#4「プロローグ4(終)」

「へっ?」

「したいこと、やりたいこと見つけて一緒に手伝ってやる」

「…………」


 少女は素っ頓狂な声を上げた直後硬直する。


「なんでもしてやるからさ」


 あーあ、ダメだ。やっぱりなんか恥ずかしいわ。


 我に返るどころか我はどこにも行ってないのに。


 意味わかんねぇだろ? 俺にもわかんねぇよ。


 こういう歯の浮くような台詞、昔はよく言えたんだけどな。


 ガキの頃の俺すごいな。


「ふふっ……あっはははははははは!」


 暫く無言だった彼女は一転して勢いよく吹き出した。


「あーちゃんウケるんだけど!」

「すまん、笑われると更に恥ずかしいわ」

「ごめんごめん、違うの」

「そうじゃなくて——」


 刹那、また寒風が俺たちの間を通り過ぎる。


「——くて……なんか笑っちゃった」


 うまく聞き取れなかったが野暮に問いただす余裕もなかった。


 彼女は目尻に溜まっていた涙を指で拭いながら乱れた髪や制服を直す。


「それじゃあ早速注文しちゃおうかな~」

「え、もう決まったのかよ? 早すぎないか?」

「ていうかお前まだ合格すらしてな——」

「あーちゃん……?」


 彼女から小動物のような小柄な体格からは想像がつかないような威圧感が放たれる。


「はい」


 少女の瞳に光が消え失せる。


 でも表情は笑顔だし大丈夫だと思う。めっちゃ怖いけど。


「さっきなんでもしてくれるって言ったよね?」


 華奢な体躯を前面に押し出して来ながらこちらを見上げ首を傾げる。


「嘘ついちゃダメだよね?」

「はい」


 校長、やっぱこいつ合格でいいです。


「わかりましたよ……」


 自分で言った小っ恥ずかしい台詞に少しだけ後悔しながら、その注文とやらを待つことにする。


 まぁ大方「彼氏になってください」とかそんなところだろ。


 なんてな、冗談だ。


「あーちゃん、わたしの彼氏になってよ」


 ほらな。


「………………は?」


 思考をもとに戻すのに数刻を要した気がする。


 体感それくらいのことだった。


「は? じゃないよ。ちゃんと聞いてた?」


 少女がかわいらしく「むー」と頬を膨らませる。


「だから、あーちゃんはわたしの恋人になってほしいの」

「俺と?」

「うん」

「お前が?」

「うん」

「なんで」


 この突拍子もない、雰囲気もへったくれもない告白。


 場面だけ切り取った場合普通の男子だったら泣いて喜ぶやつもいるくらいのシチュエーションなのに今は緊張感がまるで感じられない。


 あんまり普通という単語を多用しすぎると何処かからか怒られそうな気もするが、もしかしたら俺は普通の思春期男子にはあるはずの性欲が欠如しているのかもしれない。


「あーちゃんはさ、運命って信じる?」

「運命?」

「そうそう、よくJPOPの歌詞で出てくるじゃん。白々しくて薄っぺらくて現状を無意味に肯定しているような中身がスッカスカの歌に出てくるあれだよあれ」

「なんかすごい私怨が入り乱れてるけど大丈夫か?」


 運命ね……。


「俺は別に信じてはいないけど」

「そうなんだ、気が合うね!わたしもだよ!」


 正直運命なんかあったってなくたって、どっちでもいいしどうでもいい。


 あんな言葉はただいいことがあった奴の痴れ言でしかない。


 じゃあなんだ。不幸にあった人間は「今日はあなたと事故に遭って運命だね」なんて言うのか?


 それなら俺だってこいつだって……。


「うおっ!?」


 突然、ポケットにしまっていたスマホから振動と共に規則正しい音がかき鳴らされる。


 これ苦手なんだよな……。


「出ないの?」

「ああ、出るよ」


 彼女に「すまん」と一言断りを入れてから画面を確認する。


 琴姉からだ。


 そこには俺の担任教師である白河しらかわ琴音ことねの名前。


 すぐに通話のボタンをオンにして応対する。


「琴姉どうした? ……えっ、ああ! もうそんな時間!?」

「ごめんすぐ戻る! うん……じゃあまた後で!」


 慌てて通話を切ってスマホをポケットにしまい込む。


「どうしたの?」


 対して様子を見ていた彼女は特に焦ってはいない。


「なにってお前もうすぐ面接の時間だろ!」

「ああそうだった。確かそんなのもあったね」


 俺の忠告を受けてもさっきまでの飄々とした態度を崩さずあっけらかんとしている。


 やっぱりさっきまでここから飛び降りようとしていた人間には到底思えなかった。


「じゃあ俺はもう行くから!」

「うん」


 踵を返して暖かい校舎の中へと足を踏み入れる。


 閉めるはずだった扉は開いたまま。


「面接しっかりやれよ」

「うん」

「変なこと口走るなよ?」

「うん」

「あと——」


 絶対受かれよ。


「あーちゃん」


 言葉は遮られた。


 おかんみたいな俺の言い草に辟易したのか。


 それとも単に差し迫った時間が惜しいからなのか。


 それとも本心からなのか。


「好きだよ」


 この時の俺はどんな顔をしていたのだろう。


 こいつにどんな言葉を贈ったんだろうな。


 なあ、言わなくてもいいよな?

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