5#「ちょっとした過去」

 果たして親は幸せだったのか。


 結婚をして子供を授かり家庭を持ち守るものができた父は毎日、それこそ休日であろうと気にせず出稼ぎに外へ汗水を流しに行く。


 母は家族を支えるため家事炊事に加え慣れない子守に手を焼きながらも時には睡眠時を削ってでも家のことを全うしていた。


 普通だ。


 ただただ普通の家庭だった。


 そこらの裕福層や金持ちのように言えば何でも与えてくれる、言わなくてもなんだって与えられるわけでもない。


 とは言え特段貧困しているわけでもなく、日々の食事に不満なんてなかったし欲しいものあれば貰った小遣いで物を買っていたりもした。


 本当に普通だった。


 特に強制されることも少なく、あるとすれば親からの干渉なんて教育くらい。


 世の中のやっちゃいけないことの善し悪の分別を言い聞かせるように子供に刷り込む。


 多分小学生になるまではこんなものだった気がする。


 両親は無趣味で自分と家や外で何かをすることは特になかった。


 小学校へ上がった頃には色んな習い事をさせられた。


 サッカーに水泳、陸上競技、英会話、そろばん教室、ダンスレッスン。


 はっきり言おう、どれも続かなかった。


 そりゃあそうだ。


 別に自分からやりたいと決めてやったわけでもない。まして興味もない。


 そんな意欲も志もない奴が続けられていたらそれはある意味で才能だろう。


 だけど俺にはそんなものはなかった。


 辞めると親は酷く感嘆した。


 だが辞めれば次へ、辞めればまた次へと強制もしないが何かはやらせてみようとそれを途切れさせようともしない。


 元野球選手だった父親が我が子を甲子園へ連れていくと言わんばかりに徹底して野球を教え込む。


 プロで活躍している音楽家の母親が子供に演奏ができるまでピアノを練習させる。

 両親はそうじゃなかったんだ。


 “自分”を探して欲しかったのだろうか。それともなにか夢中になれるものができれば安心でもしたのか。


 自分にはその“なに”かがなかったのだろう。


「そんなの俺に求めるな」


 いつしか小さい体には似つかわしくない鬱然とした感情が徐々に芽生え始めていったのを覚えている。


 この頃からだろう、周りから一歩引いて俯瞰した考えを持つようになったのは。


 だがそんな俺にも後に一つだけ他とは違い長く続いたものがあった。


 役者だ。


 “自分”とは違う別の“誰か”をるという行為から生まれる今までに感じることのできなかったもの、高揚感。


 当時の俺にとっては初めて実感できた他では得られぬ代えがたいものだった。


 それがトリガーとなったのか周りの子たちよりも成長は早く、自分で言うのもなんだが頭一つ抜けていたと思う。


 早熟の俺は演者としての力をメキメキと身に着けていった。


 演技力が充分と周囲の大人たちに認め始めてもらっていた頃、遂に子役として舞台への初デビューの話が舞い込んできたのだ。


 当然その報せを受けた親たちは大喜び。今まで咲くかどうかも分からなかった土壌に散々蒔いてきた種。そこにようやく芽が出てきたのだから。


 だけどそこでも俺は続けることをやめた。

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彼女はソラから堕ちてくる。 Maroyaka @Maroyaka_3

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