終章 棘付きハッピーエンド

 鬼部おにべとの戦いが終わってから数年の時がたった。

 大きな、おおきな代償だった。モーゼズ、エイハブ、アルノス、それに、何万という兵士たち。しかし、人類はたしかに生き残った。そして、あの戦いを生き残ったものたちはいま、それぞれの道を歩んでいる。


 ポリエバトルの雌豹めひょう将軍しょうぐんバブラクは、ジェイが右目右腕を失い、現役を退いたことを受けて人類軍総将の地位に就いた。『国』という枠を越えて人類世界そのものの治安を守るべく、大陸中を駆けまわっている。


 リーザは戦争の終わったあとも『飢えることなく腹いっぱい食えるように』との思いを掲げ、作物の品種改良に励み、作り出した作物を大陸中に広めるべく、今日も馬車に乗っている。


 うさぎことアルノとチャップは、鬼界きかいとうでともに行動していたことで意気投合したらしい。そのまま探検家となり、各地を巡っている。

 「世界中の知られていない驚異を見つけ、人々に届ける!」

 アルノはそう燃えていたし、チャップもメイズ銅熊どうゆうちょうの捜索を諦めていなかった。

 「メイズ銅熊どうゆうちょうは必ず生きている。この世界のどこかに生きている。一生かけても探し出してみせる!」

 ふたりはそう叫びながら今日も世界のどこかを巡っている。


 サアヤは彼女であるカナエとともに国に帰った。

 カナエの作った魔防衣がいかに役に立ったかを力説し、その功績に免じて自分との結婚を認めるよう父である国王につめより、困らせているという。


 ノールとシズーは弱虫工房をたたんだ。弱虫工房はあくまでも弱虫ボッツという『兵器』を作るための工房であり、戦いが終わったいまでは無用のものだ。そのかわり、『非力研究所』を立ちあげた。

 「僕みたいな非力な人間でも一〇人分、二〇人分の働きが出来るようになる道具を作る!」

 その思いを込めて新しい道具の研究・開発に取り組んでいる。そんなノールの側には常に、妻のシズーが共同研究者として寄り添っている。


 ジャイボスは生き残った。誰もが海のモクズとなって死んだと思っていたのに、生き残った。そして、自分で宣言していたとおり、たい鬼部おにべ戦役せんえきの英雄として大都市に移り住み、スタムとふたり、富貴ふうきに囲まれた暮らしをしている。


 エリアス、ヴォルフガング、ズマライ、ハクラン……。

 諸国の王は戦乱で受けた痛手を回復し、国土を復興させるために内政に尽力している。その一方で自国がいかに素晴らしく、民思いの政治を行っているかを喧伝けんでんし、他の国の都市と契約を結ぼうと躍起やっきになっている。これは、単に国益を求めてのことではない。都市としもう国家こっかの流儀に従えば戦争なしでも都市が手に入る、領土を拡張できる。その実例を示し、『戦争なき勢力争い』を実現させるためでもあった。


 そして、ハリエット、アーデルハイド、カンナ、アンドレア、ジェイ、アステスらは――。

 この日、六人はハリエットの宮廷に集まっていた。テラス席で卓を囲み、お茶とお茶菓子とを用意してのどかなティータイムを楽しんでいる。

 そのすぐそばではアンドレアの息子であるアートと、アーデルハイドの娘のアトレイシアが楽しそうに遊んでいる。無邪気な子どもたちのやり取りをおとなたちは微笑ましく見つめている。

 ハリエットとアンドレアはいまもそれぞれの国の王として内政に、外交にと大忙しだ。ハリエットはそもそもの目的である『日の当たらないところで地道に働く人々が報われる社会を作る』ために尽力しているし、アンドレアもいくさがなくなったあとの――本人にとっては――退屈な事務処理に関わっている。ときおり、その単調さに耐えきれなくなり、奇声をあげて外に飛び出しては剣を振るう癖は治っていないが、それでも、夫となった宰相ラッセルの助けを受けてなんとか王としての役目を果たしている。

 アーデルハイドは大陸中の食糧の生産と流通を担う存在、事実上の大陸最大の権力者として人々の生活を安定させるべく奔走ほんそうしている。その一方で今回の戦乱のことをつぶさに調べあげ、本当はなにが起きたのかを資料にまとめ、後世に残す事業を自らに課していた。カンナはいまもアーデルハイドの側にあり、それらの仕事や子育てを手伝っている。

 ジェイはハリエットと正式に結婚した。それによってジェイが王位に就くのではないか、と言う声もあったが、ジェイはきっぱりと否定した。

 「戦乱の間中、王として国民を率いてきたのはハリエットだ。ハリエットが王でありつづけるのが筋というものだ」

 そう言い張って。

 宰相の地位も固辞した。

 「国王と結婚したから宰相……など、公私混同の極み」

 と言う理由で。

 いまでは騎士団の教官として後進の指導に当たっている。そして、アステスはいまも、ジェイの補佐役としてその側にいる。

 「……本当に、大変な時期でした」と、ハリエット。

 「ええ。いま思い返してもゾッとします」と、アーデルハイド。

 「しかし、我々は勝った。勝って、生き残ったんだ」と、アンドレア。

 口々に言う三人の横ではアートとアトレイシアの無邪気な笑い声が響いている。この笑い声こそ、ハリエットたちがすべてを懸けて手に入れた未来そのものだった。

 「ふふ。あのふたりはすっかり仲良くなりましたね」

 アーデルハイドが微笑むと、カンナがそっと溜め息をついた。

 「でも、やんちゃすぎます。おふたりがそろうと本当にお世話するのが大変なんですから」

 「なんの。子どもはそうでなくては」と、アンドレア。

 「もっとも、正直なところ、こうして自分の子どもを見守るときが来るとは思っていなかったがな」

 とは、幼い頃から騎士たらんとして志してきたアンドレアらしい感想だった。

 「だが、これであとはハリエットの子どもだな。まだ生まれんのか?」

 そう言われて――。

 ハリエットとジェイはそろって顔を赤くした。

 そのあまりにもうぶな反応にアステスは『やれやれ』と、かぶりを振った。

 「……でも、たしかに、わたしたちは生き残った。世界も復興に向かっています。幸い、鬼部おにべとの戦いが終わって以来、人と人の争いも起きていませんし」と、ハリエット。

 「守っていかなくてはなりませんね。この状況を」

 アーデルハイドが答えると、アンドレアも力強くうなずいた。

 「もちろんだ。鬼部おにべとの戦いが終わってやってくるのが人間同士の争いの時代……などということになったら犠牲になったものたちに顔向けできないからな」

 「騎士たちの役割も、時代に合わせてかえていかなくてはなりませんな」

 「治安の維持。人々の警護。人々の規範としての姿。戦争以外にも役目はいくらでもありますからね」

 ジェイが呟き、アステスが答えた。

 モーゼズ。

 エイハブ。

 アルノス。

 そして、戦いのなかに散った無数の人々。

 あまりにも大きな犠牲。その犠牲が報われる世界を作らなくてはならない。

 その思いはこの場にいる誰もが胸に抱いていた。

 そして、鬼界きかいとう

 自分たちが生き残るためとは言え、ひとつの歴史を消し去り、その歴史のなかに生きるすべての人々を消してしまった。その思いは小さな、しかし、鋭い棘となって全員の心に刺さっている。その棘がなくなることは生涯、ないだろう。それでも――。

 『よりよい明日』を求めて歩いて行く。



※『婚約破棄からはじまる令嬢たちが新しい世界を作り、人類を救う物語』完

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婚約破棄からはじまる追放された令嬢たちが新しい世界を作り、人類を救う物語3 〜歴史の決着篇〜 藍条森也 @1316826612

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ