第7話 店にて

 二人はクラウディオの店の前まで来た。まだ慎重に店内の様子を伺おうとするアルバを尻目に、トレンタは店の扉を開き、さっさと中へ入ってしまった。


「いらっしゃい」


 慌ててトレンタの後を追い店に入ったアルバの耳に、嗄れた、それでいてにこやかな老爺の声が聞こえた。


「こんにちは~」


 トレンタが明るく、どこか間延びした声で挨拶を返した。その後ろでアルバも小さく老爺に会釈した。


 対岸のカフェから観察していたクラウディオの姿や行動は、それこそ人の良さが服を着て歩いているような印象をアルバに与えたが、間近で見た彼のそれも変わらず、好好爺の雰囲気を店中に振り撒いていた。


「なんだか見ない顔だね、君ら」


「最近越してきたんで、この辺のこと色々見て廻ってるんです」


 クラウディオの言葉にトレンタが反射的に、けれど自然にそう言葉を返した。


「あぁ、そうかい。君らの高校は結構遠くから生徒さんが来てるみたいだしなぁ」


 のんびりともたつくようなしゃべり方で、クラウディオはトレンタとアルバに笑顔を向けた。


 不意の質問に対する瞬発力はありそうだ。アルバがトレンタの受け答えを見ながらそんなことを考えていると、トレンタの方がくるりとこちらを向き、小声で言った。


「…制服着といて正解だった…」


 やるじゃん、言葉と一緒にそんな視線をトレンタから向けられ、アルバは気恥ずかしいような、なんとも言えない気持ちで相手から視線を逸らした。


「色々見ていっても良いですか?」


「おう、どうぞ。若い子の喜ぶようなもんなんてあんまし置いてないけどな」


 くしゃくしゃの顔でそう言ったクラウディオは、傍らのラジオから流れるジャズのナンバーに吸い寄せられるように、その小さな身体をのんびりと右へ傾けていた。


 アルバはトレンタに目配せすると、適当に店の中を物色しながら、奥の文房具コーナーで品出し作業をしている例の男のもとへ向かった。


 怪しまれないよう、アルバはトレンタに、ふた手に別れて男に近づこうと視線で指示した。トレンタはそれを了解したのか、店のなかを適当に見回しながらアルバから離れていった。


 アルバの方もトレンタとは反対の方面から店内をぐるりと、男のいる場所まで回り込んだ。二人は対象から出来るだけ目を離さないようにしつつ、あまり距離を詰めすぎないよう、棚の陰に隠れながら、じっと相手を観察した。


 気づけば、言葉を交わさずともお互いがお互いの望む動きをとるようになっていた。

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アルバ~白亜の夜明け ESCAPE×ESCORT〈エスケープ・エスコート〉外伝  吉野まひと @yoshinomahito

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