誕生日おめでとう
「なりたかったな……騎士団員」
イスに座った僕は目の前にあるフルアーマーの鎧を見て、自分の中にある未練をつぶやいた。
あれから僕はマテリアに連れられて彼女の自宅に滞在することになった。
マテリアの自宅は半ば倉庫と化しており、彼女が自分の魔術で作った多くの金属製品があった。
そして、その中には騎士団員が着るようなフルアーマーの鎧もあったのだ。
この国の国家騎士団の入団試験はどんな人間であろうとも一生に最大3回までしか受けることができない。
なぜなら、試験は年に一回、15歳から17歳までの少年少女を対象に行われるからである。
だから、18歳の僕にチャンスはもう二度とこない。
魔力を持たぬものは騎士団員にならないと搾取され続けて一生が終わる。
「イドル、大丈夫……?いっぱい涙出てるよ……」
マテリアが涙目になりながら僕の顔を覗く。
気づいたら、自分の両目から沢山のしずくが流れていた。
「……ごめん。騎士になれなかった自分が情けなくて泣いていただけだから」
情けない。
自分の情けなさで泣いてしまう自分が情けない。
「……イドルはさ、どうしてずっと騎士団員になりたがっていたの?」
マテリアと出会った時、僕はすでに騎士団員になろうとしていた。
でも、その理由は今日まで教えていなかった。
それは、あまりにもエゴイストな理由だから。
「ロンリネスさんが言っていたんだ。『魔術が使えない人間は騎士団員にならないと搾取されるだけの人生が待っているから騎士団員になりなさい』って」
「……そっか。他にも理由があったら教えてほしいな」
「ない。より良く生きるために目指していたんだ……使命感とか、憧れとかは特にない。ただ、強迫観念で目指していただけなんだ」
ああ、自分が醜い。
憧れとか使命感といったちゃんとした理由なんかじゃなくて、ただ自分が有利になりたいというなんとも自分勝手な理由。
なぜか両目から流れ落ちて止まらない涙すらも醜悪に感じる。
それでも、マテリアは僕の背中をゆっくりとさすってくれた。
「イドルはえらいよ……自分がやりたいわけじゃないことでもきちんとやろうとするの、すごくかっこいいよ。飽きっぽい私はそういうの絶対にできないから」
「……ありがとう」
「そうだ、さっきの搾取うんぬんの件についてなんだけど、それに関してひとつ見せたいものがあるんだ」
僕の目からしずくが止まった頃、マテリアがそう言いながら黄金色に輝く片手剣を取り出した。
市販ではまず見かけない正方形を基調とした特徴的なデザインからしてマテリアが金属生成魔術と金属操作魔術を用いて作った自作の品だろう。
金属光沢のすさまじさから使用せずともその切れ味が視覚的に伝わってくる。
「実はね、魔力がなくても魔術が使えるようになる魔道具ってけっこうあるんだよ。例えば、この自作剣型魔道具『ブレシンガ』がまさにそれだね」
「でも、ロンリネスさんが『そういう道具は現代の魔術では作れない上に残っている量も少ない』って……」
むかし、家庭教師による騎士団員になるための特訓が嫌でロンリネスさんに『魔力がなくても魔術が使えるようになる魔道具』の有無について聞いたことがある。
結果、上記のような答えが帰ってきて『騎士団員になる以外に救いはないのです』と家庭教師に結論付けられた。
「確かに、そういうタイプの魔道具は流通量は少ない。でも、キミの養父が思っているほど希少ではないし、私以外にも作れる人はいるんだ」
「えっ、じゃあロンリネスさんが言っていたことって……」
「多分、キミを騎士にしたいためについたウソなんじゃないかな。まあ、仮に事実だとしても私がそういう魔道具を作ればいいだけの話なんだけどね」
そう言ってマテリアに自信満々に胸に手を当てる。
「と、いうわけでこの剣はキミにあげるよ。この剣はキミへの誕生日プレゼントにするために作ったものだから」
マテリアがブレシンガを専用に作ったであろう優雅かつ機能的なデザインの鞘に入れながらそんなことを言った。
「ありがとう。これからは、この剣にふさわしい人間になるために頑張るね……」
「そっか。……キミはもう十分ブレシンガにふさわしい人間になれていると思うよ」
マテリアが優しく笑って僕を肯定する。
こんなに心が休まったのは人生で初めてかもしれない。
今までずっと騎士になるよう養父に脅迫され続けたから。
「あ、それともうひとつキミに伝えておきたいことがあるんだ」
そう言った後、マテリアが魔術を発動させ、僕の頭上に鋼鉄のくす玉を作り出した。
「誕生日、おめでとう。……生まれてきてくれて、ありがとう!」
くす玉が割れ、金箔が舞い散る。
ロンリネスさんは誕生日を祝おうとしなかった。
僕は初めて、自分の誕生を肯定された。
僕の両の目から水滴が出てきて止まらなくなる。
自分がこの世界に生まれてきたことを肯定されたことが、すごくうれしかった。
マテリアが僕に飛びつき、思いっきり抱きしめてこう言った。
「イドル、大好きだよ!」
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