ロンリネスと終わりの夜

「さあ、吾輩を殺してくれ」


 ロンリネスが意識を取り戻して最初に聞いた言葉は、しゃがんで自分を見つめる旧友のそんな一言であった。


「……オマエ、押収した違法なポーションでも飲んで脳がおかしくなったのか?その発言に至った経緯をきちんと詳しく説明しろ」


 ロンリネスは、騎士団コンプレックスさえ刺激されなければ、理性がきちんとあるインテリなのだ。


 そのため、ソーセキンの非常識的な願いをすぐには聞かず、理由を聞いてからやるかどうか判断することにしたのだ。




「吾輩はいままで、おぬしの心が満たされるのならと、おぬしの犯罪を見て見ぬふりをしてきた……暗辣未遂も、人間製造釜の使用も、嘱託殺人でさえも……」


「……俺があの火災を起こしたことまで、全部知っていたのか」


 ソーセキンは知っていた。


 ロンリネスが両親に恨みを抱いていたことも、店を開くための金が足りなかったことも。


 そのため、捜査の末に自分の家とロンリネスの家が燃えた真実にたどり着いても、見て見ぬふりをして隠ぺいしたのだ。


「……しかし、鑑定士として大成しても、おぬしの眼に光は戻らなかった。それどころか、年々苦しんでいるようにも見えたのだ」


「その通りだ。俺の心の穴は地位や名誉では埋まらなかったんだ……やっぱり、オマエはよくわかっているな」


「そして、吾輩は長考の果て、おぬしが苦しんでいる原因が吾輩にあったことに気付いたのだ」


 ロンリネスはその言葉を聞いた後、淡々と起き上がり、しゃがんだままのソーセキンの向かい側にあった椅子に座った。


「なんだ……『吾輩が騎士になってしまったから』とでも言うのか……?」


「吾輩があの時、『一緒に騎士団員になろうね』なんて言わなければ……言わなければ!」


「そ、それは……!」


 感情的にかつての発言を嘆くソーセキン。


 何気なく記憶の底に置き去りにしていた発言を思い出し、動揺するロンリネス。


 彼の言う通り、10歳のロンリネスが騎士団員を目指し始めたきっかけは、隣家に住むソーセキンからの何気ない一言であった。




 当時、ロンリネスはその体質から両親に冷遇され、『オマエは奴隷のように無給で働かされ、誰にも肯定されず終わる人生だ』と言われていた。


 そんな中、ソーセキンの発言は、『素の頭脳や体力が重要な騎士なら魔力がない自分でもなれるかもしれない』という淡い期待を彼に抱かせてしまった。


 しかし、現実は残酷であった。


 騎士団入団試験における実戦試験では、魔術を使かった技が飛び交っていた。


 さらに、ロンリネスは生来筋肉がつきにくく、フィジカルにおいても恵まれていなかったのだ。


 三度の試験と友人の合格を経て、ロンリネスの心は現実の残酷さによって粉々に砕かれてしまったのだ。


 そして、自殺をしようと買った中古のナイフが価値のある骨董品であることを見抜いたことで、彼は鑑定の才に気付いてしまった。


 そして、彼は歪んだ心を抱えたまま、鑑定士としてのキャリアを重ねていったのだ。




「おぬしがここまで味わった苦しみはおおよそ、吾輩のせいである!だから、吾輩を、殺してくれないか!」


「断る。俺がオマエを殺して、何の得があるのだ」


 ソーセキンの嘆願を、ロンリネスははねのけた。


「オマエが死んだら、騎士団の連中が困るだろ」


「自分の仕事をする気にもなれなくて、そういうのは全部副団長のトトキに数年前から押し付けている。引継ぎの問題はないだろう……」


「オマエ、確か奥さんと子供がいたよな」


「……10年前に別れたよ。ロッシュ襲撃による惨劇の遠因が、吾輩の怠慢さにあることを気付かれてね。子供もそっちに行ったよ」


「まだやりたいことや、趣味とかは」

 

「ない。離婚して以降は何もやる気にならなくてね……」


「オマエも、俺に負けず劣らず相当疲れてんだな……でも、積極的にオマエの命を奪う気にはならないな。オマエを殺しても騎士団員にはなれないし」


 ロンリネスはソーセキンには生き続ける理由が残っていないことを知りながらも、冷淡に彼の提案を断る。


「そうか。………出来ればしたくなかったが、奥の手を使うしかないようだな」


 そう言ってソーセキンは鎧を脱ぎ、刃物で貫けそうな衣服だけの状態になった後、ロンリネスに向かって、冷たい瞳を演じてこう言った。


「……騎士団員にもなれず、誰にも愛されなかった、哀れでしょうもない、頼りないオッサンめ」




「……あ、ああ!あああああ!!オマエ、オマエエエエエ!!」


 ソーセキンの発言でコンプレックスを刺激されてブチ切れたロンリネスは、彼に飛びかかり、殴り始めた。


「おぬしは法を犯しても騎士になれなかった、弱虫ザコ虫クソ虫である……!」

 

 殴られながらもソーセキンは心にもない悪口で彼を煽り続ける。


 彼が使った奥の手とは、わざと悪口を言いまくることでロンリネスの乱心を誘発し、その勢いで殺傷行為を行わせることであった。


「そんなに殴っても血を一滴も流させることができないとは、おぬしは本当に弱者なのだな……おとなしく親を殺して得た店に籠っといてくれ」


「アアアアアアア!!ヴァーーーーーーッ!!」


 ついに怒りが臨界点に達したロンリネスは、近くにあった先ほどは自分の身体に刺さっていた刃物を握った。


『グシュウウウウウ!!』


 そして、今度はそれでソーセキンの顔を思いっきり刺した。


「……暴力に頼るなんて、情けない雑魚野郎だ」


 ソーセキンは痛みに耐えながらも、彼を煽り続ける。


 それは、自分がタフなせいで最低でもあと30回刺されないと死なないと思ったからである。


「ヴァアアアア!!ヴァガッ!!アアッ!!ガアーーーーッ!」


『グシュ!』『ブシャッ!』『グショッ!』


 乱心の深みにはまり、もはや獣同然となったロンリネスは、ただ怒りと憎しみのままにかつての友を何度も何度も刺していった。


「アガッ……アア……ああ!!ああ!!」


 そして、ロンリネスが落ち着いたときには、ソーセキンの身体はミンチになっており、命も絶えようとしていた。


「……ロンリネスよ……友達になってくれて……吾輩を、殺してくれて、ありがっ」


 感謝の言葉を言い終える前に、ソーセキンは事切れてしまった。


 こうして、ロンリネスは己の手で友情と友人の命を終わらせてしまった。


 ロンリネスは、騎士になれなかった自分が、すぐ頭に血が上る自分が、友人の心を傷つけていった自分が、ただただ嫌いになっていった。

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