第3話 変わった後輩。

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 放課後。今日はバイトもないし、S川駅にでも行ってルノアールのレトロプリンでも食べようかな…とツイッターのコスメのトピックを眺めながら考えている内に、バスが来た。

 通学定期を翳して最後尾から一個手前の席に相席させて貰う。学生帽子を目深に被った隣の男子は、頬杖を突いて何か窓の外に呟いていた。


「M崎め…先輩がバス通学しているなどと壮言大語な欺瞞を…」


 欺瞞の部分が二重になっている気がして、かなりむず痒い。変わった子だなーと目端で顔を覗いてみると、一個下の有名な後輩君だった。


(あれ? この子って確かアタシの事好きなんだっけ)


 別に本人の口から聞いたわけではないんだけど、校内で随分と囁かれてるしアタシが近くを通ると彼は真っ赤な顔をいつも背ける。99:1=好き:苦手の図式は、既にアタシの脳裏の奥で完成されていた。が、証明されたわけではない。


(確かめてみるか…)


 バスが発車し、坂を降りながらアタシ達乗客は揺られた。アタシは暫くオホーラの深く蒼いネイルチップを眺めながら新作の香水なんかをチェックして、2つ3つ停留所を過ぎたところでスマホをしまう。

 スクールバックを抱えて、いかにもウトウトしてまーすって体勢を匂わせていき、そろそろ通過する交差点に備える。まだ後輩君はアタシの存在を気にしていない。

 停留所にバスが停まり、ポツポツと人が降りていく。


「発車します、おつかやりっさい」


 妙な訛りを感じさせる運転手の声が響き、バスのエアサスペンションが車高を上げる。発車と同時に信号を右折し、乗客みんなの重心が右へと傾く。必然、アタシの体重は隣の後輩君に預けられて。


(さあ、どーする?)


 肝心要、恋焦がれた女に寄り掛かられる後輩君を窺う。が…無反応。


(寝てる…? 違うな)


 ひっそりと瞼を上げて見たが、彼は未だ頬杖を突いたまま車窓の外に想いを馳せていた。


(結構自分の世界に入り込むタイプなのかも…それなら)


 次の一手。


「…んん…」


 アタシは寝返りを打つ要領で後輩君に胸元を密着させ、左手を彼の太ももの上に佇ませた。


「ん?」


(ようやく気付いたか…)


 慌てふためくか? 顔を真っ赤にするか? 心臓がバクバクと鳴り始めるのか? 色々な可愛い気のある後輩君の姿を想像していたのに、解は実に意外なものだった。


「美しい手、美しい爪…あぁ、ベアトリーチェの手もこんな風に美しい。これがベアトリーチェの手であればどれ程幸福だった事か」

(ベアトリーチェ…? 外人??)


 彼は聖書にでも出てきそうな高貴そうな外人の名前を呟きながら、アタシの手を取って眺め、そして元あった場所へと優しく戻した。


(え、それだけ?????)


 病院の最寄りの停留所で8割以上の乗客が降りてなお、アタシと後輩君はバスに揺られた。

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