ベヒモス倒せたね!

「ねえねえ、今から少し気分転換に王都の外にお出かけしてみない?」


 18歳の誕生日を迎えてから数日後、僕は少しだけ前を向けるようになった。


 『死にたい』という感情もマテリアと暮らしているうちに和らいでいった。


 そんなある日、マテリアが外出を提案してくれた。


「うん、いいよ」


「やった!じゃあちょっと準備してくるね」


 そう言ってマテリアはクローゼットから肩アーマーがついた黒いロングコートを取り出し、装着した。


 ロングコートを着たマテリアは、まさに魔術研究家といった感じですごくオシャレでカッコよかった。


「マテリア、かっこいいよ」


「そういうキミもいつの間にか耳飾りしていてカッコよくなっているね」 


「……ありがとう」


 僕もマテリアがコートを羽織っている間に僕も耳飾りをし、外出の準備を進めていたのだ。


 ちなみに、この耳飾りは昨年の誕生日にマテリアからもらったものである。


 見た目の質素さに反して『装着者の再生力を強化し、傷の治りを早める』というすさまじい装着効果がある。


 その後、僕は護身用にブレシンガを腰に携帯して自分の外出準備を完了させた。


「じゃあ、行こうか」


 家のドアが開き、僕たちは外に出た。



「この辺、だいぶ整地が進んでいるね。1年前まではこの辺大きな岩だらけだったのに今じゃまな板みたい」


 僕たちが散歩の対象に選んだのは王都の南側にある平原であった。


 数年前までは岩だらけで少しデコボコした場所だったのだが、今では王都を拡張するための事業によって平坦な土地と化している。


 おそらく、数か月後には基礎工事が始まるだろう。


「にしても、全く魔物がいないね。やっぱり、色んな冒険者たちが整地手伝ったからビビッて出てこなくなったのかな?」


「魔物って人間がある程度いる場所には近寄ってこない習性があるから、多分それで近寄らなくなった……って僕は思う」


「なるほどね……人間の強弱関係なく人間そのものを避けているということか……」


 マテリアが僕の仮説を吟味しつつ、一定の歩みを進めていく。


 しかし、その歩みはある時を境に急激にスピードアップしていく。


 僕も走って彼女の駆け足についていく。


 やがて、マテリアは立ち止まり、地面を見る。


 そこには、錆びた金属製の正方形の箱型魔道具が開いた状態で落ちていた。


「すさまじい錆び具合、装飾の雰囲気、特異な形状……少しやっかいなことになっている可能性が高いね」


 マテリアがしゃがんで観察しながら、不穏な言葉を口にする。


「マテリア、この魔道具は一体……」


「これは、ほぼ確実に魔物を封印するために作られた魔道具。しかも作られてから約3000年が経過している上につい最近まで魔物を封じていた形跡まである」


 そうマテリアが言った直後。


『バオオオオオオン!!』


 場違いな獣の叫びが平原に響いた。


 


 叫び声がした場所の近くに行ってみると、岩を除去する過程でできたであろう穴の中に血管が全身に浮き出た真っ赤なゾウのような魔物がいた。


 僕は急いで一対の翼を生やし、マテリアは全身に金属装甲を形成して臨戦態勢に入った。


 僕はこの魔物の名前を知っている。


 昔、家にあった人工魔物図鑑に載っていた『ベヒモス』の挿絵と姿かたちがほぼ一致している。


 人類を脅かす脅威に対抗するべく作られたとされるそれは、人類の天敵はいないとされる現代にはおおよそふさわしくない存在であった。


「マテリア、この魔物多分ベヒモス!」


「なるほどね……なら大丈夫か。ちょっと今から私ひとりで駆除してきていいかな」


 ベヒモスは決して弱い魔物ではない。

 

 数年前に発掘調査の影響で復活した際には考古学者4人がかりで仕留めないといけなかったくらいだ。


 しかし、それと同時にマテリアも決して弱いわけではない。


 むしろ人類最強クラスだとも噂されているくらいだ。


 ここはマテリアに任せるのがセオリーだろう。


「あの、もし足手まといじゃなかったら僕も一緒に戦ってもいいかな……」


 しかし、穴から這い上がろうとするベヒモスを見た僕はなぜか戦意が沸き上がり始めてしまった。

 

 今までは騎士団入団試験の実戦試験ですら怖かったというのに。


 これは今までの自分を変えるいいきっかけなのかもしれない。


 そう思って僕はベヒモスの駆除に参加することを決意した。


「もちろん!私は戦闘訓練とかしたことないからさ、むしろキミが居てくれたら心強いくらいだよ!」


 マテリアは僕が戦闘に参加することを喜んで認めてくれた。


「じゃあ、頑張ろうか!」


「……うん!」


 僕は鞘からブレシンガを抜き、マテリアはトゲ付きの巨大鉄球を複数生成して空に浮かべた。


『魔物の存在と抜刀を確認しました。ブレシンガ、戦闘態勢に移ります』


 ブレシンガに搭載された音声ガイドが戦闘の開始を告げる。


 ベヒモスの駆除が、始まった。




『バオオオオオン!!』


 ベヒモスがゾウのような叫びを上げながら僕たちに突っ込んでくる。


 マテリアは巨大な鉄の壁を一瞬で生成し、見事にそれを防ぐ。


 そして、空に浮かべていたトゲ鉄球をベヒモスにぶつけ、弱らせていく。


『この魔物には脳に相当する部位が頭部に存在します。そこを攻撃すれば致命的ダメージを期待できるでしょう』


 突進を回避するときに空に飛びあがった僕に、ブレシンガがマテリアに少し似た声でアドバイスをしてくれる。


「わかった。……行こう」


 僕は今いる高度から急降下し、そのままベヒモスの頭にブレシンガを突き刺し、引き抜いた。


 グサッ!!グショ!!


『バオオオオオン!!バオオン!!』


 再び滞空した僕が見たのは額から血を流しつつもまだ息絶えぬベヒモスであった。


『おそらく、この魔物の頭部は脳を脂肪で守っていたのでしょう。次はもっと奥まで突き刺す必要がありそうですね』


 ブレシンガが攻撃の結果を冷静に分析しつつ、自らの刀身を少し伸ばす。


 マテリアいわく、ブレシンガには人工の知能が搭載されているらしく、状況に応じて自ら形を変えるらしい。


 一方、ベヒモスは痛みに激怒するかのように思いっきり地団駄を踏み始めた。


 ドシン!ドシン!


「マテリア!!」


 空中にいても少し伝わる振動を感じ、僕はとっさに地上にいたマテリアの心配をする。


「心配ご無用。実は私も金属操作魔術の応用で空を飛べるんだ」


 なんと、マテリアはすでに地上にはおらず、何らかの魔術で僕と同じ高度で鎧姿のまま浮いていた。


 知らない技術で得意げに浮遊するフルアーマーのマテリアはカッコよくて、僕はときめいてしまった。


「すごい……後で原理教えてほしいな」


「いいよ!じゃあ、そのためにもそろそろ赤いゾウさんにトドメさしちゃおうか!」


 気が付けばベヒモスはマテリアが作ったであろう巨大トラバサミに足を挟まれており、身動きが取れなくなっている。


 今のうちにとどめを刺すべく、僕はさらに空高く舞い上がった。


『さあ、あの魔物に思いっきりワタシを突き刺してください!』


 ブレシンガの音声ガイドも心なしかテンションが高くなる。


 僕は落下の勢いを付け、落下の衝撃を緩和するべく翼をさらに二枚背中から生やす。


 そして、ベヒモスの額に急降下し、ブレシンガを思いっきり突き刺した。


『バオッ……』


 今度は脳をちゃんと突き刺せたらしく、ベヒモスは断末魔をあげる間もなく力尽きた。


 ベヒモスの遺体は両方の牙を残してすぐに蒸発していった。


 これは、ほとんどの魔物に共通する特徴である。


 魔物は身体を維持していた魔術が解けることで一部分を残して身体が消滅するのだ。


 その後、ベヒモスの出現を察知してやって来た国家騎士団の皆様が牙の処理と謎の魔道具の調査をし始めたので、僕たちは家に帰ることにした。

 

 


「イドル、ベヒモス討伐おめでとう!」


 帰り道、マテリアが僕に笑いかける。


「ブレシンガを使って戦うキミ、すっごくカッコよかったよ」


「ありがとう……でも、マテリアもカッコよかった。まさか空を飛べてあんなに強いなんて思っていなかったから、戦闘中なのにドキドキしちゃった」


「そっか、キミもドキドキしちゃったんだね。ちなみに、あれは全身の鎧を自分ごと金属操作魔術で浮かせることでやっているんだよ!」


「応用力すごっ!」


「だって私、屁理屈得意だからね。そうだ、手つないでもいいかな?そうすればさ、今感じているドキドキも収まるかなって……」


 まあまあ無理のある屁理屈で手をつなぐことを求めてきたマテリアの右手を、僕は左手で慎重かつ優しく握った。


「……いいよ。僕もドキドキしていたから」


 その後、僕たちはさらに強まったドキドキを感じながら自宅へと帰っていった。

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