第14話 水の国水聖教 教皇の思惑

バカどもの話はうんざりする…。

そんな悪態をつきながら教皇は執務室の隣にある自室に戻った。

思い足もソファーに投げ出せばいくらかマシになる。


歴代の煌びやかな教皇の部屋の調度品を全て排除したシンプルな居室。

彼はこの寂しげな、温度の無い広い居室で何も考えずに過ごす事を、いつからか好むようになっていた。


「余計な事を…」


再び悪態をついたのは、神官長の様子を思い出しての事だ。

どうも聖女と名乗る少女が現れてから、やつの様子がおかしい。

まさか今頃になって怖気づいてしまったのだろうかと、教皇は静かに憤りを表に出した。


「どうせここまで来たのだ。今更引けぬ」


しわの増えた、それでも女性のように優美なかんばせがきつく歪む。


教皇は全てを憎んでいた。

そして腹の底から魔王の復活を望んでいたのだ。




*****




今回の魔王復活の神託の発端は水の国の成り立ちの領土問題で、事の起こりは土の国に第一王子のアルスが生まれる数年前に遡る。


発端となる水の国の成り立ちだが、これは1300年前の聖女の出自が遊牧の民であった事が問題をややこしくさせた。


もともとの水の国は、風の国の北方に続く氷の山とその山麓の住まう遊牧民や少数民族の住まう国とは言えない体裁だけの小さな国であった。

少数の民は氷の山を人の入れぬ神の山として、いわゆる山岳信仰に近い信仰心を持っていた。


そして問題を複雑化させたの聖女の存在。

そもそも勇者の旅に聖女はおらず、神の山の麓に暮らす一人の遊牧民の少女が勇者一行を案内した事を発端とする。


氷の山の麓から共に風の国へ渡り、そのまま勇者の帰郷と同じく戻ってきた少女が後に聖女と呼ばれたのだ。

その後の勇者一行は故郷の土の国に戻ったとか、勇者の生誕の地の火の国に戻ったと言われ、勇者や聖女の行き先は、よくわからなくなってしまった。


ならば、聖女の故郷は自国であると、水の国の領土を取り込みたい土の国が主張を始めた。これには当然火の国も風の国も反対したが、当の水の国はそもそも遊牧民や少数民族が暮らす領地の少ない国で、国としての体裁をなしていなかったが為に、話にならなかった。

その為火の国と風の国が先だって、水の国を宗教国家として一国の地位を認め、土の国へく釘を刺したのだ。


一度はそれで落ち着いた領土問題だが、そもそも人も資源も乏しい水の国。

もともと力のあった土の国が、隣国の水の国に介入するのは時間の問題であった。

そして、他の2国が介入を止めるのも立地上の問題で難しくもあった。


こうして出来上がったのが、土の国の支援を得た宗教国家の水の国である。


元々水の国の地は、氷山の山岳信仰があった土地だった事も有り、他国も水の国の人の信仰心を疑いはしなかった。だが教団が作られ組織化が強固になるにつれ、次第に人も金も必要となり、土の国の支援と言う名の癒着が進んだ。


そうなると水の国は宗教を盾に、土の国の利便を図るような存在になってしまった。

これが現在の水の国の内情である。


こうして土の国の便宜に信仰心という皮を被せ、水の国の教皇は、土の国の政治的な便宜も図り始める。




*****




そして時は流れ、とうとう現在の土の国の第一王子…この子が後のアルス王子であるが、その子が正妃に宿ると、当時の第二妃が王妃の子に手を出すのを画策し始めた。


「あの女の子供が憎い」


一人の女の嫉妬の狂気が魔王復活の神託の引き金になったのだ。


現教皇は第二妃の潤沢な資産を糧と引き換えに、王妃に毒を飲ませ続けた。

もちろんこれは王妃の信仰心を逆手にとった偽りの良薬で中身は毒であった。


教皇の飲ませた毒は王妃には流れず腹の子に流れ続けた。だから誰も疑わなかった。その結果、第一王子アルスは半身を毒に蝕まれ産まれ落ちた。

しかも母の腹に4年も居たのである…。


「呪い子だ」


出産の異常さと蝕まれた身体で生まれた第一王子は、初めから人に呪われた存在としてこの世に送り出された。

しかし人並み以上に生命力が有ったのか、本当に呪い子なのか彼は生き延びた。


生き延びた実の息子を土の国王は忌み嫌った。だが彼は正妃の正当な第一王子。

土の王は教皇に便宜を図る代わりに、王子の継承を取り消す方法を画策するように指示する。ならばと、今回の神託を世に広める事を提案した。


そもそも神託の内容なぞ、どの国のものにも真偽は分からない。

それに土の国の便宜を図る神託も、今まで通り当たり前に広めている。

今回のようなあり得ない話にしたのは、その方がより奇跡的で金も人も集めやすいからだ。


王子には適当に旅をさせてその間に弑せばいい。

実に単純な話であった。


しかしこの単純な話、どこぞのバカの口が軽かったのか、口車に乗ったのか火の国の皇帝の耳に入ってしまった。

現皇帝は第一皇女リスティアーゼの思惑通り、彼女の存在を疎ましく感じている。

だからこの荒唐無稽な話に乗る事にしたのだ。


こうして図らずも出来上がった三国の秘密の協定。

荒唐無稽な話に乗ったはいいが、小心物の火の国の皇帝が教皇に詰め寄る。

もっとより確実な方法は無いのかと。


ならばと教皇が紡いだのが魔王復活の物語だ。

魔王討伐の旅の途中で、第一王子のアルスが何かのきっかけで魔王として覚醒したとしたら?

王子アルスは、土の国の副神官ウガヤが感じた通りの異常な存在である。

もし魔王があのような資質を持っていて、あのような存在だったとしたら…。


きっと共に旅をしていた火の国の第一皇女リスティアーゼは戦い、共に倒れるような事になるかも知れない。もちろん、風の国の討伐隊(今回は王子ノトスになるのだが)も、その戦いに巻き込まれるだろう…と。


教皇は三国の密談の場で、淡々と荒唐無稽な魔王復活の物語を語った。


それは奇しくも今回の魔王復活の神託はクロエやノトスの推測通りで、火の国の第一皇女リスティアーゼの思惑通りであった。

つまりたった一人の女の浅ましい思いが引き金となり、国を挙げての後継者殺害の壮大な理由作りで偽りの神託となったのである。


とは言え、三国の密談にイレギュラーな存在が現れた。

そう。聖女クロエである。


「聖女なぞ、バカげた冗談だ。忌々しい」


だが教皇も神官長と同じ事を考えていた。

もし本当に魔王復活の兆しが風の国に出ているとしたら。

それは教皇にしても望ましい結果である。


それに教皇には切り札があった。

それは三国の協定の中でも一番立場が弱いと見られていた、土の国の王と火の国の皇帝をも出し抜く切り札である。

もちろんそれは、土の国の王妃に飲ませた「毒」である。そしてこの毒の正体を知っているのは、教皇だけであった。


(毒の正体なぞ、私以外は誰も知りえぬのだ)


この毒さえあれば、前教皇のように精神を狂わせ傀儡として操れる…。


教皇はこの世の全てを憎んでいた。

だから腹の底から魔王の復活を待ち望んでいるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者はいませんが、魔王討伐に向かいます さんがつ @sangathucubicle

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

宇宙猫の報告書

★0 SF 連載中 14話