マテリアの本気
かつて、スルトルス帝国には金属魔術を得意とする人間が一定数いた。
しかし、彼らはいずれも価値のある金属を作ることや偽の通貨を作ることにのみ注力したため、戦闘にそれを応用することはなかった。
そして、彼らはいずれも金属魔術で得た産物によって富裕層や地位や名誉を持っていたため、安楽会に煽られた帝国の民衆によって簡単に殺されていった。
そのため、ロッシュ含めた安楽会員たちは『金属魔術を得意とする者は弱い』というイメージを持っていた。
事実、金属魔術は基本的な使い方だと燃費が悪く、戦闘向きの魔術ではなかった。
それは確かな事実であった。
しかし、その事実は一人の少女が過去の話へと変えていってしまった。
「カルキノスキャノン……!」
まだ編み出されて10年にも満たない金属魔術の技の名前が、マテリアの口から短縮された詠唱という形で出る。
『ガチリッ!ズドンッ!』
瞬時に組みあがった鋭利な鉛の塊が、まるで大砲のような音を立てて発射され、ロッシュの左腕を吹き飛ばした。
「なんだ……?!その、金属魔術の技は!?」
ロッシュは珍しく焦った。
彼もまた、『金属魔術を得意とする者は弱い』という印象を持っており、そもそも金属魔術の技があることすら想定していなかったのだ。
「まあいい、どうせさっきの一発で燃費切れだろ……ヒッヒッヒッ、残念だったなあ……!俺は凡人共と違ってこうやって欠損を再生出来るんだぜえっ!」
そう言ってロッシュは左腕の傷口からオオカミのような左腕を生やした。
ロッシュが持つ人狼魔術は応用することでこのように即座に欠損部位を治すことができるのだ。
その光景を見たマテリアは、10年前の治療の日々を思い出した。
欠損部位再生魔術の使用対象になるべく、魔力を増やすための特訓治療で疲れて全身が痛くなる日々。
ようやく左腕を生やせた日には、師匠兼治療医のハンズや励ましてくれたイドルに激しく感謝の意を伝えた。
マテリアの闘志がまた一段と高みに登る。
「……カルキノス、レイン!」
マテリアが先ほどの技の派生技を発動させる。
『ガチリィ……!』
先ほどと同じような鋭い鉛の塊が、今度はロッシュに尖った面を向けた状態で26個生成される。
『ズドドドドドドドドドドンッ!!』
「ワオオーーーーンッ!」
ロッシュは全身をオオカミにして、急いで鉛の塊26個からの襲撃から避ける。
しかし、オオカミの速度をもってしても1発当たってしまい、人狼魔術による再生で身体から抜く手間ができてしまった。
(なんだ?!アイツ今度は26発もアレを放ちやがっただと!いったい、あのフルアーマー小娘は一体何者なんだ?)
ロッシュは困惑しつつ、いったん距離をとるべくひたすらに駆ける。
(とにかくあの小娘、身体の動きからしておそらく戦闘経験は騎士団の連中以下……!ならば反射神経がついていけない速度で動くのみ!)
ロッシュは生まれてからというもの、束縛や規律を嫌い、闘争を好み続けてきた。
そして、数々の死闘を制していくうちに、身体の動きでその人の戦闘経験の量がわかるのだ。
ロッシュは上半身のみ人間に戻し、オオカミの速度のまま走ってマテリアを煽ることにした。
「ヒャハハハハッ!戦闘経験の浅い小娘めっ!オマエのよわよわ反射神経では俺を仕留めることなどできないぜぇっハッハハア!」
「そうだね。確かに私は魔術の研究ばかりしているから、そういうのは苦手かもしれない。だからね……」
次の瞬間、ロッシュの眼の前に筋肉質で金髪青眼の人間が突如として現れ、彼を両腕の力で押さえつけた。
「自分の苦手なことは人に頼ることにしたんだ」
ロッシュを押さえつけた男の正体は、ネコの状態から人間の形状に変化した人類最強の生物、イドル・イングライフの分身であった。
ロッシュはコドックが合流した翌日にはグライフ王国再襲撃がやりたくなって、ひとり国境付近支部跡から出ていった。
しかし、それまでの間に王都に居る賢人に関する情報をコドックから聞いていた。
コドックは言った。
「賢人の名前は、マテリア・グラフィッカって言うらしいぞ」
そして、ロッシュの犯行声明を聞いて自分のもとにやって来たスィドーからホムンクルスに関する情報も効いていた。
スィドーは言った。
「どうやら、ホムンクルスは『マテリア』とかいう女の子が好きらしいぜ」
ロッシュはイドルの分身に押さえつけられ、何度もカルキノスを喰らっては人狼魔術の応用で再生する中、二人の言葉の言葉を思い出した。
そして、とんでもないことに気付いてしまった。
「そこのアーマード小娘ェ!お前、賢人のマテリアだろ!!」
「気付くのがおそいね。オリの中のワンちゃん」
そう言った次の瞬間、マテリア、ロッシュ、分身のイドルを囲うように壁面がツルツル、1辺が50メトールで高さ10メトールほどの鉄の壁があらわれた。
なお、一時的とはいえここまで大規模な金属製の壁を魔術で作れるのは、この広い世界でもマテリアただ一人だけである。
「元から退路など用意する気はなかったが……俺から自由を奪うことなど、許さんっっ!」
ロッシュは多くの人々から生きる自由を奪っているくせに、束縛されたり自由を奪われることが一番嫌いだった。
たとえ1辺が50メトールの正方形スペースだったとしても、彼は自由を奪われていると感じて不快になるのだ。
「こうなれば、解放魔術の奥義『オノレボリューション』を使って、抗ってやるぅ!」
そう言うとロッシュはその奥義を早速発動させ、身体を二回り大きくし、身体と頭脳にかかっていたあらゆるリミッターを解除した。
そして、イドルの分身に力比べで勝ち、彼の押さえつけからも解放されたのであった。
人間の身体には、負荷を避けるために脳や筋肉等にあらかじめ出力の制限がかけられている。
オノレボリューションは解放魔術の応用でそれらを全て解除し、大幅な自己強化を実現するのだ・
「オイオイ!壁の中に少し雑に作った箇所があるじゃねえか!小さい穴がいくつか空いているぜぇ!」
ロッシュはリミッターが外れて視力が向上した眼で、鉄の壁に弱い箇所があることを発見した。
「天下の賢人が魔術でミスるとか、賢人の名が泣いているぜぇ!ヒャハハハハッ!面白い、面白い!!」
彼は知らなかった。その穴がマテリアの意図して用意したものだということを。
「今の俺の強化されたフィジカルなら、鉄の壁だって砕けるぜえっ!」
ロッシュは自由を求める本能的性格から、ひたすらに穴がいくつか空いている壁面へと駆けていった。
イドルは穴がわざとあけておいたものであることを理解し、あえて追わなかった。
「ワオオーーーン!!」
ロッシュが壁を破壊すべく、腕をオオカミに変えてツメを大きく振りかぶったその時。
『ヴァアアアアアアアアアアア!!』
マテリアと同じく1班に属しているロバートが、穴の向こうで思い切り絶叫したのだ。
マテリアが作ったトゥルースサウンダで強化されたロバートの絶叫は、ロッシュの耳の鼓膜が破き、耳の穴から血が流れ始めるほどであった。
「み、耳がっ、とりあえず、オオカミでっ!」
ロッシュはいそいで頭上にオオカミの耳を生やし、聴覚を確保した。
「……空論巨人、キュクロス!」
しかし、その隙にマテリアは空論巨人キュクロスの詠唱をとっさに行い、すでに完遂していた。
「な、何なんだあの巨大な金属鎧は……まあいい、たとえ格下だろうと格上だろうと、俺を不快にした奴は、もはや叩き潰すのみだッ!」
ロッシュは自分よりも巨大で強大なキュクロスにもひるまず、闘志を燃やした。
彼の人生最期の戦いが、ハイライトを迎えようとしていた。
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