ロンリネス、腹に穴があく

「そういや、そろそろロッシュ死んでいる頃かな~」


 21時過ぎ、スルトルス帝国内にある廃墟にて、ゴブリノキオが不謹慎な発言をした。


「まあ、賢人とホムンクルスがいる街にケンカを売ってしまったんだから、無事ではないだろうなぁ」


 そう言うとコドックはザナミの方に視線を向けた。


「にしても、ザナミは天才だなぁ。『王都イグレオのエルフは利権で不当に金持ちになっている』っているデマを教えることで、低コストで始末するとはね」


「……このままだと私の命が危なかったので、始末しました」


 ザナミはそう言いつつ、ゴブリノキオの方を向いて会話を続けた。


「タイムリープ魔術で記憶を保持できる人数の限界が2人であることに、早く気付けて正解でした」


 スルトルス帝国の首都ネアンデル跡地にある本部(だった廃墟)に3人で集まったあの日。


 ゴブリノキオがロッシュに向けて紅茶をぶっかけてから時を戻したあの時。


 ザナミの記憶は保持されずに時間が戻っていたのだ。


 タイムリープ魔術の説明という3人全員の記憶を保持したほうがいい時に2人しか保持できなかったことから、ザナミは人数の限界を悟ったのだ。


「まあ、ロッシュは身勝手で安楽会の思想にあんま共感してなかったから、僕もザナミちゃんが殺される前に殺すつもりだったんだよねー」

 

「多分、最大人数の件を知ったら真っ先に自分が保持する対象に立候補するでしょうし、断ったら暴れますよねアイツ……」


 ザナミは最大人数を悟ったとき、確実に記憶保持対象になるべく、ロッシュを死地に向かわせる作戦を始めたのであった。


 毎日にわたる根拠のないグライフ王国エルフ利権問題の話を聞かせ、彼が王都のエルフに憎悪を抱くようにしていたのだ。


 ロッシュの王都再襲撃の真相は、あまりにも無情な策略の副産物だったのだ。


 


『ドゴオオオオン!!』


 そんな会話をした直後、彼らが潜伏している安楽会支部だった廃墟の天井が爆発した。


「なんだぃ……?!魔物か?」


「違う。吾輩は、グライフ王国の国家騎士団団長、ソーセキンである!」


 穴から着地した着地したソーセキンはコドックの予想を否定するかの如く名乗り、巨大な斧を構えた。


「今の爆発はもしや、バジークの可逆自爆魔術……!」


(ああ、そうだよ……コイツ、グライフ王国三大英雄が好きすぎて、彼らが使用していた魔術3つとも全部使えるんだよ……!)


「そりゃあ……困るね」


 ロンリネスが体内でつぶやいた情報に対し、コドックが本心から困り果てる。


 彼はロンリネスの視界を通じ、第五部隊隊長のエンマラジャと会長マノジャックを討ち取ったのがグライフ3大英雄であることを知っていたのだ。


 コドックは身の危険を感じ、前回ソーセキンと対峙したときと同じようにランニング・オクトパスで逃げることにした。


「ランニング・オクト」

「させないっ!」


 ドゴッ!


 しかし、魔術の発動はソーセキンの肉体強化魔術を添えたタックルによって阻止されてしまった。

 

「グッ……!」


 コドックは焦った。


 生前ならともかく、今のロンリネスの身体ではコドックはタイマンでソーセキンに勝つどころか逃げることすらできない。


 ゴブリノキオは自分が死ぬと計画が詰むためか逃走を優先し、いつの間にかいなくなっていた。


 ゴブリノキオの次に計画において重要であるロンリネスの身体を守るため、残ってくれたザナミがコドックにとって唯一の頼みの綱であった。


 ザナミが短刀を構えて自作魔物であるヨモツバエを大量に生成し、周囲に漂わせる。


 戦闘が始まろうとしていた。


 その時であった。


「……少し、交渉してもいいか」


 ソーセキンが交渉を迫ってきた。




「吾輩は、今までロンリネスをさんざん苦しめてしまった!だから、その償いとして、ロンリネスに殺されたいのだ……」


 ソーセキンは敵2人と旧友1人の前でとんでもない願望を語った。


「つまり、この身体の主導権をロンリネスに返して、ロンリネスが起こした行動で死にたいのだな」


 コドックは淡々と交渉に応じ、ザナミもヨモツバエを漂わせつつ会話を聞く。


 ソーセキンの出した条件は、コドックたちにとってこの上なく都合のいいものであった。


 相手は死に、自分は何も失わない。


「いいだろう。一時的にロンリネスに代わってやる」


 夢のような取引に目がくらんだコドックは取引のリスクに気付かず、すぐにその条件を了承した。


「ロンリネスの筋力でも扱えてワガハイを傷つけられる刃物も、すでに用意済みである」


 ソーセキンが数年前から用意していたロンリネス介錯用のナイフを取り出し、自分の目の前に置いた。


「じゃ、ロンリネスに変るわ……ちゃんと親友殺せるといいね」


 悪趣味な言葉を残し、コドックは肉体の主導権をロンリネスに譲った。

 



「……はっ!」


 ロンリネスが自分の身体を取り戻してから1秒後、彼は目の前にあるソーセキン殺害用ナイフに視線を合わせた。


『バシッ!』


 その5秒後、ロンリネスはソーセキン殺害用の刃物を握った。


 そして、その3秒後のことであった。


『グシュッ……!』


「ウグァッ!グアア……!グアアアアアアアアア!!」


 ロンリネスはその刃物で、自分の腹とその下にある『コドックの腎臓』を思いっきり刺した。


 彼はコドックに乗っ取られた時、もしも自分に肉体の主導権が渡されたら即座にコドックの腎臓を破壊することを決意していた。


 そして今、それを10秒足らずで果たしたのだ。


(お、おいまt)


 その一撃に驚く間もなく、『コドックの腎臓』とそこに内臓された人格は致命的なダメージを受け、機能を完全に停止した。


「ガアアッ……!」


 そして、その直後にロンリネスの意識も飛んでしまった。


「大丈夫か!吾輩はおぬしに殺されたいのだ!吾輩より先に死ぬのはやめてくれ!」


 ソーセキンは焦りながらもロンリネスの身体に刺さった刃物を抜き、再生能力を高める効果を持つポーションを何本も飲ませる。


「大丈夫ですか!あなたがいないと私たちは過去に飛べないのです!今スクラップになってはいけません!」


 ザナミもヨモツバエの幼体であるヨモツウジを召喚し、それでロンリネスの傷口を埋めて出血を止めた。


 安楽会の幹部と国家騎士団の団長。


 本来なら対立すべき二人は、ロンリネスの治療において一時的な協力関係になったのであった。




 やがて、がぶ飲みさせられたポーションの効果が出たのか、ロンリネスの傷口はカサブタで埋まったことで事なきを得た。


 しかし、ロンリネスの意識はいまだ眠りの中にあった。

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