ロッシュ迎撃編
狼男の犯行予告と賢人の決意
「ジャジャーン!数日前に制作を依頼されていた拡声器付きの剣『トゥルースサウンダ』、このとおり見事に完成させたよ!」
そう言ってマテリアは僕たちの家の応接間で騎士団員のロバートさんに自作の剣を渡した。
「ありがとうございます!拡声器付きの剣が市販になかったので助かりました!」
「ロバート、そんなヘンテコな品なんて一般販売されているわけないでしょ。まあ、マテリアさんが作るまではこの世に存在したかどうかすら怪しいけど……」
なぜかロバートに同行していたアリーチェさんが彼の隣でごもっともなツッコミを入れる。
「でも、これで戦闘中に拡声器で強化された絶叫魔術を使うことができるので、すごく助かります!ありがとうございます!」
ロバートさんが使う絶叫魔術は拡声器で声を大きくすることで威力が増すらしい。
そのため、今回のような依頼をしたのだろう。
「それで、オーダーメイドしてもらった費用はいくらくらいになるのだ……多分コイツの財布だけだと払えない額なんだよな……?」
「こちらが今回の請求額だそうです」
アリーチェさんが剣の制作費について質問したので、僕はあらかじめマテリアから預かっていた請求書をアリーチェさんに渡した。
「材料生成費や制作費等合わせておおよそ3万イェン……この請求額、ゼロが1つ足りなくないか?」
「いや、今回の請求額は約3万イェンで間違ってないよ」
「この武器、結構いい金属使ってるなあ……それを踏まえると、出来た物に反して請求額が安いな……なぜだ?」
武器を持つアリーチェさんの言う通り、マテリアが提示した請求額は相場よりかなり安いものであった。
普通の武器オーダーメイドサービスを使えばたとえ材料を自己調達して提供しても、騎士団員の月給の半分である15万イェン以上取られるであろう。
「材料を半分ほど自己調達してくれたことや、作ってほしい物を具体的に説明してくれたこと、あとアイデアが面白かったので、大幅に安くしちゃいました!」
マテリアはあまり金銭自体には興味がない。
しかし、金属魔術や面白いアイデアに関しては存分に興味を持っていた。
だから、ロバートの考えた『剣と拡声器を合体させる』という面白いアイデアを讃えて安くしたのだろう。
「にしても、安くしすぎだろ……私もひとつ、防具の制作を依頼してもいいかい?」
アリーチェさんが早速マテリアに防具制作を依頼する。
「いいよ!じゃあ、まずは欲しい機能や具体的な形状の指定を……」
マテリアが依頼の詳細を聞こうとしたその時。
『アオオオオオオーーーン……』
不気味なオオカミの鳴き声のような音が王都中に響き渡った。
「この音は……ロッシュの犯行予告!」
マテリアがかつて自分の左腕を食いちぎった男の名を口に出した。
『王都イグレオの民衆よ、お久しぶりぃ……俺の名はロッシュ、解放のロッシュ、安楽会第一部隊隊長だったロッシュだ!ヒャーハハハハ!』
僕たち4人はきちんとロッシュの犯行予告を聞くべく、家の外に出た。
「ロッシュって、あの10年前に王都を襲ったっていう狼男のことでしょうか……!」
「その通り。私はその時に巻き込まれ、左腕を食いちぎられた……そのあと魔術で生やしたけどね」
そう言いつつ、マテリアが自分の左腕を見つめる。
僕はその瞳の中に、内に秘めた恐怖を感じた。
『3日後に訪れる月食の夜、エルフ特別区と禁書保管庫を血まみれにするぜぇ!一緒に血まみれになりたいやつ、大歓迎だぜ!ヒャハッ、ハハハァ!』
エルフ特別区は、この国に来たエルフ族の方々が暮らしている王都の一区画のことである。
そして、禁書保管庫は様々な理由でグライフ国内で発売禁止になった本を収容する施設である。
どちらも王都の外側の方にある王都内の施設であった。
「なるほど。一部の市民から悪感情を持たれていているであろう場所をターゲットにする作戦とは……卑劣極まりないな!」
アリーチェさんがロッシュの卑劣さに怒る。
かつて、エルフ族は同族出身でありながらエルフ族を強く憎む安楽会第三部隊隊長、ザナミによって極悪なデマを世界中にバラまかれた。
彼女が流した『エルフは美しくない人類は人類として見ない卑劣な民族』というデマを信じる者は残念ながら現在もごく少数ながらいるのだ。
禁書保管庫に関しては、『政府の基準で勝手に本を発売禁止にするな』という考えを持つ一部の人々から常に憎しみの視線を向けられているのだ。
「つまり、そういう場所を襲うことを予告することで少数の民衆の支持を得、犯行を有利に進めるというわけですね……!」
ロバートが空気を呼んでいつもより声を絞りつつ(それでもまあまあデカい)喋る。
「……ロッシュはそうやって飽きることなく自分の嫌いな人々や団体を破壊する行為をもう何十年も繰り返しているんだよ」
マテリアがロッシュの凶悪性を説明する。
『どうしてこの2か所を選んだかって?俺、利権とか規制とか大嫌いなんだよ……エルフはいいよなぁ、他人の容姿を見下しているだけなのに金がもらえて!!』
「そんなにむき出しで悪口言うなんて……どうしてそんなことができるんだろう」
僕は戸惑った。
もしかしたら、彼は悪口を言うときに言われた相手の気持ちを考えていないのかもしてない。
だから、あんなに露骨に悪口を言えるのだろう。
『いいか、どうせみんなが分かり合えることなんてないんだから、嫌いなヤツは好きなだけぶっ殺そうぜ!ヒャハッ!ハハハハッ!』
ロッシュが民衆を煽るべく、道徳の欠片もないような一言を発する。
それを聞いたマテリアは下を向き拳を握りしめる。
そして、その表情からはいつもの朗らかさではなく、確固たる反抗の意思を感じた。
「……ふざけるなっ!」
目を潤ませながらも、マテリアがロッシュの犯行声明に反発の意を表す。
僕はマテリアが怒っているところを、初めて見た。
マテリアは基本的に常時機嫌がよく、嫌なことがあっても「ま、そういうこともあるよね」と言う程度で終わる。
まだ少し内気だった幼少期でさえ、泣いたり悲しむことはあっても怒ることはなかったのだ。
『エルフどもと禁書保管庫の護衛たちは遺言書をきちんと書いとけよ!ギャハハッ!エルフの死体を想像しただけで笑えてきたぜぇ!じゃあなっ!』
あまりにも露悪的すぎる一言を最後に、ロッシュのアナウンスが終わる。
「……アリーチェ、ロバート。確かロッシュってすべての国で人権を失っていたよね」
怒りが収まったマテリアが騎士団員二人に質問をする。
「ああ、約30年前に失っている。もし殺害しても、法律上は野生の魔物を殺したのと同じ扱いになるだろう」
「で、でも相手はあの安楽会の残党ですよ……?」
ロバートが珍しく心配そうな表情で戸惑う。
「ロバート、安楽会の第二部隊隊長と第四部隊隊長を討ち取ったのって誰なのか知っているかな?」
「は、はい!第二部隊隊長エーチは賢人のホムスビ氏に、第四部隊隊長も賢人のディフモ氏に討ち取られたと養成施設で教わりました!」
その答えを聞いたマテリアはいつもの自信に満ちた表情に戻り、自分の左手を胸に当ててこう言った。
「賢人マテリア・グラフィッカ、安楽会第一部隊隊長ロッシュの蛮行を……終わらせてみせる!」
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