白アリ型魔物の乱入

『セイタンが生まれてから9年後、あらゆる生物を虐げながら愚行を重ねていた人類に天敵があらわれた。そう、アタシのダチで破壊神と呼ばれたセイタンだ』


 その音声と共に、第2ステージの正面壁面が一部光り出し、少年がバースディーと思わる老人にとどめを刺す場面を描いた壁画が浮かび上がった。


 少年は僕とよく似た金髪青眼で、禍々しい角とコウモリの翼を生やして泣いている状態で描かれていた。


『なんと、当時9歳のセイタンが人類最強ともウワサされていたバースディーをブチ殺した。だが、この殺人には訳があった』


 今度は殺害場面を描かれた壁の右隣にある壁に壁画が浮かび上がる。


 そこには、傷ついた幼い男児とそれをムチで痛めつけるバースディーが描かれていた。


『バースディーはセイタンを人間ではなく実験用に作った魔物として扱った。そして、7歳の時の検査で魔術が使えないとわかるなり虐待し始めやがった……』


「まるで……僕みたいだ」


 僕はふと、ロンリネスさんの家にいた時のことを思い出した。


 ロンリネスさんは僕を自己満足を満たすためのペットのように扱い、期待に応えられないとわかるなり僕を虐待し始めた。


 今では破壊神とされるセイタンも、僕みたいに泣き虫で弱虫だった時があったのかもしれない。


 そう思うと、ふとセイタンに親近感を覚えてしまった。


『そして、セイタンは9歳の誕生日に「普通の人間としての要件を満たしていない」という理由で殺処分されることになっちまった』


 誕生日に育ての親から捨てられる点でも、セイタンの話は他人ごとにには思えなかった。


『生命の危機に晒されたとき、セイタンは人類に対して深い憎しみを覚え、それがきっかけで魔術が使えるようになり、身体を自由に変形できるようになった』


 なんで、そこまで一緒なんだ。


 僕も自殺を試みて生命の危機が迫った結果、激しい愛おしさで身体が変形するようになった。


 ここまで経緯が同じだと、もはや僕がホムンクルスなのは火を見るよりも明らかであった。

 



『そして、一番嫌いな相手を殺したセイタンは愚かな人類を10年で皆殺しにする計画を立て、実行に移し始めやがった』

 ドゴオオオオオオン!!


 音声ガイドと共に左側面の壁に壁画が浮かび上がったその時、天井の一部が崩落した。


 天井だったであろうガレキが僕に降りかかるが、ブレシンガに付いていた自動バリア機能のおかげで接触することはなかった。


「こ、これは演出でござるか?」


 咄嗟に火球になって高速移動してガレキを避けたホムスビさんが困惑する。


『ギシシシシィ……』


 虫がさざめくような音が崩落した天井から聞こえる。


「こ、これはもしかして白アリ型魔物……!異常な魔力の集まりを感知してこっちに来たんだ!」


 魔術で瞬間的ににフルアーマー状態になってガレキの落下に耐えたマテリアが原因を推測する。


 ドスッ!


 天井の穴から全長2メトールほどのデカいシロアリのような魔物が落ちてくる。


 間違いない。


 あれは白アリ型魔物の一種で地下に生息するといわれるクリーナーアント。


 今から数百年前に賢人のひとりであるスギカフカさんが枯死した植物を清掃させる目的で作って野に放った魔物である。


 大量に魔力が集まっているところに寄っていく習性があるため、賢人二人と僕がいて地下にあるこのフロアに来たのであろう。


 モデルとなったシロアリとと同じく、10匹ほどの群れで集団行動を行うため、援軍も来ると見ていいだろう。


「ここは拙者に任せて、引き続き解説を聞くでござる!」


 ホムスビさんが自分がクリーナーアントの足止めをすることを提案する。


 マテリアはその提案にサムズアップのみで応えた。


 そして、あらためて僕たちは左側面の壁を見る。


 そこには様々な姿に変形してあらゆる攻撃に対応するセイタンが描かれていた。


『灼熱も、極寒も、真空も、細菌も、セイタンの前では無意味であった。人類は初めて滅亡への不安を強く抱き、彼に「破壊神」の二つ名を送り付けた』


 ボボッ!ボーッ!ボボッ!


 僕たちが解説を聞いている間にも後ろから炎が燃える音が聞こえてくる。


 おそらく、次々と他のクリーナーアントが来ているのだろう。


『知ってるか?人工魔物ベヒモスは人間が破壊神から逃げる時間を稼ぐために作られた魔物なんだぜ』


「……マテリア、僕もホムスビさんに加勢していいかな」


 音声による解説が続くなか、僕はホムスビさんに加勢することを決めた。


 ホムスビさんの実力とクリーナーアントの強さからして、加勢しなくてもいいことは明白だった。


 しかし、破壊神セイタンに関する話を聞いてから、僕はいますぐ証明したかったことがある。


 誰かの役に立つことで、自分が破壊神セイタンとは違うのだということを。


「いいよ、頑張ってね」


『ベヒモスには自分を視界に入れたホムンクルスの闘争心を高めることができるんだぜ』


 マテリアの言葉とナタリスの録音音声を背に受けつつ、僕は翼を生やしてホムスビさんのもとへと向かう。


「イドル殿、共に戦ってくれるのでござるね!」


「はい!僕は人の役に立ちたいので!」


 今、僕たちの目の前には穴から出てきたクリーナーアントが10体ほどいる。


「じゃあ、トドメは拙者が確実に刺すから、何らかの方法でアリたちの動きを止めてほしいでござる!」


「わかった!」


 様々なシチュエーションや用途に使えるのが身体変化魔術のいいところである。


 僕は両腕からツタを放出し、今いるクリーナーアントに巻き付ける。


『ギシシシィ!』『ギシィ!ギシシィ!』


 急な拘束にクリーナーアントたちが困惑する。


「イドル殿、ナイス拘束でござる!可燃物での拘束は拙者の火炎魔術と相性抜群でござる!」


 ボボボッ!バシュ!


 ホムスビが僕の拘束を褒めた直後、クリーナーアントたちはホムスビの火炎球連射によって消し炭になった。


 ツタで拘束した分、クリーナーアントが先ほどのコボルドよりも盛大に燃えていた気がした。



「さてと、これでしばらくは大丈夫でしょ」


 その後、最後まできちんと解説を聞き終わったマテリアが天井の穴を太い金属製の柱を作ることで防いだ。


「いちおう、この柱には軽い魔物避けのエンチャントも付けておいたから破壊神殿の地下にクリーナーアントが来ることすらないはず」


 エンチャントとは、既存の物質や自分が作る物質に魔術によって性質を追加で付与することである。


 マテリアは金属の生成時にこれを併用して行うことで様々な効果を持つ金属を作れるのだ。


「では、次の部屋に向かうでござる!」


 僕たちは解説が終わったときに出現していたであろう下への階段を使い、第2ステージの間の先へと向かった。

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