怪物に変わるのは一応ギリシャではあり得るラインか。

 ポセイドンもゼウスもワガママ放題で、神話内ではともかく物語の役割的には怪物同然だしな)

夜の天蓋ニュクスカードは必勝、かつ相手にゲーム的な大損害を与える怪物です。このカードを十全に使う条件は二つ。


 一つ、自分が親であること。

 二つ、このカードを出した後の合算フェイズで0か6を宣言すること。


 この二つの条件を満たした場合、子がどんな数字を言おうが関係なく! そして、下降予約が5メートル入ります!』

「……さっきからルール説明に入っている、その下降予約ってのは……」

『文字通り、その数字メートル分の距離を後でプレイヤーが下降するんだよ。


 ……っと。言い忘れてたっけな。このゲームの勝利条件。いつも通りの相手のギブアップ。そして——』


 ぐ、と握り拳を作った瓜は、その拳を思い切りその辺の幽霊に叩きつけた。


 幽霊は悲鳴を上げながら、奈落の底へと落ちていく。


『相手の奈落の口タルタロスへの墜落。これこそが、あなたたちの目指すゲームの目的です』

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