ロンリネス、醜く足掻く

「なんで……イドルが戦場なんかに居るんだ……?」


 バジーク砦の3階の窓から静かに戦況を見ていたロンリネスが、ついに騎士団陣営の中にイドルがいることを確認してしまった。


「イドルは……こんな場所に出向いて戦えるほどの勇気などないはず……!」


 確かに、18歳になる前のイドルならプレッシャーや戦いへの恐怖で戦場に出向くことなどできなかったであろう。


 しかし、今はちがう。


 マテリアによって生きることを肯定され、ベヒモスやクイーンゴブリンとの戦いを経て成長し自信をつけた彼の心中には、たしかに勇気が宿っていた。


「……認めん、認めんぞ!期待外れの被造物ごときが!騎士団と共に戦うなど!」


 自分よりも下に見ていた存在が、騎士団と共に戦っている。


 その光景は彼のコンプレックスを刺激するのに十分すぎる光景だった。




「報告します!『人間を通さないバリア』の破壊作業が始まりました!外で戦っていた方々も全員逮捕されました!ここからが正念場です!!」


「ああ、ついにこのクーデターが鎮圧されてしまう……」


 騎士団にはバリアの破壊を専門にした部隊がある。


 彼らの手にかかれば高性能バリアキットで作ったバリアも15分程度で壊されてしまうだろう。


 そのことを知っているのは騎士団にも魔道具にも詳しいロンリネスのみである。


「もはやここまでなのか……?」


 ロンリネスは今まで自分がやってきた数々の罪を回想し始めた。


 孤児院の院長に対して行った暴力行為、元養子への暗殺行為、元養子への暴力暴言行為、この人間社会において最大の禁忌とされる行為……


「罪を受け入れれば、俺もイドルよりも立派になれるのかな……」


 ロンリネスは薄々勘づいていた。


 イドルが自分よりも高潔な精神を得ていたことに。


 コクドーに指摘され、戦場のイドルを見た後にそれは確信に変わった。


 ロンリネスは全身を脱力させて壁に寄りかかり、思考を放棄し始める。


 幸い、憂者コクドーは五階で指揮を執っていたため、咎められることはなかった。




「うわっ!ハトが人間に変わった!」


 ロンリネスが脱力し始めた数分後、一階から不穏な叫び声が聞こえてきた。


「まさか、現副団長が……!」


 ロンリネスは騎士団コンプレックスをこじらせていたせいで、騎士団上層部のメンバーと使用する戦術や魔術をきちんと把握していた。


 もちろん、現副団長であるトトキがハトと自分を入れ替える魔術を使えることも知っていた。

 

 ハトは当然ながら人間ではない。


 ロンリネスはトトキがハトをバリア内部に素通りさせた後、位置を入れ替えて侵入したことを即座に理解した。


「なんとかして入口は死守しろ!」


「窓をさっさと閉めろ!」


 砦内の全員が混乱し始める。

 

 残念ながら、トトキの動きを止められるほどの力量を持った者は再建軍の中にいなかった。


 トトキの何回にもわたって入口扉に対して繰り返される突撃と刺突の音がロンリネスに絶望を突き付ける。


「……いやだ、いやだ、いやだ!いやだ!ここで逮捕されたら今までの俺の人生がすべて無駄になってしまう!」


 ロンリネスは養子への暗殺疑惑で逮捕される前はグライフ王国トップクラスの鑑定士として多くの地位と名誉を得ていた。


 しかし、どんな名声もどんな魔道具も夢破れた少年のまま大人になってしまったロンリネスの心を満たすことはできなかった。


「俺は、俺は、まだ騎士団員になっていない!なりたいんだあああああ!」


 そう言いながらロンリネスは懐から逃走用に家から持ち出した『安楽片道切符』を取り出した。




 安楽片道切符。


 それは、かつて存在した史上最悪の悪の組織『安楽会』が作った使い捨て式遠距離ワープ用魔道具である。

 

 キリトリ線がある紙切れのような形をしており、それ千切った人間を最寄りの安楽会の基地へと転移させる効果を持っている。


 最寄り判定される可能性がある安楽会の基地跡はいずれも現在は廃墟となっており、潜伏するのにちょうどよい状態になっている。


 ロンリネスは、罪と向き合わずに醜く足掻く道を選んだのだ。

 

「バリアキットが2つとも壊されてしまったあ!」


 下の階から解放軍のメンバーの悲痛な叫びが聞こえるがロンリネスは止まらない。


 ビリッ


 ロンリネスは切符を破り、魔道具の効果を発動させる。


 瞬く間に効果は発動し、次の瞬間にはロンリネスの身体は廃墟にいた。

 



「なんにもないじゃないか……」


 どこの国にあるのかもわからない廃墟の中でロンリネスはぽつりとつぶやいた。


 その一言が廃墟に対して言ったのか自分に対して言ったのかは、ロンリネス本人ですらわからなかった。

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