9-5 「葉桜」

 それからしばらくの時が過ぎ、季節は夏になった。

 あの日から、4人全員で集まることはしていない。あの日々をきっかけに、定期的に連絡を取り合うようにはなっていたが、その頻度も少しずつ落ちている。誰もがあの時から忙しくなっていた。

 そこに少しの寂しさもないと言えば嘘になるが、それが大人だということも分かっている。

 そんな中、智章は久しぶりに蒼汰と2人で会っていた。


「汰紀くんは、今2ヶ月だっけ?」


 ゲームの完成から1ヶ月後、蒼汰には”汰紀”という男の子が生まれて、会社員としても父親としても、今まで以上に忙しく過ごしていたらしい。

 蒼汰とは他の2人よりも頻繁に連絡を取っていたが、こうして実際に会うのは4人で集まって以来のことだった。


「そうだな。本当に、目を離した隙に大きくなっていくよ」


 蒼汰はそう言って笑いながら、道路に沿うように伸びる公園の桜並木の下を歩く。

 お互いが行きやすい場所を選んだ結果、飯田橋の駅で集まって、どうしてかそのまま大学まで向かって歩いていた。

 5人でお花見をした公園の桜並木は、すっかり緑の葉を繁らせている。


「てか、学食って土曜はやってたっけ」

「やってるんじゃない? 土曜日も講義があったくらいなんだから」


 わざわざ大学まで行く目的は、食事を学食でとるためだ。当然、飯田橋にはいくらでも飲食店があるが、どうせ集まるなら懐かしい場所がいい。


「確かに。土曜でも結構学生っぽいやつはいるしな」


 向かいから歩いてくる人たちは、半数以上が20歳程度の若者たちだ。間違いなく、大学の後輩たちだろう。

 友人同士話をしながら歩く彼らは、快活な表情を浮かべて笑い合っている。あの空気感は、もう自分たちでは出せそうにはないと思った。


「そういえばさ、梨英は結局会社辞めたんだってな」


 ふと、蒼汰が何気ないことのように言った。


「俺も聞いた。再就職先は見つかったのかな」

「ああ。ステージの設営とか、そういう会社だってさ」

「そうなんだ。そっちの方が梨英らしいね」


 以前の梨英も音楽に関わる会社で働いていたが、ひどい上司に使われるだけで疲弊してしまっていた。詳しくは分からないが、新しい会社の方が梨英のやりたいことに近いような気がした。

 蒼汰もそれに、「だよな」と笑って同意する。


「まあ、またちょっとブラックっぽい気がしないでもないけど、一回電話で話したら、すごい楽しそうだったよ」

「そっか。彩人も就職したみたいだし、みんな心機一転だね」

「だな。また集まれるのはまだ先になりそうだな」


 それから、蒼汰はふと足を止めて続けた。


「次の春は、4人で花見でもしてえなぁ」


 今は青々とした桜の木を見上げながら、しみじみとした声だった。

 桜の葉は、夏の強い日差しを受けてキラキラと光っている。


「楽しかったよね。本当に」

「今思うと、本当に夢みたいな時間だったよな」


 思い出すのは大学生の頃の記憶。まさに青春と呼べるような、忙しくも楽しかったあの日々。

 それから、次に浮かんだのは数ヶ月前のこと。不思議なゲームの世界を旅して、そして、4人で夢中になってゲームを作ったあの時間。たったの数ヶ月前なのに、もはや遠い昔のことのようだった。


「ゲーム、全然ダウンロード数増えないね」


 作成したゲームは、無料でダウンロードサイトに公開をした。SNSでそれなりのフォロワー数を持つ彩人の宣伝のおかげで少しは伸びた時期もあったが、最近ではすっかり数字に動きがなくなっている。


「やっぱそんな簡単な世界じゃないな」

「うん。でも、あの楽しかった時間がなくなるわけじゃないし」


 反響がないことに、悔しい気持ちがないわけではない。全力で作った自負があるからこそ、きちんと評価をしてもらいたい。

 だが、他人からの評価以上に大切にしたいものがあることも本当だった。


(やっぱり、創るのは楽しい)


「オレも少し分かった気がするよ。ゲームなんて、売られてるのをやった方が絶対楽しいって思ってたけど、こういう楽しさもあるんだな」


 大学の頃、蒼汰がゲーム作りに楽しさを見出すことができなかった。だからこそ、様々な感情のすれ違いが起きてしまったはずだった。

 その時のことが一瞬頭を過ぎって、それから嬉しい気持ちが込み上げてきた。


「蒼汰もこっちにくる?」


 理屈ではなく、”何かを創らずにはいられない人間”の側の世界へ。

 そんな智章の提案に、蒼汰は苦笑混じりに返した。


「いかねえよ。どっちの楽しさも分かったけど、やっぱりオレは、ゲームはやる方が肌にあってる」

「うん。俺もまた蒼汰とゲームできなくなるのは困るし」


 蒼汰はふと、笑みを消して真剣な表情で智章を見た。


「創れよ。詩月が言ってたからだけじゃなくて、やっぱりオレは智章にはなにかを創っててほしい」


 智章はそれを正面から受け止める。親友からの真っ直ぐな視線に、智章も真っ直ぐな想いで返した。


「創るよ。詩月とも約束したし、もし約束がなくても絶対に創るよ」


 智章がそう応えると、蒼汰は満足そうにまた前へ歩き始めた。智章もそれに倣ってまた足を進める。


(そろそろ、ちゃんと考えないと)


 歩きながら、ふと顔を上げる。

 創りたい気持ちはあっても、どんな作品を作るのか、具体的なものは何も決まっていない。今はまだ、次のことは考えられずにいた。


(けど、焦らなくても大丈夫だよね)


 目の前の現実を生きていれば、作りたいものにきっとまた出会える。

 今は、この青々とした葉をつけた桜のようなものだから。

 春の終わりに美しく散った桜も、また必ず蕾をつける。


 だから、季節が過ぎて次の春が来る頃にはきっと。

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モブリーマンのスタートオーバー~転生先は、学生時代に仲間と作って空中分解したゲームでした~@小説×ゲーム融合企画 天野琴羽 @pinntaronn

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