クーデター平定編

ハトとクーデター

「俺はなぁ、お前がこの程度の男じゃないって確信しているんだ!いいか、お前は絶対に俺に勝てる!」


「無理だってコクドーくん!……夢か」


 不思議な夢を見た。

 

 僕に剣術を教えた家庭教師の息子であるコクドーという年上の少年に何度も負け、何度もやる気付けられて再戦させられる夢。


 まさに約10年前の現実そのもののような夢であった。


「コクドーくん、元気にしているかな……」


 コクドーは5年前の騎士団入団試験を一発合格後、騎士になった。


 自他の種族や相手の頑丈さなどが分かるという特殊な右眼『憂眼ユウアイ』を持っていた彼は今どんな風に暮らしているのだろうか。


「ん……?おはよぉ……」


 僕の隣で寝ていたマテリアが僕の起床時の一言で目覚める。


 メガネをかけていない寝起きのマテリアもかわいくて愛おしい。


 この家に来て以降毎日マテリアと添い寝しているため彼女の寝起きの顔は何度も見ているが何回見ても飽きるどころかますます好きになってしまう。


「おはよう、マテリア」


 僕は愛しい人にやさしく語り掛けた。




 ドンドンドンドンドドドドド!!

『クルッポー!クルッポー!』


 凄まじい玄関のノック音とハトの絶叫が僕たちの朝食に響き渡る。


「はいはい、そんなにノックにしなくてもすぐ出るから」


 マテリアが玄関にまで行き扉を開ける。


 この家の玄関扉は一種の魔道具になっており、マテリアが扉を開けようとした場合は無条件で開くようになっているのだ。


 

「マテリア!あとイドル!対人戦に特化した装備をしてから今すぐバジーク砦に来てくれ!詳しい話はあとあと!」

『クルッポッポ!クルッポー!!』


 マテリアが扉を開けるなり、いつもの冷静さを失ったトトキさんと異常に興奮しているピンク色のハト数匹が家の中に入って来る。


「わ、わかった」


 僕は勢いに押され承諾する。


「了解!……これはただごとじゃないね」


 マテリアも非常事態の可能性を察知して了承した。 


 




「バジーク砦の場所はわかるよな?わかってなくてもわかったことにしてくれ!」


 あの後、僕はブレシンガを携帯し、マテリアは眼の意匠がある自作の杖『ギガントルッカ』を持ち出して王都の外に出た


「僕はわかるけど……マテリアはどう?」


 バジーク砦は騎士団入団試験の筆記問題でよく題材にされるため、僕は試験勉強の影響でバジーク砦の場所や周囲の地形も知っているのだ。


「金属が採取できる場所以外の土地勘皆無なんだよね……ドドサベル村のときも地図見てから行ったし……」


「じゃあ、僕のあとについてきてね」


「うん、わかった!頼りにしているよ、イドル」


「それじゃあ、もう行くぞ!」

 スタタタタタタタ!!


 そう言うなり、トトキさんは鍛えているであろう足腰を活かした全速力でバジーク砦へと向かっていった。


 僕も翼を生やして空を飛び、マテリアも金属操作の応用で浮遊移動して砦へと向かうことにした。


『クルッポー!』

 突然、先頭にいたトトキさんが魔術で先ほど家に入ってきたようなピンク色のハトを生み出す。


 おそらく、家に入っていたハトもこういう手順でトトキさんが生み出したものであろう。


 ハトはトトキさんの身長と同じくらいの高度でトトキさんよりも速い速度で飛ぶ。


「ハトってあんなに速度出るんだ……今度全身ハトになってみようかな……」


 そんなことをボヤいていた次の瞬間。


「ハトとトトキさんの位置が入れ替わった……?」


「そうそう。トトキは自分が作ったハト型魔物『ファンシーピジョン』と自分の位置を入れ替えることができるらしいよ。しかも、前動作無しで」


 マテリアが僕の後ろで浮遊移動しながらトトキさんの魔術の解説を行う。


 再び前を見るとまたハトを生み出しては自分の前を飛行させ、ある程度距離が離れるとハトと自分の位置を入れ替えていた。


「にしても、どんどん距離をつけられているような……」


「トトキいわく、ハトを前方に飛ばしてある程度距離が出たところで位置を入れ替えるのを繰り返すことで時速100キーロで移動できるらしいよ」

  

 気づけば、僕たちとトトキさんの間にはかなりの距離ができていた。


 やがて、トトキさんは僕たちから見えないくらい先の方へと行ってしまった。




「砦の前に大量の人がいる」


 視界の端っこにバジーク砦が入ってきたとき、僕はその周囲に大量の人がいるのに気付いた。


「騎士団と思わしき人が大量にいる……これ、絶対ただごとじゃないって……」


 普段から付けているメガネ型魔道具の効果で視力が良くなっているマテリアが群衆の詳細を観察する。


「ひとまず、目立たないように移動手段を歩きに変えよっか」


「ほぼ確実にその方がいいよねこれ……」


 僕はマテリアの提案に賛成して着陸したのち翼をしまう。


 マテリアもフルアーマー状態のまま浮遊をやめて地に足を付けた。


 そして、僕たちは足音に気を付けつつ騎士団と思わしき人影のもとに近づいていった。


「おい、今ちょっとピリピリしているので一般人は近づかないでくれ」


 騎士団員と思わしき大柄で鎧を着た男性が僕たちを呼び止める。


「おい、ロバート!ソイツらは副団長が呼んだ助っ人で一般人じゃねえぞ!」


 その騎士団員の先輩と思われる女性が僕たちの素性を説明する。


「すみませんアリーチェ先輩!すみません助っ人さん!」


 騎士団員の男性が腰を90度に曲げて全力で謝る。


「あの、別にそこまで気にしてないので謝らなくても大丈夫ですよ。それで、この騒ぎはいったい……」


 僕はロバートさんに質問する。


「単刀直入に言います!クーデターが!起きてしまいました!」


 ロバートさんが内容にそぐわないであろう大声で何が起きたのかを教えてくれた。


 僕はふとバジーク砦の方に目を向ける。


 よく見たら、国旗とは違う謎の文様の旗が五階建ての建物の上でなびいていた。


「今朝『グライフ再建軍』とか名乗る騎士団員数名含む総員約60名の変な集団が砦を乗っ取って王都侵攻の準備を始めたんだ」


 アリーチェさんが淡々と状況の詳細を説明する。


「なるほどね……トトキはこのクーデターを早々に解決するために私たちをここに呼んだのか……ま、この程度なら協力しちゃおうかな。イドルはどう?」


「僕も、協力する。僕の実力を見込んでくれたトトキさんの期待に応えたいし、マテリアが危険なことをしているのに僕だけ逃げるわけにはいけないよ」


「ありがとう」

 マテリアが鎧を着たまま、僕の頭をなでる。

 

「じゃあ、サクッとクーデター鎮圧しちゃいますか」


「そうだね」


 僕たちは取り戻すべき砦に目を向け、クーデターを鎮圧する決意を固めた。

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