第0話

「うん、じゃあ……またね、お父さん、お母さん」


 ――私はいつだって孤独だった。


 病室から見える木の葉を見つめながら、あれが落ちる頃には私はもうこの世にいないだろうだとか、そんなことを考えて一日が過ぎていった。

 始めこそ、自宅に帰れる日が何日かあったが、その時に飲んだオレンジジュースの甘さを今も覚えている。下手にその甘さが舌にこびりついているせいで、病院で出されたお茶を飲むと、その苦みが『お前の家は』と告げているような気がして嫌だった。

 家族はお見舞いに来てくれるけれど、いつ終わるか分からない私の治療費を稼ぐのに一生懸命で、日に日に顔を見る機会が減っていった。

 とても寂しかったけれど、会ったら会ったで真夜中に誰もいない病室で目が覚めた時、影の濃さが増してしまっただろうからあれで良かったのかもしれない。


 だから、あの時は驚いた。だって、誰もいない病室で一人静かに自らの死を悟った時、突然知らない男の子が入ってきたんだから。


「☐む、☐☐な、☐☐☐☐でくれ!」


 何かを言っているようだったけど、意識が朦朧としていたから聴き取れなかった。

 でも、小さい頃から病弱で、家族以外と話すことなんてなかったから、私の細い腕や手を握られた時、弱々しい心臓が大きく跳ねたのを覚えている。

 初めて触れる同年代の男の子の手は私よりゴツゴツしていて、変声期を迎えたであろう声は、少し大人っぽかったけど、お父さんの声よりは少し高いように聴こえた。


 死とは孤独だというけれど、私の最後は見知らぬ少年によって看取られた暖かいものであったのだ。


 ……でも、分かってしまった。そのか細い声から、あなたの孤独が。その震える手のひらから、こぼれ落ちてしまった命たちがあったことが。

 きっと、私も『救えなかった』と思っているんでしょう。私の心は、こんなにも満たされているというのに。

 ――だから、決めたの。あなたのような優しい人みたいになりたいって。誰かの人生の終わりが孤独で終わらないように、死という最後でさえ、寄り添える"何か"に生まれ変わって……そして、いつかあなたも救いたかったから。


 思い出すことは許されないパンドラの箱。私がアタシであることを決めた一にして全、色濃く刻印された私というほんのあとがき。

 願わくば、他の誰にも――アタシにさえも見つからないことを。

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死神の首飾り 白江桔梗 @Shiroe_kikyo

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