イドルたち、村の伝説になる

「僕、騎士団員が苦戦するような敵を倒せたんだ……」


 僕は、自分がクイーンゴブリンを倒したことが信じられなかった。


 村に帰還して部屋で休むことになっても、それは変わらなかった。


「もしも、もう一度だけ騎士団員になれるチャンスが訪れたらイドルはどうしたい?」


 僕と同じく、壁に背をかけて休んでいるマテリアが問いかける。


「……わからない。今までは騎士にならないと生き続けることはできないって思っていた。でも、色々あってそうでもないってことに気がついたから」


 実家を追放され、魔術が使えるようになり、マテリアと婚約し、養父に命を狙われ、村を救い……


 この数週間の間に様々なことがあった。


 いままでロンリネスさんに教えられてきた常識がすべてではないことをたくさん思い知った


「でも、昔みたいに心身をボロボロにしてまでチャンスを掴もうとはしないと思う。心身をボロボロしちゃったら、またキミが悲しませちゃうから」


 ただ、この世界で一番大切で一番大好きな人を悲しませてまで騎士になろうとは思わない。


 それだけははっきりとしていた。


 ギュッ

「……ありがとう。大好きだよ」


 マテリアが突然僕を抱きしめる。


 大好きな人の匂いと熱が僕を包み込む。


「僕も、……大好きだよ」

 ギュッ


 僕もマテリアを抱きしめ返す。


 戦闘時のフルアーマー姿からは考えられないくらい、マテリアの身体は柔らかく暖かい。


 穏やかで情熱的な雰囲気が相部屋に流れ出す。


 ゴーンゴーン

「夕食の用意ができたので、そちらの準備でき次第、宿屋の外に出てくださーい!」


 雰囲気は夕食完成の知らせで吹き飛ばされた。




 僕たちがクイーンゴブリンの残骸の一部を持ってドドザベル村に帰還したとき、村人たちは大歓声を上げて迎えてくれた。


 どうやら、僕が出発前に作った野菜や果実を食べたことで栄養不足が一気に解消されて元気になり、少しハイになったらしい。


 さらに、帰還後に村人が持っていた農具が半分ほど錆びているのを見たマテリアが新品の農具を作ったことで、人々のテンションがさらに上がった。


 その結果、僕たちの夕食が祭事用の豪華な鍋になり、食事場所が村の広場になってしまった。


「これはこの村一番のごちそう『万物煮込み』です!食べてください!」


 万物煮込みはシチューのような色と山菜の香りを併せ持つ具沢山のスープであった。


 よく見たら、自分の身体から作った野菜も具材として鍋の中に入っている。


「おいしい!山菜をアクセントに滑らかに煮込まれている!いいね!」


 先に味わっていたマテリアが味の感想を述べる。


 僕は期待を胸に万物煮込みを口に入れた。


「こ、これは!」


 期待通りだった。


 王都のような大都市にいてはめったに味わえない大胆不敵な山菜の刺激。


 それを包み込むかのように口に浸透していくクリーミーなスープの感触。


 相対する二つのものが共存する斬新な味わいは、日常の中にある非日常である祭事に出されるにふさわしいものであった。


 味わうこと自体に罪悪感を感じるほどに、その料理は絶品であった。




「本当に本日はいろいろとありがとうございました!今日のことはこの村の伝説として語り継いでいこうと思います!」


 食事後、ジョヤさんが沈む夕日に背を向けつつ僕たちを伝説にすることを告げた。


「あ、ありがとうございます……」


 自分が伝説にされたことがないので、僕は少し困惑しつつ感謝した。


 そんな時、村の入口の方から足音が聞こえてくる。


「あれ、今は祭りをやっている時期ではないのになんで……」


 そこにいたのは国家騎士団の副団長であるトトキさんであった。


「おお、イドルとマテリアもすでに来ていたのか!それはそうとこの騒ぎはいったい……?」


「なんか、僕たち伝説になっちゃったみたいで……」


「その言い方ではなにもわからん。もっと具体的に教えてほしい」


 ごもっともである。


「ちなみに私は、食糧不足と魔物駆除と農具改善を解決するために派遣された」


「あ、それ全部私たちが日中に解決しちゃった……」


「……え?」


 マテリアの発言を聞いてトトキさんが困惑する。


「……なるほど、だからお祭り騒ぎになっていたのか。理解した。まあ、問題が解決したならそれでいいか」


 しかし、さすがは副団長と言うべきか。


 すぐに冷静さを取り戻し、ついでに祭り騒ぎの原因まで即座に理解していた。


 こうして、僕たちは村の伝説になったのであった。




 後日、ドドサベル村にはジョヤさん以上の実力者がいないことがトトキさんの調査で発覚。


 その結果、国家騎士団の駐在所が設けられ、常に騎士団の人間一人が村に常駐することが決定した。

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