大悪人ロッシュ、自由を奪われ命までも……


『ドスンッ!』『ドスンッ!』

『ズドドドドン!』


 キュクロスはロッシュを踏みつぶすべく、何度も数メトールのジャンプと地面への荒い着地を繰り返す。


 さらに、それだけでは飽き足らずに身体の一部をカルキノスキャノンでロッシュめがけて飛ばし続ける。


 イドルの分身も無言で翼を一対生やし、両足を角のような材質で剣のごとく鋭くし、キュクロスと同じ動きをしてロッシュを串刺ししようとした。


「ギャハハッ!ハァ……ハァ……やっぱオマエ戦闘センスねぇなあ!」


 ロッシュは息切れしつつも攻撃を避けて強気にマテリアを煽るが、本人は別に意に介さなかった。


 なぜなら、すでにロッシュはマテリアの策にハマっていたからである。


「もうそろそろ……尽きる頃だよね」


 マテリアがキュクロスの中で、ロッシュに聞こえない程度の声でつぶやく。


 人狼魔術だろうと解放魔術だろうと、その発動には魔力が使われている。


 そして、どんな生物であろうと体内の魔力を補充せずに使い続ければ、いつかは魔力切れを起こす。


『ザシュッ!』


 カルキノスキャノンの1つが、ロッシュに刺さる。


「グギャッ!ケケケ……」


 ロッシュは人狼魔術による肉体再生で傷を直すことで刃物を身体から抜こうとした。


「ケケッ!……ケッ!やってやるぜ!」


 しかし、もうそれをするだけの魔力が残ってないことに気付き、開き直って回避に専念することにした。


 無理もない。


 ここまでの戦いで戦略的目的で人狼魔術を使うこと十数回。


 肉体的損傷の回復目的で人狼魔術を使うこと五十数回。


 もはやロッシュの魔力は、底を尽きかけていた。


 


「キュクロス、机上帰還!」


 マテリアは詠唱し、キュクロスの途中解除を行った。


 空論巨人キュクロスはマテリアの膨大な魔力や技量をもってしても燃費が悪く、10分以上使えば今度はこっちが魔力切れになる。


 そのため、ちょうどいいところで途中解除しないといけないのだ。


「ヒャハハッハッ!隙ありィ!」


 その隙を、ロッシュは見逃さなかった。


「たとえ賢人だろうと、近づかれたらただの女の子!そうだろォ!!」


 ロッシュがマテリアに至近距離まで接近したその時。


『ドゴォッ!』


 装備していたリスクサーチャがバリアを張るよりも早く、自作の鎧型魔道具で腕力が大幅に強化されたマテリアによる左拳がロッシュの顎に激突した。


 しかも、マテリアは左拳の装甲を金属魔術で尖らせた上で殴ったため、ロッシュは殴られた瞬間から顎が出血し始めた。


「ギャアアア!!魔術研究家がフィジカルも強化しているとか、そんなの卑劣だろぉ!」 


「……キミが半世紀弱やってきた数々の殺戮行為に比べれば、理不尽じゃないと思うけどね」


 ロッシュが顎を砕かれた痛みで仰向けになって苦しむ中、マテリアが冷酷に彼の所業を非難する。


「ハァ……!ハァ……!ハァ……!」


 ロッシュは息を荒くする中、なんとか立ち上がろうとした。


 しかし、立てなかった。


 立たなかったのではない。


 立ち上がるのを妨害されたわけでもない。


 立ち上がれなかったのだ。


「全部、尽きただと……!?」


 無理もない。


 オノレボリューションの効果で身体のリミッターを外した結果、疲労を感じなくなったロッシュは肉体に凄まじい負荷をかけていた。

 

 キュクロスの大雑把な攻撃を避ける中、ロッシュの筋肉は限界を超えてしまい、9割以上断裂して切れていたのだ。


 ロッシュはオオカミに変化する都合上、基本的に魔道具や食材、ポーションといった肉体的損傷や魔力を回復してくれる物を持ち歩くことができなかった。


 そのため、長期にわたって戦闘するためには傷や魔力を回復してくれる仲間が必要だったのだ。


 しかし、彼は自分勝手なエゴイストであったため、仲間と一緒に戦うことを積極的に提案しなかった。


 その結果、自分より魔力を持っている上にイドルやロバートといった仲間と協力できたマテリアに負けてしまったのだ。


 ロッシュの自由が、終わろうとしていた。


 

 

「……起動」


 マテリアはロッシュに対し、一昨日に完成させたこの世界にまだ1つしかない封印用魔道具『自由人拘束装置』を起動した。


『ガガシッ!』


 自由人拘束封印装置は8個の正六面体に分かれ、それらを頂点にしてロッシュを囲い込む用に金属製の正六面体のフレームを形成した。


『『『ガシャシャシャシャ……!』』』


 そして、フレームから数本の鎖を伸ばし、ロッシュを拘束した。


「ナメやがって……!俺から、自由を奪うなあ!」


 ロッシュは激怒した。


 拘束され、自由を奪われたことが許せなかったのだ。


「隠語、暴言、猥言わいげん、それらは封印されるべきものではない!解放されるべきものであるっ!」


 ロッシュはまるで演説の一文のような解放魔術の詠唱文を唱え、魔力が底を尽きた状態でありながら、解放魔術を発動させた。


 魔術は長期間頻繁に使用することで、脳内イメージが固まりどんどん使用する魔力コストが減っていく。


 ロッシュは長年の解放魔術の使用経験と、魔力コストを軽減する詠唱を組み合わせることで、ノーコストで解放魔術を発動させたのだ。


『ガシャラララ……』


 魔術の効果が発動し、彼を拘束していた鎖が消滅する。


『『『ガシャシャシャシャ……!』』』


 しかし、再び鎖がフレームから生え、もう一度彼を拘束したのだ。


「な、なんで……」


 自由人拘束装置は、解放魔術を使いこなすロッシュを封印するために作り上げたものである。


 魔道具自体が金属魔術を発動することで、たとえ拘束用の鎖を解放魔術で破壊されても次の瞬間には再び拘束できるのだ。


「キミはもう、自由じゃないんだよ」


 マテリアが顔全体を覆う兜をしたまま、再び拘束されたロッシュに彼の自由を奪ったことも宣告する。


『クルッポー!』


 そんな中、壁の外からピンク色のハトが飛び、ロッシュの目の前で鳩転移魔術によってトトキがあらわれた。


「……犯罪者の粛清は、騎士団がやるのが望ましいと我が国の法律に書かれている。とどめは、私がやる」


「……わかった。じゃあ、あとは任せたよ」


 マテリアはトトキの本当の目的を察していた。


 人を殺すという精神的に負荷のかかる行為を、トトキは10年前に同じ恐怖を共有した友人の代わりにすることにしたのだ。


「……ああっ、ああっ!ああっ!」


 ロッシュはこれから自分の命がどうなるのかを察した。


「いやだっ!死にたくないっ!死にたくないっ!」


「推定3654名以上の命を奪っておいて、命乞いをするとはな……」


 もしも彼が解放魔術を使えなければ、封印されたまま運よく他の誰かが解放してくれるのを待つ道もあったのかもしれない。


 しかし、彼は罰を受けるのをひたすら拒み、罪だけをひたすらにつみあげていった。


 当然の報いである。


 トトキはレイピアを構え、そのまま鳩怒刑を発動させた。




 ロッシュの自由と命は、ここで終わってしまった。

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