一〇章 死にゆく仲間たち

 本来であれば人類側が圧勝するはずの戦いだった。

 何重もの防衛線を築き、海から一方的な砲撃を加えることの出来る状況を作りあげた。機動力に富んだ遊撃隊を送り込んで敵後方を攪乱かくらんもしている。

 これでどう負けろと言うのか。少なくとも、人間相手の戦いであればどうやっても完勝出来る。そういう状況を作りあげたのだ。それなのに――。

 押されているのは人類側だった。

 常識を覆す結果を生み出しているのは、鬼部おにべならではの強靱な体力と敏捷性、そして、尽きることのない戦意だった。阻まれても、阻まれても、その戦意は衰えるどころかますます強くなり、襲ってくる。それを防ぎつづけるのはまるで、無限に打ちつける自然の波を身をもって阻もうとするようなものだった。いずれ疲れはて、敗北するのは必然だった。

 その疲労はとくに壁役の前線部隊にいちじるしかった。

 「くっ……」

 最前線で剣を振るいながらアンドレアははっきりと自分たちの不利を悟っていた。尽きることなく打ちつける鬼部おにべの波にさしもの闘戦とうせんの集団も突き崩されようとしていた。

 もとより、いくら『子を守る』との思いがあるとは言え、肉体的には普通の女性たち。鬼部おにべの襲撃を前にしては気力がもっても体力がついていかない。

 ――くそっ! こいつらどこから湧いてくる 鬼部おにべは無限の数がいると言うのか いい加減、少しぐらいは減ってくれ!

 戦いに生きる騎士であるはずのアンドレアにしてそう思うほど、鬼部おにべの襲撃は絶え間ないものだった。

 「アンドレア陛下!」

 叫が声がした。後方で指揮をっているはずのジェイが前線まで出てきていた。

 「お退きください、闘戦とうせんはもう限界です。このままではあなたの生命がありません!」

 「しかし……オグル人部隊も消耗が激しい。まだ交代するのは無理だろう」

 「いまは我々、羅刹らせつたいが壁となります。その間に回復を……」

 アンドレアはジェイの目を見た。それでは、オグル人部隊と闘戦とうせんが壁となり、羅刹らせつたい鬼部おにべを仕留めるという基本戦術が崩れてしまう。とは言え――。

 まわりを見ればもはや闘戦とうせんに戦う力が残っていないのは明らか。体勢を立て直すにしてもひとまず後方にさがり、休ませないとどうしようもなかった。

 「……わかった。だが、必ず戻ってくる。それまで頼むぞ」

 「はっ!」

 ジェイは笑顔でアンドレアを見送った。

 鬼部おにべの脅威は海の上の船団にも及びつつあった。

 鬼部おにべは船をもたない。水に入ることもない。水上の船団は安全な場所から攻撃を仕掛けることができる。そう思われていた。ところが――。

 「わ、わわわわ、ジャイボス、大変だよ! あいつら、泳いでこっちに来るよ」

 一騎当千を指揮するジャイボスの参謀、スタムがおののきの声をあげた。スタムの言うとおり、鬼部おにべは海に飛び込み、泳いで船団に迫ってくる。

 これが人間であれば自殺行為以外の何物でもない。泳いで近づいてくるはしから弱虫ボッツや弓で攻撃すれば、簡単に仕留めることが出来る。しかし、ここでも鬼部おにべならではの驚異的な身体能力がそんな常識的な対応を打ち崩した。

 速い。

 とにかく、泳いでくる速度が速い。速すぎる。魚でもこうはいかない。

 そう思わせるほどの速さ。そして、深い。弱虫ボッツも弓も、水中深くまでは届かない。その届かない深さまで潜って船に近づき、船底にしがみついて腕力にものを言わせて外壁を引きはがす。浸水させ、沈めていく。

 鬼部おにべが水中でこれほど早く動けるというのも、これほど息がつづくというのもまったくの想定外。おかげで船団が次々と沈められていく。

 鬼部おにべの常軌を逸した肉体的な力の前に人類側の緻密な作戦は崩されつつあった。

 「くそっ! もっとガンガン撃ちまくれ! 連中を船に近づけるな!」

 ジャイボスの叫びが響く。それに答えたのはスタムの悲鳴だった。

 「ダ、ダメだよ、ジャイボス! そんなにバンバン撃てるほどガスの備蓄はないよ!」

 弱虫ボッツを発射するための可燃性のガス。それは大陸でもごく限られた地域でしか産出しない。大量に採取することも、運ぶことも出来ない。威力はあっても使いつづけられるものではなかった。

 「大変です、船底を破られました!」

 報告、と言うよりもはっきりと悲鳴と言える声がした。

 「ジャ、ジャ、ジャイボス!」

 「くそおっ!」

 たちまち船のなかに水があふれ、沈んでいく。

 『永遠のガキ大将』とその相棒とは海のなかへ消えていった。

 鬼界きかいとう側に上陸し、機動力で攪乱かくらんしていたサアヤ率いる遊撃隊も限界が来ていた。

 もとより、完全な敵地でそうそう暴れまわれるはずもない。船を使って退避と襲撃を繰り返してきたのだが、その船を沈められはじめたことで退避が出来なくなった。そうなれば、自慢の機動力も生かせない。疲れて動きが鈍くなったところを分断され、包囲され、殲滅せんめつされていく。

 もはや、攪乱かくらんするどころではない。単なる狩りの獲物だった。

 そんななか、ひときわ大きな船の上で腕組みし、不敵な笑みを浮かべた人間がいた。スミクトルの宿将モーゼズである。

 「ふっ。ついに我らの晴れ舞台が来たか。征くぞ、我らが最後の武、天下に見せつけてくれようぞ!」

 「おおっー!」

 と、清々しいまでの覚悟を決めた老兵たちが一斉に声をあげる。

 モーゼズは自らの乗る船を強引に陸峡に近づけた。激突させるように乗りあげた。途切れるとなく攻めたてる鬼部おにべの群れに老兵たちとともに切り込み、分断する。

 「さあ、鬼部おにべどもよ! スミクトルのモーゼズが相手だ。存分にかかってくるがいい!」

 そう吠えたて、剣を振るう。

 モーゼズをはじめ、老兵たちの目的は勝つことではない。自分が殺されることで時間を稼ぎ、仲間が体勢を立て直す機会を与える。

 そのために生命を捨てる覚悟を決めた兵たちだった。

 モーゼズの側で鬼部おにべたちの体がまとめて吹き飛ばされた。巨大なもりを手にした巨漢きょかんの男は返り血を浴びた顔でニヤリと笑って見せた。

 「よう、スミクトルの。お前さんも同じことを考えていたみてえだな」

 「おう、エイハブどのか」

 「さあ、年寄り同士、『若者の未来を切り開く』ってやつをやってやろうぜ!」

 「おお、負けませぬぞ!」

 老兵たちは戦いつづける。

 自らの子や孫のため、さらにその子の未来を守るため。鬼部おにべたちの牙に貫かれるまで。

 戦いは……終わらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る