祝福と結婚指輪
『ある日、アタシは「死んだふりドッキリ」をセイタンに仕掛けたんだ。仕掛けられた側の気持ちも考えずにな……』
階段を降りる途中、これまでよりも深刻な声色でナタリスの音声が流れる。
『いつものごとくセイタンと悪ふざけした際にわざと事故死して翌朝復活した後、セイタンに見つからない場所に1日潜伏したんだ。そしたら……』
ナタリスの語りが終わると同時に、僕たちは破壊神殿の最深部にあたる部屋に到着した。
そこには、鋭くした爪で自分の頭を貫いて自殺した状態でミイラになった遺体が鎮座していた。
『セイタンは絶望して自ら命を絶ったんだ』
僕はそのミイラを他人のようには思えなかった。
もし、家から追放されたあの日、マテリアが駆けつけてくれる前に肉体変化を用いて死ぬ発想に至ったら、こうなっていたかもしれない。
『どうやら、セイタンは私の死を通して死別する悲しみに気付いてしまったらしく、結果として自分がやってきた所業に耐えられなくなってしまったらしい』
きっと、たくさんの命を奪った後で死によって引き裂かれる悲しみを知った時は、とってもつらかったに違いない。
僕はもう、セイタンのことを破壊神と呼ぶことはできないだろう。
僕はあり得たかもしれない自分に対し、静かに冥福を祈った。
その場にいたマテリアも、ホムスビも、ディフモも、みんなセイタンの冥福を祈った。
「……じゃあ、遺伝情報を採取するね」
しばらくして、マテリアがゲノムコンパスを取り出し、それでセイタンのミイラに残っていた遺伝情報を読み取った。
ギュルンッ!
これまでゲノムコンパスの中で曖昧に揺れていた方位を示す針が、猛烈な勢いで僕の方向を指さした。
想定通り、僕もホムンクルスだったのだ。
ギュッ
マテリアが僕を抱きしめる。
「イドル、大好きだよ。ずっと一緒にいようね」
僕もマテリアを抱きしめ自分のぬくもりを最愛の人と共有する。
パチパチパチパチ……
「イドル殿、生まれてきてくれてよかったでござる!時差ボケに対処してくれてありがとうでござる!」
ホムスビさんが僕を拍手で祝福してくれる。
パチパチパチパチ……
「イ、イドルさん、誕生おめでとう、ございます……う、生まれるということは、素晴らしいので、わ、私も祝っちゃいます」
ディフモさんが僕を拍手で祝福してくれる。
僕は神殿の最深部であらためて生まれてきたことへの祝福を受けるのであった。
その後、夜明け頃に神殿から出た僕たちは中で見たことを全てハンズさんに話した。
ハンズさんはそれを一言一句もれなく書き記し記録してくれた。
そして、ハンズさんの勧めで僕とマテリアは賢人二人を同行させつつグライフ王国の王都に戻った。
そして、調査結果とホムンクルスが僕であることをグライフ王国の国家元首であるオヴィエル女王に伝えることになった。
「なるほど、あなたがホムンクルスだったのですね。確かに、私の肉体透視魔術で見ても脳がある場所に賢人石がありますね」
報告を聞いた女王様は温厚な口調でさりげなく透視魔術で僕の身体を見ていたことを明かしつつ納得する。
温和な雰囲気の中に鋭い
「それで、イドルさんは人類に関してはどう思っているんですか?」
おそらく僕が人類に敵意を抱いていないかを探っているのだろう。
「同じ世界で生きる、仲間だと思っています」
それはまぎれもない僕の本音であった。
たとえ僕が人間であろうと人間ではなかろうと、同じ世界にみんなもいる以上、他の人の人生をむやみに邪魔したり存在意義を否定してはいけない。
それこそが、僕が破壊神殿の話を聞いて出した結論である。
「わかりました。好意的な感想、ありがとうございます」
女王様は僕の答えを聞いて安心したような笑顔を少しだけ浮かべた。
「では、改めて歓迎いたします。ようこそ、グライフ王国へ」
近くで女王様の護衛に交じって立っていたトトキさんが僕の戸籍票を改めて渡す。
「イドル・イングライフ……」
どうやら、いつの間にかロンリネスから戸籍上でも縁を切られたらしく、姓が「グレートアイ」から出自不明の者に付けられる「イングライフ」になっている。
なお、ロンリネスに戸籍上でも縁を切られたことはそこまでショックではなかった。
そして、戸籍の種族名がホムンクルスになっていた。
どうやら、トトキさんも僕の使用魔術とマテリアから聞いた特徴、そして人間製造釜が見つかった場所から僕がホムンクルスだったことは察していたらしい。
そのため、先んじてこのような戸籍票を作ることができたのだろう。
その後、女王様との謁見を終えて王城を出たときにホムスビさんやディフモさんと解散した。
なお、二人はあと数日くらいは王都に残って観光を行うらしい。
そして、僕はマテリアに連れられて僕たちが初めて出会ったドレドノート広場に向かった。
ドレドノート広場は、安楽会壊滅における最大の功労者とされる騎士でグライフ三大英雄の一人である騎士団員、ドレドノートの名を冠した広場である。
中心部には大柄な体格を忠実に再現したドレドノートの銅像があり、よく待ち合わせ場所に使われているらしい。
この間まではここに来るたびに弱い自分に対するコンプレックスとマテリアへの恋心を刺激されて心が苦しかった。
でも、今はだいぶ大丈夫になってきている。
おそらく、自分への自信がついてきたからであろう。
「イドル、左手を出して目を閉じてほしいな」
僕は指示通り左手を出して目を閉じる。
薬指に何かがはめられる感触がする。
「目、開けていいよ」
僕の指輪には金色に輝くシンプルな指輪がはめ込まれていた。
そして、マテリアの左手の薬指にも同じものがはめ込まれていた。
「これは、結婚指輪……」
マテリアの自作であろうそれは、お互いの指でまばゆく輝く。
「その通り!戸籍も改めてできたことだし、正式に結婚しよっ!」
「……うん!」
そして、僕は改めてプロポーズを受けることになった。
そして、国の役所で結婚届を貰ったのであった。
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