第3話

 両親からの許可は案外簡単に取れた。二人とも私がアイドルをやることを喜んでくれた。

 無理もない。お母さん、お父さんからしたら、生きる気力を失くした娘が自分から生きる目的を見つけてきたのだ。これ以上の喜びはないだろう。


 私はかつて『無気力症候群』なるものを患った。

 原因は10年間一緒に過ごしてきた飼い猫の死による強いストレスによるものだった。それから1年間学校にも行くことができず、自室に引きこもる生活が続いていた。


 生きていれば誰しも別れを体験する。仕方のないことだ。そう分かっていても、10歳の頃の私は、愛するものとの別れに耐え切るほどの器を持ち合わせてはいなかった。

 無気力症候群は、これ以上の悲しみに襲われれば自身を保てなくなるため、自己防衛の一環として発症したのだろう。今はそう考えている。


 1年間休んだことで、心は徐々に回復していった。

 久々に見た街はいつもよりどんよりとしていた。人々は一年前の私と同じようにまるで生気を失ったかのように沈んでいた。それが『インペリウム』によるものだと知ったのは、その後だった。


 幸いと言っていいのか、私は一般の人に比べて、『インペリウム』の作用を受けにくかった。1年間背負ってきた『無気力症候群』が影響してのことだと医師は言う。まさか長い間、私を苦しめてきた病に助けられるとは思わなかった。


 インペリウムの影響を受けにくい私は、その特性を生かして、みんなを元気にすることを誓った。気分が落ち込んだ時の苦しみは誰よりも知っている。だからこそ、私の振る舞い次第でみんなが元気になれるのならば、頑張ろうと思えた。


 それが『気分上昇係』なるものを作る始まりだった。

 まさかそれが転じて『アイドル活動』になるとは思ってもいなかったが。


 ****


 アイドル活動をすることが決まったことで、私の日々は大きな変化を遂げた。

 学校が終わるとすぐに米澤さんとダンススタジオに訪れ、夜遅くまで振り付けを覚えた。目指すは来月に控えたライブに出られるように仕上げること。


 曲は3曲。全ての振り付けを覚え、他三人のメンバーと合わせる。

 正直言ってかなりきつい。体力に自信のある方ではないため、ちゃんと踊り切れるか不安だった。大量の汗を掻いて、死んだかのうように眠りにつく。そんな毎日が続いた。


 クラスのみんなに『アイドルになったこと』を告げると、揶揄われながらも応援してくれた。米澤さんは毎日ダンススタジオでトレーニングする私に触発され、代わりに気分上昇係になってクラスを盛り上げてくれた。


「まさか、ともちゃんがここまで熱心にやってくれるとは思わなかったよ」


 ライブ前々日、疲れ果ててダンススタジオで寝転んでいると、ふみちゃんが視界に現れる。手にはスポーツドリンクを持っていた。それを私へと差し出す。私は状態を起こして、受け取った。たくさん運動した後の冷たいドリンクは体に染みる。


 私と米澤さんの仲はこの一ヶ月で大きく変わった。学校では香代ちゃんを交えていつも一緒におり、呼び方も苗字から名前呼びに変わった。私はともちゃん、米澤さんはふみちゃんだ。


「やるからには本気ってね。それに、私が手を抜いたら三人の頑張りが無駄になるから」

「ありがとう。明日を気に新生『レリーバーズ』の誕生だ」

「レリーバーズ。いい名前だよね」

「でしょ。私たちにぴったりの名前じゃない?」


 レリーバーズ。日本語に訳すと、『人々を苦しみから解放する者たち』。

 インペリウムによるメンタルパンデミックを良い方向へと変え、人々に元気をもたらす。それはアイドルのあるべき姿なのだとか。

「うん。だからこそ明後日のライブは絶対に成功させようね」


 準備万端。明日は休みなので、後は本番に備えるのみとなった。

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