第6話 猫リセット。

 アタシの悪戯から解放されたアメン君(みんなそう呼んでるみたいだし、本名を頑なに吐かないのでアタシもそう呼ぶ事にした)は、意中のアタシを放って潮騒の奏でるジャズに心を落ち着かせて読書に耽っていた。


(好きな女の子が居ても特に普段と変わらなそうだな…)


 彼が熱狂的読書家というのは周知というか、多分本を持っていない瞬間を見た事がないのでちょっと観察すればすぐ把握出来る。


(それでも、男子高生の青春の1ページ真っ只中な場面でも本を手放さないなんて。本当に本を読むのが好きなんだな)


 お歴々の元カレ達の中にも、小学生からやっている習い事だとか柄にもなさそうなカワイイ小物の蒐集に励んでいるのはいた。が、好きぴのアタシと付き合い始めると目に見えて熱意というか執着というか…そんな感じの情熱的なモノは個人差はあれど、アタシへと傾いているのは明確だった。

  完全に揺れない情熱なんてないというのがアタシの出した結論であったが、どうやら急ぎすぎていたみたい。


「分からんもんだね〜、猫くん」

「にゃ〜〜〜ん」

「君は野生を失い過ぎているにゃあ、猫くん」

「にゃう〜〜〜ん」


アタシの両手にお腹を蹂躙される野良の三毛猫くんはあまりに饒舌で、話相手に何故か欠けるアタシの孤独を癒してくれる。まあ、不思議と孤独はそこまで感じてもいなかったんだけど。

 ふと、目に入った腕時計の短針が6を差そうとしている。うっかり猫くんと戯れ過ぎてしまった、それにお腹も減った。


「アメン君ー」


 アタシに呼ばれたからか、集中していたからかは分かんないけど、アメン君は背もたれのないベンチから転げ落ちた。そのままひょっこり軍帽だけをベンチから覗かせて彼は答えた。


「な、何かな」

「アメン君の家寄ってイイ?」

「…いいけど…今から…?」

「そ、今から」

「…う〜〜〜〜む」


深く悩む後輩君に駆け寄る。


「部屋の壁にびっしりアタシの写真でも貼ってるの?」

「っちかああああ!? …いや、貴女の写メは1枚も持ち合わせていない」

「写メってw。おじーちゃんか」


学帽を奪って、被る。


「ご飯作っても良い?」

「え、あぁ。どうぞ」

「何でそんな他人事みたいなリアクション? 君の夜ご飯でもあるわけだよ」

「な、へ…ベアトリーチェの手料理?」


 その奇怪な名前の人物が手料理を作る場面を想像すると何だかウケる。多分フレンチかイタリアンの凝った皿を作っている事だろう。


「そそ、アタシの手料理」

「その…」

「んん?」

「上等なワインを用意していないのだが、大丈夫かな?」

「ワインって…ンフフ、ハハ! 要らん要らん」

「そうか、なら大丈夫だ」


 その後、帽子を返して欲しそうなアメン君とだるまさんが転んだをしながら彼の家へ向かった。


 

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