大悪人ロッシュの最期の始まり
「ギャハハッ、さすがホムンクルス!まさかグリフォンになって突撃してくるとはなっ!」
「ロッシュ氏、走りましょう。ロングネックドラゴンが攻撃されている隙に目的地にたどり着かないと、我々も彼の餌食になってしまいます」
20時過ぎ、ロングネックドラゴンから飛び降りたロッシュとスィドーは、目的地に向かって走り始めた。
「とりあえず、当初の予定通りロッシュ氏がエルフ特別区を、拙者が禁書保管庫を攻めるプランでよろしいでしょうか」
「そうだな!ちゃんとエロ本グロ本持って帰って来いよな!」
「命の心配はしないのですね……まあいいでしょう。拙者は権力に従う軟弱者なんかに、絶対に負けないので」
そう言ってロッシュとスィドーは分かれ、各々の方法で加速して目的地へと向かっていった。
スィドーは音を立てずに走りながら勝利と安楽会の悲願達成を確信していた。
遠くからでも相手の位置がわかるほどにまで鍛え上げた憂眼と多くの人命を奪ってきた己の戦闘技量。
それさえあればイドルが属しているであろう国庫保管庫の臨時部隊を何人かは殺せると考えたのだ。
そして、彼はイドルの家庭教師だったため、イドルの性格をかなり熟知していた。
彼がロッシュら安楽会の隊長たちと違い、人の死にショックを受けるタイプであることも知っていたのだ。
イドルがドラゴンと戦っている隙に数人殺し、帰ってきて仲間の死に絶望するイドルが人類を皆殺しにして安楽会の目的を達成してくれる。
完璧な作戦であった。
少なくともスィドーの頭の中では。
しかし、彼は息子同様の過ちを犯していた。
ひとつはあまりにも不確定すぎる予測で作戦を立てたこと。
もうひとつは、賢人マテリアの全面協力という見えたはずのリスクに目をつむったことであった。
「憂眼魔術、
スィドーは禁書保管庫に向かいつつ、禁書保管庫の外壁の中にいる人々に向け、袖に隠している小型クロスボウから11発もの鋭い矢を次々と飛ばしていった。
よほどの反射神経がなければなければ避けられない一撃の11連射が対象めがけて特殊な軌道を描いて外壁の向こうへと向かっていった。
「……バリア展開型魔道具のことも考えて念のためもう1回しますか」
スィドーが恐ろしいことを口走った数秒後。
「交差髪・十一連!」
二度目の交差髪が発動した。
「これで、何人かは重傷を負ったでしょうね」
30年前の対安楽会最終戦争において、スィドーは恐れられていた。
当時の彼は不可視になれるローブを所持しており、それと交差髪の2回発動を組み合わせて敵を追い詰めていたのだ。
当時のバリア展開魔道具は1回使うと二度と使えなくなる上、主要生産国であったスルトルス帝国の崩壊もあって貴重品であった。
そのため、ほぼ確実に相手に当たる交差髪を二回行うと、大半の人が2発目を防げずに相手が負傷していたのだ。
もちろん、当時の世界にもモロダスのような自分自身でバリアを張れる人もいた。
しかし、そういう人は戦闘参加者の中には1割程度しかいなかったため、大した問題ではなかったのだ。
「しかし、拙者は怖がりですのでさらにもう1発。交差髪、十一連!」
スィドーは3度目の交差髪を放った。
かつての大戦で彼の存在に気付いた相手側は「一部の人にバリア展開魔道具を複数装備する」という対策を講じた。
今は昔よりバリア展開魔道具がメジャーであることをスィドーは把握していた。
そのため、複数装備のことも考えてもう1発撃ったのだ。
「さあてと、行きましょうか。音を立てずに走ったのできっと迎え撃つ準備などできてないでしょう」
スィドーはウキウキしつつ目の前に迫る禁書保管庫へと駆けていった。
「なんで……なんでみんな無傷で待ち構えているんです……?」
禁書保管庫でスィドーを待ち受けていたのは、全員無傷の状態で戦闘態勢に入る臨時部隊2班の方々であった。
「バリア展開魔道具は1発しか防げないはずでは……?」
彼の言うとおり、現在の主要なバリア展開魔道具も大抵は1発か2発しか耐えられない。
しかし、マテリアがその常識を変えてしまった。
金属生成魔術を魔道具自ら実行することで何度も使えるようになっただけではなく、機能性の高い内部デザインで5回のバリア展開が可能になった逸品。
そんな革新的な逸品を、全員が持っていたのだ。
しかし、スィドーの地獄はこれだけでは終わらなかった。
足裏の感覚に優れたアリーチェがスィドーの着陸直後に地面の振動で彼の行動を察知し、彼が到着する前に戦闘態勢の用意が整ってしまったのだ。
(しかし、憂眼で見たところ、動員された人員はいずれも30年前の大戦時に蹂躙した人々と実力は大差ないようですね……ならば1人くらい殺せそうですね)
息子のコクドーよりも経験と修練を積んだスィドーの憂眼は、相手の筋力や肉体の耐久力ですら見ることができた。
そして、彼は客観的に勝利を確信したのだ。
「お前らぁっ!死んでイドルを絶望させろおおおお!!」
スィドーは剣を振るい、戦果を得るべく臨時部隊2班に立ち向かっていった。
「なぜですっ……拙者の憂眼は真実を見せてくれるはずなのに……」
5分後、スィドーはマテリア製の拘束用魔道具から出てきた金属の鎖でグルグル巻きにされていた。
「なんか大事な物見落としたんじゃねーの?」
アリーチェの言う通り、スィドーは大事な物を見落としていた。
確かに、2班の人々の素の実力は30年前にスィドーが蹂躙した人々と大差なかった。
「……わかりましたよ、見落としたものが」
スィドーは憂眼に頼らず、蹂躙した人々と決定的に違う点を己の眼を通じてようやく見つけることができた。
それは、装備の質である。
現時点の全人類の中でたった5人しかいない魔術を極めし者、賢人。
そのひとりであるマテリアが作り出した質の良い魔道具を、2班の半数以上が武器か防具として持っていたのだ。
30年前なら100人規模の部隊のリーダーが持っていたであろうレベルの品を、一般的な戦闘員が持っていたのだ。
そして、憂眼は装備の質までは表示されなかったため、彼は素のスペックだけで油断して敗北したのであった。
「味方した勢力を、装備のみでここまで強化するとは……やはり賢人は、安楽会の天敵でしたか」
スィドーは装備の出来の良さが賢人マテリアに由来していることを察しつつ、諦観の境地に入ったのであった。
こうして、ロッシュが自分の戦力として引き入れたモロダス、ロングネックドラゴン、スィドーの全てが行動不能もしくは駆除されたのであった。
「どけよ鎧野郎……!俺は早く卑劣なエルフ共を食い散らかしたいんだよっ!」
20時30分ごろ、王都の北側外壁から出っ張ったように存在するエルフ特別区に向かうロッシュの前に、堅牢な鎧を全身に装着した一人の人間が現れた。
「……どうして、今まで無数の人々を殺し、傷つけてきたのかな」
鎧が作り出すシルエットの屈強さに反し、その声は少女そのものであった。
「ヘッヘッヘッ……!俺がソイツらを不快に思ったからだ!嫌いな命を奪って何が悪い!自分勝手に生きて何が悪いってんだ!」
ロッシュが語る理由は、あまりにも身勝手であまりにも同情の余地がなかった。
救いたい郷土も救いたい人もない、ただ力とエゴが強いだけの男が振るう背景なき理不尽な暴力。
不純物なき、純粋な悪。
鎧の中にいる人間、マテリア・イングライフはあの時見た光景が脳裏に思い浮かぶ。
血が噴き、腕が飛び交い、肉が食われる音が聞こえる地獄絵図。
食われた左腕の先から血が止まらない中、祖父が発動した幻影魔術のおかげでなんとか外に逃げられたあの日。
彼女は恐怖で少し震える身体を奮い立たせ、ロッシュを挑発した。
「キミの自分勝手は、今日で終わるよ。……私の手でね」
ロッシュの人生最期の戦いが、賢人マテリアの蹂躙が、始まろうとしていた。
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