本音と終焉と再起
『ある日突然生まれてきて、息をするだけで憎まれて、殴られて、侮辱されて……ボクは、ボクはこの世界に生まれたくなかった!生まれたくなかった!』
目の前にいる僕と同じくらいの年のミートロンリネスが、これまでの言動とは全く違う本音を漏らす。
「ロンリネスさん……」
僕は知っていた。
ロンリネスさんが幼少期の頃に親から虐待を受けていたことを。
寝ているとき、たまにそのことを思い出して泣いていたことを。
そして、その事実を僕の前では隠そうとしていたことを。
先ほど床に広がった肉片から、花を模したような突起がいくつも生え、まるで花畑のようになっていく。
『父さんも、母さんも、みんなボクがフレンディス兄さんの代わりに死んだほうがいいって言ってくる……ボクはただ、生まれてきただけなのに』
ロンリネスさんと面会する前、僕はソーセキンさんから色んな事を教えてもらった。
ロンリネスさんには双子の兄フレンディスがいたこと。
双子として生まれてきたことで魔力を貯め込めない体質で生まれてきたこと。
そして、フレンディスが死んだときには『お前が死ねばよかった』と両親から責められていたこと。
そして、ロンリネスさんには騎士団員の地位よりも求めている『何か』があり、それはソーセキンにはわからなかったこと。
でも、今ならわかる気がする。
ロンリネスさんが本当に求めていたこと。
「ロンリネスさん……いや、父さん。僕を、この世界に産み落としてくれてありがとう」
僕は、赤子だった自分をここまでの図体になるまで育ててくれたロンリネス父さんに、感謝の意を告げた。
瞬間、今までずっと閉じていた装置に組み込まれている父さんの目が、開いた。
そして、その両目からは水滴が溢れて始めていた。
「そうか……俺が欲しかったのは騎士団員の地位や名誉じゃなかったんだ……俺が欲しかったのは自分自身に対する、肯定だったんだ……」
そう呟いた次の瞬間、父さんは何かに気付いたような表情を一瞬した後、さっきよりも勢いよく両目からしずくをこぼし、僕にこう言った。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!勝手に産んで、勝手に憎んで、勝手に見捨ててごめんなさい……ごめんなさい!」
「……大丈夫だよ、父さん。僕はもう、憎まれた件も捨てられた件も、そこまで気にしていないから。それに、この世に生まれてきたことも、憎んでいないから」
僕は装置の前にまで行き、父さんに語りかける。
ミートロンリネスは、気付けばいなくなっていた。
「ううっ……うぐっ、大きくなったな、イドル。……オマエは、俺の最高の息子だ」
涙目の父さんが、僕の目を真剣な眼差しで見る。
紫の肉片が織りなすいびつで美しい花畑から、花びらが舞い散る。
「……愛しい息子、イドル。この魔道具の暴走を止めるには、父さんを殺す以外の選択肢はない。父さんに終焉をもたらしてくれ。オマエと俺は……今日でお別れだ」
父さんが、かつて僕を追放した時のような文言で、僕に介錯を求める。
「はい、わかりました……なんて、もう僕は言えないよ。……父さん、別れたくないよ。ここでお別れなんて、嫌だよ」
僕の両目からも、水滴があふれ出してくる。
「ダメだ……もう父さんは手足の途中から魔道具と融合しちゃってどうにもならないんだ……それに、もうオマエは俺が養わなくても、ひとりで立てるだろ?」
父さんが今までお客さん相手にも見せなかった優しい顔で、僕にそう言ってくる。
「違うよ父さん……僕たちはみんなに支えられて、今日を生きているんだ!僕だって色んな人たちに支えられて、ここまで来たんだ!」
僕は脳裏で今回の討伐に参加してくれたみんなの顔を思い浮かべる。
コクドー君、トトキさん、アリーチェさん、ロバートさん、ジョヤさん、ドジョーさん、ホムスビさん、ディフモさん、スギカフカさん、オリジーナさん……
そして、最愛の人であるマテリア。
みんなのおかげで、僕はここまで来ることができた。
「父さんと違って自立できたんだな、イドル。……ならばなおさら、子の足を引っ張る父さんいらないだろ」
「……僕はまだ父さんに、生きていて欲しい。だって、まだまだ話したいことが、いっぱいあるから」
僕は涙声になりながらも、父さんに語り掛ける。
「ありがとう……こんな父さんに、『生きていてほしい』って思っていてくれて……生きたいってこんなに思えたのは、これが初めてだ……」
肉片の花畑がさっきよりも激しく揺れ、紫色の花びらが18階に舞った。
「……なあ、最後にオマエに伝えたいことがある。耳を、貸してくれないか」
僕は父さんの口に自分の耳を向け、父さんの言葉を一言一句聞き逃さずに聞き取る。
「わかった。じゃあ、そろそろいくね……」
「まあ、オマエには愛する家族がいるんだから……俺のことは忘れて、笑って生きてくれよな」
「……またね、父さん」
僕は腕にザクロを生やした後、一瞬のうちに父さんに4回の斬撃を加えた。
父さんの命が終焉を迎え、紫の肉片が花びらのように蒸発して消滅し始めた。
「……成功したのか。俺が考えたプラン」
父さんの命と父さんと融合して暴走していた装置が終焉を迎えた直後、父さんの命は僕の腕の中で再び燃え始めた。
「うん、父さんの予想通りだったよ」
蘇生と止血の効果を持つ果実を作り、自分と魔道具との融合部を切断した後で息絶えた自分にを食べさせたら、装置のみを終わらせることができるかもしれない。
父さんは一度息絶える前、耳打ちでそう言った。
「そうか……本当に、これでいいのか?父さん、オマエにひどいことしかしていなかったんだぞ……正直、あそこでめちゃくちゃに斬られる覚悟も出来ていた」
「大丈夫だよ父さん。これからがあるじゃないか」
「……俺、今までけっこうやらかしていたから、多分終身刑になるぞ。まあ、これからの人生は少しでも仮釈放の日を増やすためにも、がんばってみようかな」
父さんが憑き物の落ちたようなやる気のある顔で、これからの抱負を述べた。
「イドルー!そろそろ帰るぞ!」
「もうそろそろ楽土島が飛び立つみたいです!」
「イドル、私たちに明日がある。行くぞ」
僕と父さんが会話をしている中、上の階から僕を呼ぶ声が聞こえた。
「じゃあ、行こうか。父さんはまだ四肢が再生してないから僕が運ぶね」
「頼むぞ」
僕は父さんを抱え、これからへとつながる階段を上がっていった。
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