第4話

 会場は強い熱気に包まれていた。舞台を照らすスポットライトの光にそれを包み込む幾色の光。光は上下に動き回り、舞台にいる子達の踊りを盛り上げていた。

 舞台で歌って踊るアイドルと客席で歓声をあげてライトを降るファンの人たちが作り出すハーモニー。初めて見るライブは胸が躍るほどの圧巻さだ。


「うわー、緊張してきたー」


 だからこそ、緊張感は一気に高まる。

 私たち『レリーバーズ』が出場するライブは多くのアイドルグループが集まる『合同ライブ』だった。私たちの歌う順番は全8組の中で4番目。会場の熱気がピークを迎える頃だ。

 そんな重要な場面でちゃんと歌い切れるだろうか。もし失敗して、雰囲気が最悪になってしまったら、どうしようか。


「とーもちゃん!」


 舞台裏で歌う子たちの様子をモニター越しに眺めていると不意に後ろから腕を巻かれた。

 

「ふみちゃん、どうしたの?」

「その様子を見る限り、緊張しているね?」

「え……まあ、ね。こんな大勢の人たちの前で歌うなんて初めてだから。失敗したらどうしようって」


「初めての時はそうなるよね。分かる。でも、ファンのみんなはとても優しいから、たとえ失敗しても励ましてくれるよ。怠けていたわけじゃない。全力をもってした失敗は価値あるものだから。だから今日まで頑張ってきた成果を思う存分出し切ろう」

「ふみちゃん……」

 

 ふみちゃんの言葉で少しばかり勇気が湧いてきた。

 私たちが話していると、いつきちゃんとえりちゃんがやって来る。

 モニターを見ると、私たちの前の子達が歌い終え、舞台裏へと足を運んでいく姿が映し出されていた。いよいよ私たちの番が始まる。


「さあ、レリーバーズ行くよ」


 ふみちゃんはそう言って、自分の前に手を差し出す。その上にいつきちゃん、えりちゃんが手を重ねた。私も一番上に手を添える。


「最高のライブにするよ。ファイオー」

「「「ファイオー」」」


 掛け声を発し、一致団結したところで舞台の方へと歩いていった。舞台からは私たちを紹介する司会者の声が聞こえてくる。

 私はチームの一番後ろに並んで歩く。

 歌が始まる前の段取りは、初めに私以外の三人が登場、三人の自己紹介が終わったところで新メンバーの発表、そして私が登場して自己紹介と言った流れだ。


 舞台へと出る通路に並んだところでスタッフの人がマイク越しに司会者に伝える。


「それでは、お次に参りましょう。中学生三人ユニット『レリーバーズ』の登場です!」


 司会者の言葉に続いて会場は大いに盛り上がる。BGMが流れたところで三人が舞台の方へと赴いていった。私の前にいたえりちゃんが私にウィンクを送ってきた。一人になるから勇気づけてくれたのだろう。本当に優しいメンバーたちだ。


「みんなー、こんにちは。暗い世界を照らす三つの光。ファーストライト、レリーバーズ大佐『米澤 文香』です」

「セカンドライト、レリーバーズ中佐『有本 樹』です」

「サードライト、レリーバーズ少佐『姫宮 恵理』です」


 会場からは三人の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。SNSとかで分かってはいたけど、レリーバーズはやっぱり人気のアイドルなんだな。この中に私が入るのかと思うと、一気に緊張が高まってくる。


「そして、なんと今日は暗い世界を新たに照らす光がやってきました!」


 ふみちゃんの言葉で会場がざわつく。何の前触れもないいきなりの告知なのだ。びっくりするのも無理はない。


「それでは、登場していただきましょう。現れよ、フォースライト!」


 私はその言葉を聞き、裏から出てくる。舞台に出ると多くの光が目に入ってくる。それが全てファンの人だと思うと、その多さに圧倒されそうだった。私の登場で会場は歓声に包まれる。私はできる限り自然を装って、みんなに手を振りながら階段を降りていった。


 階段を無事に降り、三人の元へと駆けていく。

 刹那、私は自分の右足に左足を引っ掛けてしまい、そのまま前へと崩れた。

 もっていたマイクが甲高い音を発する。それによって、会場が静寂に包まれる。


 やってしまった。私は藁にもすがる思いでふみちゃんの方を覗いた。

 ふみちゃんは驚愕の目を浮かべている。出てきていきなり失敗したのだ。驚くのも無理はない。みんなごめんね。


「ちょっ! ともちゃん、あんた見せパンはどうしたの!?」

「え……」


 私はふみちゃんのセリフに背筋が凍るのを感じた。慌てて状態を起こして正座をする。


「もしかして、パンツ見えた?」

「うん。動物柄のが……てか、あんた事前にパンツ渡したでしょ。なんで自分の履いてきたのよ!」

「あれって、ライブ終わりは汗をびっしょり掻くから、替え用のパンツじゃないの?」


「んなわけあるかー!」

「そんなー、みんなにパンツ見られたー。もうお嫁にいけない!」

「「はいはい。二人とも、女の子が『パンツ、パンツ』言っちゃいけないよ」


 私たちの掛け合いに会場には、大きな笑い声が湧き上がった。「かわいいよー」「ラッキー」とファンの人たちの声が聞こえる。セリフはあれだが、励ましてくれたことに感謝する。歓声を聞いたふみちゃんが私に歩み寄ると紹介を始める。いきなりの失敗で、段取りが狂ったためアシストしてくれるみたいだ。


「では、気を取り直して。フォースライト、レリーバーズペットの『アニマル』です」

「違うわ!!」


 私のツッコミで再び会場には笑い声が上がる。これでは、ライブではなく漫才だ。


「ごめんごめん。じゃあ、自己紹介をよろしく」

「えー、皆さん。はじめまして。フォースライト、レリーバーズ見習い『千早 巴』です。よろしくお願いします。あと、先ほどのは忘れてくださーい!」


 力一杯会場に手を振る。ファンの人たちからは拍手が送られた。同時に「絶対忘れない」「イヤダー」という声も聞こえてきた。冗談じゃないんだ。本当に忘れてくれ。お嫁にいけなくなる。


 でも、これで緊張が解けた。体の震えも、心臓の鼓動も正常になっている。いつも通りのパフォーマンスが出せそうな気がする。


「それじゃあ、1曲目。『シャイニングライト』!」


 ふみちゃんのタイトルコールで曲が始まる。

 私たちは舞台という小さくも大きな空間で華やかに踊ることとなった。踊っているうちは嫌なことも全部忘れられた。きっとファンの人たちも同じに違いない。


 会場全体がメンタルパンデミックにより『歓喜』に包まれていた。


 ****


「とーもちゃん、お疲れ!」


 ライブが終わると、ふみちゃんは持っていたタオルを私の頭に乗せて、手でワシャワシャ

とかき混ぜる。最高のライブに花を咲かせてテンションが上がっているらしい。ふみちゃんのタオルは汗のいい香りがした。


「髪がぐしゃぐしゃになるよー」

「ごめんごめん。ともちゃん、いい味を占めてたね」

「タイムスリップしてやり直せるのならあの場面だけをやり直したい」

「残念。それどころか、今日のライブは録画されているから永久に残っちゃいます」

「そんなー。今すぐカメラを破壊してやる」

「何でよー。今日の一番の見どころでしょ。下着姿で出てきたアイドルは初めてじゃない? 動物柄は特に」

「ぶり返さないでー!」


 私たちの様子をいつきちゃんとえりちゃんは笑いながら見ていた。二人ともライブが終わってホッとしているような様子だ。


 それにしても、下着の件は本当に失態だ。まじでどうしよう。

 会場にはお母さんとお父さんも来ていた。それだけじゃない。多分、おばあちゃん、おじいちゃんもいたのではないだろうか。家に帰りたくない。帰ったら絶対気まずくなる。


「それで、初めてのライブはどうだった?」


 ふみちゃんからの言葉に私は我に帰る。見ると、ふみちゃんはおろかいつきちゃんやえりちゃんも私の方を穏やかな目で見ていた。私は頭に乗ったタオルを首へと回す。


 今日の感想。そんなの決まっている。チームのみんなが一体となった踊り。ファンの優しい歓声と歌を引き立てるライト。ファンと一緒に作り上げた最高の舞台。

 パッと晴れやかな表情になると、彼女たちに向かって言った。


「最高に楽しかった!」 

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【短編】メンタルパンデミック 結城 刹那 @Saikyo-braster7

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