第5話 殺人事件発生
食事をしている時、桑原はどこか落ち着きがないようだった。食事は、山の幸、海の幸をふんだんに使ったもので、宿代を考えると、かなり豪華なものだった。想像以上の料理に、興奮しているようで、さくらは、そんな桑原を見ていると、微笑ましいという思いから、見ているだけで、嬉しくなっていた。
「これ、おいしい」
と、いちいち感動する彼に、普段であれば、冷めた気持ちになるのだろうが、その日は、微笑ましさから、笑顔がこぼれるのが自分でもわかった。
だが、これは、さくら自身に気持ち的に余裕があるからだというわけではない。どちらかというと、
「開き直りに成功した」
という心境の方が大きいのではないかと思い、そう感じることが、さくらには嬉しいことだったのだ。
「今日という日は、気持ちに余裕があるよりも、開き直れた方が気分がいい」
と感じていた。
ここまでいうと、読者諸君は、
「この日、さくらは、桑原に抱かれることを覚悟しようとしているからじゃないのかな?」
と思うかも知れないと感じた。
しかし、実際にはそうではなかった。どちらかというと、桑原相手というよりも、他のことで緊張していて、それを紛らわそうとしながら、最終的に開き直れるようになることを望んでいるということの方が意識として強いと思うのだった。
だから、桑原には、興奮していてくれていた方がいいような気がした。今夜、もし桑原に抱かれることになったとしても、それが成り行きであるならば、それはそれでいいと思っている。
もちろん、桑原が嫌いなわけではない。抱かれることに抵抗がないと言えばウソになるが、抱かれることを嬉しいとも、嫌だという気持ちもあるわけではない。
そういう意味でも、言い方は悪いが、
「成り行きに任せる」
という方がいいような気がした。
なぜなら、
「時間を感じずに済む」
ということが一番だと思っているからだった。
「ねえ、桑原さんは、今回の旅行で、何がしたいの?」
と一度聞いたことがあった。
露骨な質問だが、もし、この質問で、桑原が自分を嫌いになるのであれば、それはそれでいいと思っていたくらいである。しかし、桑原はそのことに最後まで答えなかった。答えが見つからないというよりも、
「これを答えてしまうと、二人の関係がここで終わってしまう」
とでも、思っているのではないかと、さくらは感じたのではないだろうか。
そのことをさくらが感じているというのを、桑原も分かっているような気がする。だから、桑原は最後まで答えなかったし。さくらも、必要以上に聞くこともなかったのだ。
知らない人がこの二人を見ていると、
「一体、この二人はどういう関係なんだ? お互いに何を考えているのか分からない。自分から問題提起しておきながら、最後までその答えを聞こうとは思わない。しかも、質問された方も、最後まで答える気はないということを、あからさまに示しながら、本当に答えない。そこに一体何があるというのか?」
と考えていることだろう。
実際に、さくらを知っている人であれば、つまりは、かずさであったとすれば、彼女なりの答えが出てくるのだろうが、それがあっているのかどうか、きっと考えているかずさにも分からないだろう。
「想像はできるけど、妄想はできない」
とかずさは考える。
つまり、さくらは、かずさにも分かるように、妄想を企てていることなのだろう。
かずさとさくらの二人は、
「お互いに、すべて分かりあっている」
とは決して感じていないということであろう。
二人は、食事を済ませた後、
「順番が逆になっちゃったけど、これでやっと温泉が楽しめるね。僕は露天風呂に出かけるけど、君はどうするかい?」
と、さくらは言われて、
「はい、私も行きたいです」
と、答えた。
この時感じたのは、
「桑原さんは、温泉宿にくると、やっぱり最初は、温泉に浸かるものだと思っていたんだわ」
ということだった。
さくらとしては、どちらでもいいと思っていたが、前に一緒に行ったかずさは、
「私は、先に食事かな? 食事をしてゆっくり温泉に浸かる方がいいと思うのよ」
と、言っていた。
この言葉を聞いた時、何となく違和感があったのだが、その違和感の正体というのが、
「この性格が、兄と同じだ」
ということだった。
兄の博人は、小学生の頃から、よくさくらの療養している施設に泊まりにきていた。
そこには温泉もあり、兄としては、妹の療養というよりも、自分にとっては、ただの温泉旅行のつもりだったのかも知れないと思えた。
もちろん、そんなことを思われて嬉しいわけもない。
「そんな思いするなら、一緒に来なければいいのに」
と、兄が気楽に考えていることを、
「人の気も知らないで」
と心の底で思っていたのだ。
小学生だとはいえ、兄をそんな風に思わなければいけないということに、自分の中で憔悴感があった。なぜ、こんな気持ちになるのか最初の頃は分からなかったが、
「私って、ひょっとすると、お兄ちゃんのことが好きなのかしら?」
と考えていた。
小学生の頃だったので、思春期前の気持ちとして、それは、慕っているという感情であると思っていた。
その証拠に、思春期以降、兄のことを、
「男性として好きだ」
という感覚になっていないのも事実だった。
それを、今となっては後悔している。
「お兄ちゃんと、本心から会話ができるまで仲良くなれなかったのは、本当につらいわ。まさかお兄ちゃんと心を割って話ができなくなるなんて、思ってもみなかった」
と感じたからだ。
「二度と話ができなくなる」
その思いは突然にやってきた。
「お兄ちゃんが、救急車で運ばれたって」
と聞いて、急いで出かけていったが、すでに、兄は、帰らぬ人になってしまっていた。
「お兄ちゃん、どうして……」
と言って、兄の死に顔に向かって泣き崩れたが、冷たくなってしまっている顔に乗せられた、白い布切れを見た時、
「この下に、冷たくなったお兄ちゃんがいるんだ」
と思い、なぜか、その冷たさを自分でも感じたいと、さくらは思った。
「もう、私の前で笑ってくれないんだ」
と思うと、自分が、何について悲しんでいるのかが分からなかった。
「お兄ちゃんが、二度と私に笑ってくれないこと?」
それとも、
「お兄ちゃんの私への気持ちが聞き出せないこと?」
それとも、
「私がお兄ちゃんに、本当の気持ちを打ち明けられなかったこと?」
と、頭の中が混乱した。
実際に、兄を好きだったという気持ちの最高潮の状態は、兄の死んでいる姿を見たその時だけで、実際に、それ以外の時では、自分が兄を好きだったという感情がまるでウソだったかのように感じられるから不思議だった。
「お兄ちゃんは帰ってこないんだ」
というこの思いが一番強かったその時、さくらは、正直に気持ちになったのかも知れない。
温泉の前に、男湯、女湯と書かれた暖簾が掛かっているが、
「あれ?」
と、ふと何かに気づいたように、さくらが思わず声を上げた。
それを効いた桑原は、
「ん? どうかしたのかい?」
というので、さくらは何かに気づいてはいたが、
「い、いえ」
とすぐに、驚いたことを否定してしまった。
すぐに、桑原も忘れてしまったようだが、この発見が、実はこの事件で、一つのきっかけを作ったのだが、そのことを誰も分からなかったのだろう。
温泉の湯はさすがにいいもので、疲れは取れるし、睡眠にもよく聞くという。最近、少し夜あまり眠れない状態になっていたさくらには、この温泉の効用はありがかったのだった。
さくらが最近、夜あまり眠れないことは桑原にも分かっていて、
「眠れないのはつらいよね」
と言われ、
「ええ、私は、時々、昼と夜が逆になることがあるの。そんな時は一日、学校を休んで、少し体調を整える必要があるの。そうしないと、いつまでも、昼夜逆転兆体が続いて、ストレスがたまりまくって、どうしようもない状態になってしまうのね」
と、言った。
「それはきついですね。でも、今度いく温泉は、そんな不眠症であったり、生活環境が不純な人にもいいらしいから、そういう意味では安心していても、いいかも知れないですね」
と、言ってくれた。
露天風呂に入ると、今日は女湯の方には誰もいなかった。しかし、男湯の方には、二、三人の先客がいたようで、二人は、桑原が入った時、世間話のようなことをしていた。
二人とも、桑原よりも年齢が上で、中年とまではいかないが、頭にタオルを乗せて、両腕を岩でできている露天風呂の意思の部分にのっけて、まるで、殿様のような入り方をしていた。
それを見て、桑原は、
「この二人は、露天風呂に入り慣れている人たちなんだろうか?」
と感じた。
桑原が脱衣所からのガラス戸を開けて、露天風呂に入っていくと、会釈をしてくれた。その礼儀正しさに感銘を受ける形で、桑原も頭を下げたのだった。
「いやあ、最近はお若い方も、時々来られるようですな」
と話しかけられた桑原は、
「そうなんですか? 今日が何分初めてなもので、勝手がわかりませんで、ご迷惑をかけるかも知れませんが」
というと、
「いえいえ、それはこちらこそというものです。昨日も、お若い方がおられて、どうやら、新婚さんだということでしたよ」
というではないか。
その二人のことは聞いていたので、びっくりすることもなく、
「はあ、どうやらそうらしいですね」
と答えると、
「にいさんも、新婚さんだったり?」
と聞かれ、
「いえいえ、私はまだそんな年齢に至っていませんよ。まだ若干二十歳の大学生です」
というと、
「そうなんですね。大学生とはなかなか、何を専攻されておられるのかな?」
と聞かれたので、
「私は文学部に所属していて、国文学を専攻しています」
というと、一人の人が、
「ほう、それはなかなかですな。私よりも、そちらさんとお話が合うかも知れませんな」
と言って、もう一人を目で指さすような状態になった。
「私は、作家をしている関係で、文章という意味では合うかも知れませんが、私も別に専門的な研究をしたことはないので、細かいところまでは分かりません。どちらかというと、話を合わせるくらいでしょうか?」
というと、
「いえいえ、ご謙遜を。私のような無学な人間から見れば、お二人ともすごいですよ」
と、いうと、
「何をおっしゃる、あなただって、絵をお書きになる。芸術家として尊敬に値するじゃありませんか」
と二人で尊敬しあっているようだった。
なるほど、確かにこの温泉は、芸術家の人たちが泊まりに来ているようだった。そして、芸術家というものは、自分と違うジャンルであれば、素直に尊敬しあうものだということを、桑原は、あらためて知ったのだった。
同じジャンルの人間同士であれば、そのあたりは難しいところのように思える、
なぜならば、ジャンルが同じであれば、相手がどのような作品を書くかによって、相手に嫉妬心を抱くかも知れないという思いがあった。
芸術家というものは、自分の作品に対して、ある程度の自信を持っていないと務まるものではない。そして、まわりへの嫉妬心も、ある意味で闘争心となり、自分の自信を裏付けるものとなる可能性だってあるのだ。
それを思うと、芸術家が、自信過剰に見えるのも、嫉妬を抱いて、醜く見えるのも、しょうがないことであり、むしろ、まわりから見ている方が、しっかりとその状況を見ないと見誤ってしまうかも知れないということを感じるのだ。
そのことをいかに考えるか、やはり、
「芸術家の気持ちは芸術家でないと分からない」
と言えるのではないだろうか。
ただ、それが社会人であれば、
「自分も立派な大人だ」
という自信もあるだろうし、仕事をしていく意味で、社会の荒波に揉まれているという気持ちもあることから、ある意味、芸術家と同じような気持ちになるかも知れない。
芸術家との一番の違いは、
「芸術家というのは、ある意味、一匹狼であり、自分に自信過剰なくらい自信を持っていないとやっていけないが、一般の会社に勤めているような人は、一匹狼というわけにはいかない。会社の仲間と一緒に仕事をしているわけなので、調和が大切だ」
ということをわきまえておかないといけないということだった。
そのせいで、芸術家と一般社会人との間には、
「交わることのない平行線」
であったり、
「結界」
のようなものが、そこには横たわっているかも知れないと思うと、なかなか、距離を縮めるのは難しく、そこに誤解が生まれるのは致し方のないことだといえるであろう。
ただ、学生である桑原には、そこまでのことは分からない。しかも、自分には芸術的なセンスがあるわけではなく、いずれは、普通に就活して、一般の会社に勤めるか、このまま国文学を研究し、大学に残って、さらに研究を続けるという方法のどちらかだろうと思っていた。
もっとも、中学生くらいの頃から、
「学校の先生になりたい」
という思いも強く持っていて、できれば、高校の先生になりたいと思った時期があったが、大学に入ってから、さらに勉強し、大学院に進んで、大学に残るという方法もあると思っていた。
そうなると、目指すは大学教授であり、その道も、十分に可能性のあることだと思っていた。
そういう意味でも、芸術家の先生と呼ばれる人たちと仲良くなれるのは、いいことだと思っていた。特にこの温泉には、そういう客も多いということだったので、今回は、さくらと一緒に来ていたが、
「これからも、一人で来ることもあるような気がするな」
という目で、この温泉を見ている自分もいたのだ。
温泉の宿泊客と、この露天風呂で一緒になれたのも、願ったり叶ったりだと思っていて、温泉に浸かりながら二人の会話をずっと聞いていたいとも思った。だが、思ったよりも、二人は会話が少なかったので、
「お二人は、以前からお知り合いなんですか?」
と聞くと、
「ええ、示し合わせているわけではないんですが、よくここでお会いしますよ。やはりここでは、芸術家としての血が騒ぐというか、創作意欲が湧くんでしょうね。何しろ、自分たちは創造を楽しんでいるという自覚がありますからね。他の場所ではプレッシャーになることでも、ここにくれば、下界を忘れられ、俗世とは違う感覚を味わうことができる。それが嬉しいんです」
と画家の人はそういうのだった。
「そうですね。絵画に関しては私には分かりかねますが、小説の世界では、確かにそういうところがございます。どこで執筆するかということは結構難しいところがあって、想像していることが、妄想になっていい場合と、妄想になっては困る場合とがあるからです。妄想というのは、時として、暴走になりかねませんからね」
と、作家の先生はそう言った。
「いやいや、まさにその通りで、画家というのも似た感覚があります。皆さんは、絵というものを、見たそのまま描いていると思われておられるかも知れませんが、絵というものは、時と場合によっては、大胆に省略して描くこともございます、ちなみに、皆さんは、将棋の一番隙のない手が何かご存じかな?」
と画家の先生に言われて、作家の先生と、桑原は顔を合わせてみたが、
「いえ、分かりませんね」
と、桑原が代表していうと、画家の先生はニコリとしたり顔で、
「それは、最初に並べた形なんですよ。一手打つごとにそこに隙ができる。絵というのもそういうもので、大胆な省略が、一番隙のないものを生み出すこともあるわけです。これは、保守という意味ではなく、一番分かりにくい、改革という意味だと思っていただければいいかと思います」
というではないか。
「なるほど、その通りかも知れませんね。小説というのも、フィクションと言っても、限りがある。まったくのフィクションであれば、読者に伝わらないかとお思いでしょう。だから、書いていて自分の経験を思い出そうとするのです。経験というのは実体験だけではなく、本で読んだ内容や、学校で習ったことなども、その考えに近いものがあったりします」
と、作家の先生は言った。
「そうですね。画家の作風にも実は、いくつかのパターンが存在します。タッチの問題であったり、影の描き方であったりですね。絵画の最初の問題というのは、バランス感覚と遠近感ではないかと私は思っています。画家を目指す時、本を読むと描いてあったりしますが、私は画家を目指した最初から、そんなハウツー本と呼ばれるようなものを読んだわけではありません。ある程度自分が絵を描いていて、自分にそれなりの自信ができてきたと感じた時、初めて、そのような本を読みました」
と画家の先生がいうと、
「それは私も同じですね。作家になろうと思って、その道のりで一番最初の難関が、最後まで書き切ることができないというものでした、いろいろ試してみました。書く場所を変えてみたり、用紙をいろいろ変えてみたりですね。そこで、考えたのが、集中できないという問題と、書いていて、最後に辻褄を合わせるのが一番難しいということですね。だから、最後まで書き切れない」
と、一呼吸置いた。
「それでどうされたんですか?」
と、画家の先生が聞くと、
「書く場所や、用紙に関しては、試行錯誤で何とかなりましたが、最後まで書き切れないということとしての、集中できないということと、辻褄合わせに関しては、自分に自信がないからだという結論に達したんです。それを克服するための意識として、考えたのは、とにかく、何があっても。最後まで書き切るという信念だと思ったんです。まず考えたのは、集中さえできれば、書くことができるのだという自信ですね。そのために、まずは人間観察を始めました。それが書くことへの慣れとなるだろうし、集中力を高められると思ったんです。そして集中力を高めることができると、それが自分への自信につながっていったんです。つまり、集中力が生まれるということは、筆が進むということであり、集中している時間は、感覚がマヒするほど早いんです。実際の時間に比べて、かなり時間だけが早く感じるので、その時間で書いていると思うと、こんなにもたくさんの量が書けるのかという自信につながるんですね」
と作家の先生は言った。
「なるほど、集中して書いていると、五分くらいしか経っていないような気がするが、実際には一時間という時間が経っている。つまり、五分で一ページ書くとすれば、実際には十二ページ書けているというわけですね? そうなると、理屈では分かりそうなことでも、感覚がいい方に理解してしまうと、人間の特性から言って、それを理屈で解釈する前に、自分への自信として取り込もうと考える。それをいい方に結びつけることができれば、それが一番いいという考え方ですね」
と、画家の先生が、桑原の思っていることをそのまま言ってくれたような気がして、
「うんうん」
と桑原は頷いていた。
温泉から出てきた三人は、すっかり気心が知れていた。
「また、いずれ、お話いたしましょう」
と言って別れ、桑原は部屋に戻ってきた。
すでに、さくらは戻ってきていて、
「長いお湯だったですね?」
と言われたが、
「いやぁ、ここで活動されている芸術家の方たちと仲良くなってね。話が弾んだんだよ。彼らはいろいろな感性を持っていて、話をしていて楽しいものだ」
というのだった。
桑原は、
「それにしても」
と思った。
自分も、今日は確かに芸術家の人たちと話をする機会があったとはいえ、結構な長風呂ではあったが、それに比べて、女の子としては、思ったよりも、風呂が短かったことが、桑原には気になるところだった。
女性であれば、もう少し長い風呂であっても無理はないと思っているが、まるで、風呂に本当に浸かったのかどうか疑わしいくらいの短さに、少し不審がる桑原であった。
だが、露天風呂に入ったのは事実だったので、それでも自分よりも早かったということは、
「風呂に入っている間に、早く出なければならない何かがあったのではないか?」
と、考えたのであった。
実際に、女性としては、短い時間であった。これほどの時間であれば、髪を洗う時間もないくらいだったのではないかと思えるほどだった。
桑原は、何があったのか気になるところではあったが、その晩のことを思うと、気が高鳴っていた。
やはり、好きな相手を初めて抱けるかも知れないと思うと、気持ちも昂るというものである。
だが、そんな桑原の気持ちも、そして、さらに緊張していたであろうさくらの気持ちも、どちらもぶち破るような事件が起こったのは、夜の九時を過ぎた頃だっただろうか。
「きゃー」
という悲鳴が、どこからともなく聞こえてきた。
宿泊客のほとんどがその悲鳴を聞き、宿のスタッフも一緒になって、その声のする方に詰め寄ってきたのである。
その声のする方は、客室の一つで、温泉宿にふさわしくないような洋室もこの宿には数部屋作られていたが、その部屋の一つから聞こえていたのだ。
扉は開いていて、入ってすぐの通路は狭くなっていて、その奥に寝室がある間取りになっているが、その寝室の扉を開けたあたりに、一人の女性が、腰を抜かす形で、座り込んでいたのだ。
寝室の扉も開いていて、そちらは不思議はなかったのだが、この客室の入り口自体が開いていたのは、パッと見、不思議な感じがしたのだ。
「どうしたんだ? 一体」
と、皆が、躊躇して入り口前で立ち止まっていると、宿の番頭さんと思しき人が走ってきて、後ろから中を覗き込んだ。
そこに座り込んでいる女性がスタッフであるのが分かると、
「おい、どうしたんだい? 山本さん」
と、叫んだ。
そこで、山本と呼ばれた女性が震えながら、こちらを振り返り、我に返ったのかどうか分からないくらいの状況でこちらを見ているが、その表情は、
「助けて」
と言いたいのだろうが、震えが止まらないのか、声に出せない状態のようだった。
番頭さんは、そそくさと中に入って、自分も寝室の様子を見たが、彼も一瞬、動きが止まってしまった。
もし、最初から震えていたのだとすれば、震えが完全に止まったような雰囲気なのだろうが、それは我に返ったわけではなく、余計にパニックになりかかっている自分の気持ちを正常に保とうとして、気持ちを何とか平静を保たたせようとしていることだろう。
しかも、今まで毅然としていた態度だった番頭も腰を抜かすまではなかったが。目で助けを求めている様子は、よほど尋常ではないことが、その場で起こってるということを表していた。
「警察。警察を呼んでくれ。女性が、女の人が、殺されているんだ」
と言って、必死で声を振り絞っているかのようだった。
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