前を向くな

「では始めましょう。服だけ濡れないように…そうだ、ちょっと簡単ですけどエプロンも付けてもらって」

 あれよあれよと、クレンジングオイルを顔に塗ったままの大人により、実験台にされてしまう。


「では、Miranさんもお化粧を落としていきましょう~!」

「いや…私自分でやるんで」

「いえ~このまま私やってしまいますよ~」

「え…ちょっ…あぁ…」

 初対面の人に、体を触られる。


 私の顔を触るな!

という私の叫びが届くはずもなく、あれよあれよとクレンジングオイルが塗りたくられる。

「私なら…できます…安心してください…これでも…ちゃんと大人のメイクしてるんで…」

 いや、あなたの自信は知らない。メイク落としくらい、自分で出来るのに。


「いやぁMiranさんお肌プリプリですねぇ…」

「はぁ…どうもありがとうございます…」

 おじさんが言ったらアウトそうなワーディングである。


「普段はお化粧とかしてるんですか?」

「まぁ…多少は…校則で華美なものは禁止されているんで…でも基本的なスキンケアくらいはしますよ」

「そうなんですね!さすがです!」

 さすがですってどういう意味?私にどういう期待をしているんだ?大人は私を見ている訳じゃない。「女子高生」で「インフルエンサー」の私しか見ていない。


「普段は部活とかしているんですか?」

「いや、中学はバドミントンやっていましたけど、高校は入っていないです」

「そうなんですね。付き合ってる人はいるんですか?」

「えっ…いないですけど…どうしたんですか…?」

「あぁごめんなさい、変なこと聞いてしまって。いやMiranさん、あと今日お集まり頂くインフルエンサーの皆様にもお聞きしたいんですけど、お化粧ってどういう存在なのかなって。どういう時にするのかなって思いまして」

「…どういう意味ですか…?」

「う~ん、まぁお化粧って、大人だったら最低限の身だしなみとか、それこそマナー?みたいな。あと、まぁ私はあんまり無いけど、老いを誤魔化すとか、少しネガティブな意味合いもあると思っていて」

 小鼻の横とか、本当にこの人は私の顔を優しく触れるんだな、不意に思った。引き続きメイク落とし中。


「大人のメイクって、っていうかメイクに限らないけど、仕方なくやることが多いのね。マイナスをゼロにするけど、プラス…?って言われると良く分からないというか」

「そうなんですね」

 眼の下とか、フェイスラインとか、鏡の前でクレンジングオイルが塗りたくられる。人の手の温度とか、手の肌感とか、普段は直接感じられることがないもの。


「それで言うと、あんまり私はちょっとわからないというか、そういうプラスっぽいイベントもないと思います」

 さきこがまた2プッシュしてクレンジングオイルを手に取る。このポンプも独自開発のもので泡が~という説明をしているけど、少し遠くに聞こえる。私の独白だけ。


「恋人とかいないし、友達はいますけど、別にお化粧することのほどでもないですし、ちょっと自分に気合入れようかなとか思っても、それよりも投稿しなきゃいけない商品があるから、自分で色々研究してみるとかは…あんまりないです」

 さきこは、私の目の周りとか。口の周りとか、結構きわどいところまで触ってくる。この人は自分の顔の作業も途中なのに、乳化していきます~と言いながら、私の顔を触り続けていて、とても滑稽だ。


「なんか…変ですよね…こんな私が、インフルエンサーやってるのって」

「そうですね?別にMiranさんのような方でも、例えばニキビ対策とかにもいいので、そういうお話は等身大に捉えてもらえるんじゃないんですかね。この商品は肌への負担が少ないので、その辺りは10代のユーザーにとってもポイントになるかなと」

 また出たけど、「等身大」ってどういうことなんだ?私が普通に発する言葉は、等身大とは言えないのか?


「ですけど、まぁそんなものはつまらないですよね、特にMiranさんはこの中でも聡い方と聞いておりましたし、こんなのでは納得されないと思いますけどね」

 さきこが手にする液体が、ぬるま湯から冷水に変わる。背後から私を見つめる。


「いつかあるといいですね。この人のために、とか、このイベントのために、とか、大切なもののために、自分の気持ちをぐーっと上げるために、鏡に向かってお化粧する日がくるのを」

 さーっとオイルが流されて、優しくタオルで拭かれて。


「私も、今や大したことのない大人の一人ですけど、ちゃんと人になるんです。どんな人でも、ちゃんとした人になれる。遅かれ早かれ。それは、決して悲しいことじゃない」

 私の顔を周りに見せながら、さきこは会議室全体に向かって商品説明をする。

 自然と、道具扱いされている感じはしなかった。


「あ、そうだ!今日私説明としてペラペラ話してしまいましたが、『ハリ』とか『ごっそり』とか、ちょっと強い言葉は、商品の効果・効能を保証する表現になってしまうので、避けて下さいね。あーこれ一番大事なことです。お配りしている資料にも書いているので、そこだけは絶対見ておいてください!」

 当たり前だけど、さきこもすっぴんではある。でも、前方を見ていた。そんな顔で、凛と前を向くなよ。


 周りが資料を見直している中、私はそのままスマホを手に取った。さっき書いた下書きを、そのまま更新する。


「さきこさん…あの…」

「えっ…?何ですか…?さきっぽ…?」

「い…いえ違います…なんでも…」

人の来し方を知りたくなった。何て私らしくない日なんだろう。

===

 今日はクレンジングオイルを紹介するよ~!

 林田製薬社さんのクレンジングオイルはとっても便利!毛穴汚れにも簡単アプローチ!だけど、肌が荒れることも少ないから、ニキビ対策にもおすすめ!

 ちょっとまだ私には早いかな…?と思っている子も、是非試してみて!きっと、力になってくれるはず。

 #クレンジングオイル #メイク落とし #10代コスメ #pr

===


(おわり)

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彼女はスーパーインフルエンサー!! 水本エイ @mizumoto_h2a

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