一一章 残る歴史・消える歴史
戦いは数ヶ月に及んでいた。
無限にいるかと思われた
その代償はあまりにも大きかった。
人類側の被害も
こんな消耗戦にいったいなんの意味があるのか。
この戦いを見るものがいればそうおののくような『明日なき戦い』。それでもなお、その場に立つものたちは戦いつづける。自分たちの種族の誇りにかけて。
最前線に立って戦うジェイの前にひときわ大きく、筋骨隆々たる鬼が現れた。他の鬼が生まれたままの姿でなにひとつ身につけていないのに対し、その鬼だけは全身をきらびやかな装身具で飾り立てていた。
それがなにを意味するものか、ジェイはむろん知っていた。
「お前が……かんなぎ部族の王か」
「そうだ」
その巨大な鬼は答えた。ずしりと肚に響く重々しい声だった。
「我はカラガ。かんなぎの王なり」
「やっと出てきたか。最初から出てきていればすぐに終わったものを」
「ほう? それはまさか、我を殺せるという意味かな?」
「もちろん」
「ふっ、面白い。しょせん人間風情の言うこと、通常ならば
「あいにくだがな。お前たちに褒められるつもりはない。お前たちが口にすべきはおれへの憎悪。おれへの怒りと憎しみ。ただ、それだけだ」
「ふっ、面白い。ならば、言わせてみるがいい。我をぶちのめし、我が部族ことごとくを殺し尽くし、我の口からきさまへの憎悪を吐き出させてみるがいい!」
「やってやるさ!」
ジェイたちが死力を尽くして
ハリエットは馬車のなかを執務室にかえて移動の最中に諸国連合の主としての職務を果たしながら大陸中を巡った。各国に赴き、
「ただ、
「たしかに、
ハリエットは訪れるすべての国でそう語りかけた。
王宮で、王や、宰相や、将軍に対してそう語るだけではない。時間の許す限り町中に出て
もちろん、自分で国を動かすことなど考えたこともない人々に、そんなことをいきなり語ったところでまともな反応など返ってくるはずもない。ほとんどの人間は『なにを言っているんだ?』と理解できないものを見る目で通りすぎていくだけ。しかし、ほんの少し、それこそ千人にひとり、万人にひとりの割で立ちどまり、耳を傾けるものもいる。そんなたったひとりのためにハリエットは街角で語りつづける。
それはまぎれもなく国内における秩序転覆の
それだけではない。
共通教育とは未来を担う子どもたちに武力以外での問題解決を図るよう教育すること、王族の相互留学とは互いに王族を送り込むことで交流を深め、相互理解を進め、さらに、いざというときには人質にもできるようにすることで争いを未然に防ぐことを目的とするものだった。
すべては人と人との争いを終わらせるため、
新しい文明を築きあげるため、
人類の歴史を勝利させるためだった。
そして、それらの活動を書にしたため、
人類の取り組みを目覚めしものを通じて天界の神々に届けてもらい、人類こそが世界の管理者としてふさわしい。そう納得してもらうために。
「いつもながら精が出ますね、アーデルハイドさま」
にこやかにそう言ったのは目覚めしものの使役する
最初のうちはベルンに手紙を運んでもらい、さらにチャップに届けてもらっていたのだが、最近では目覚めしものの方からこうして
「神々がわたしたち人類に対して好意的になってくれた。そう考えていいのですか?」
「さて、どうでしょう」
ほんの
「しょせん、神々の思考など、わたしには計りかねますので」
「そう……ですね。たしかに、天界の神々がわたしたちと同じ思考をするなどと期待する方がまちがいなのでしょうね」
「では、どうします? これ以上、神々に手紙を送るのはやめにしますか?」
「いいえ。人類の未来のためにいま、わたしにできることはこれしかない。ならば、最後までつづけるだけです。これが今日の分。たしかに届けてください。そして、明日も、明後日も」
「はい」
と、
「たしかに、神々にお届けします。お約束できるのは『届ける』と言うことだけですけどね」
「それで充分です」
アーデルハイドはそう答えた。
ジェイとカラガの戦いはつづいていた。
ジェイはすでに右腕と右目を失っていた。しかし、カラガもその全身に致命傷と言っていい傷を受けていた。大量の血が流れ、足元に血の沼を作っている。
そのまわりには何人もの人間たちの死体が転がっていた。ジェイに勝利させるべく、
それが、
しかし、人間たちの犠牲はたしかにカラガの力を削っていた。生命の炎を消そうとしていた。そして、ジェイには
ジェイの拳ついにカラガの心臓を貫いた。
残った
それを合図とするかのように異変は起こった。
消える、消えていく、
その場に残る
まるで、
「これは……」
呆然と立ちすくむジェイと、その隣に控えるアステスの前に目覚めしものの
「おめでとうございます。神々はあなた方の行動を認め、あなた方、人類をこそ世界の管理者として認めました。あなたたちの勝利です。もう二度と、人類と
「では……わたしたちはもう二度と
「はい。歴史はついに定まったのです。あなた方、人類の行動が神々の心を動かしたのです」
「
「はい」
と、
「人類の歴史が勝利した以上、
ジェイとアステスは立ち尽くしたまま消えゆく
「おれたちが勝った……ということだな?」
「……はい。そのはずです」
ふたりとも、その声には喜びなどない。むしろ、拍子抜けしているような、そんな声。いきなりのことに実感が湧かないのだ。だが、
「人類の勝利だ」
ジェイが残された左手をグッと握りしめ、そう宣言した。そのときだ。
「おーい、おーい!」
海の上から声がした。声の主を見たとき、ジェイもアステスも
「ジャイボス、スタム! 生きていたのか!」
海に浮かんでいたのはまぎれもなく、もう何ヶ月も前に船ごと海のモクズとなったはずのジャイボスとスタムだった。ジャイボスは泳ぎながら笑って見せた。
「へっ。おれさまが死ぬもんかよ。なあ、スタム」
「う、うん……」
スタムもなにやら照れくさそうに笑っていた。
「まあ、船が沈んだときにはさすがにお終いかと思ったけどよ。うまいこと
「ふっ……」
「はは……」
その場に――。
人類の勝利を告げる笑い声が響き渡った。
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