第2話
「さぁ、冒険の始まりよ! 王国中の転生者どもを探して駆逐するのよ! 異世界転生クソくらえ!」
「異世界転生クソくらえー!」
エルドランド王国の南東の端、片田舎のカウ村は朝の牧歌的な空気に包まれていた。
だがそんな牧歌的な光景に似つかわしくない声を上げている集団がいた。
アンと仲間たち。通称、カウ村の悪ガキどもだ。
過去の出来事から異世界転生者に深い憎しみを持つアンは、仲間たちとともに村を出て、異世界転生者を倒して回る冒険に出ると決意したのだった。面白そうだと乗り気のウォード、クライス、ミラ、リッタ、4人の仲間たち。
だが仲間の一人、ケンだけは頭を抱えていた。
「ねぇ、本気なのアンちゃん? 皆もさ。冒険に出るなんて、親が許すわけなくない?」
「む、それもそうね」
ケンの言葉に、振り上げていた拳を下ろすアン。悪ガキ集団のリーダーらしく、堂々と仲間たちに告げる。
「皆、今すぐ家族に別れの挨拶を済ませておきなさい。長い旅になるだろうからね。最後の時間をしっかり過ごしておくこと!」
「アンちゃん、僕の話聞いてた? 絶対おじさんたちに怒られるって」
「だ~いじょうぶだって♪ クソ転生者どもを倒す旅よ? お父さんもお母さんも笑って送り出してくれるわよ!」
「いや、どこからそんな自信が……」
「じゃあ皆っ、お昼前に秘密基地に集合! あ、その1ね? 森の方!」
おーっ、と仲間たちが勇ましくそれぞれの帰路につく中、ケンはやはり頭を抱えるのだった。
「はぁ……叱られるにしても、せめてほどほどでありますように……」
そして、アンの家、その農地で収穫をしていた両親の返答は……
「何言っているんだ、駄目に決まっているだろ」
ケンの予想通り、取り付く島もないものだった。
「ええーーーーーーっ!?」
「やっぱりね……」
アンの父は麦の収穫をしつつ、淡々と娘を諭す。
「遊ぶなら森までにしろと、いつも言っているだろう? そら、アンも収穫を手伝え。ケンも手が空いていたら手伝ってくれないか?」
「あ、はい、おじさん」
「ちょっとお父さん、真面目に聞いてよ! 真剣な話なんだから!」
「真剣な話なら、なおさら許せないわよ、アン」
アンの母が麦穂でいっぱいの荷車を押しながら、ため息をつく。
「麦の収穫が終わっても牛の世話だってあるし、他の野菜もまだまだ手がかかるの。これから忙しくなるって時に、わがまま言うんじゃないわよ」
「し、仕事は、ちゃんとやるけど……けどさ……」
「まったく、ただでさえ野菜の値段が下がって、ウチは苦しくなる一方だってのにさ……」
「そ、それだよ!」
アンの大声に怪訝な顔を向ける母。
「行商のおっちゃんの話だとね? いま色んな土地で新しい野菜が出回ってるんだって! なんか、すっごく簡単に、大量に作れるヤツ! それ、異世界転生者が広めてるらしいの! そのせいで野菜の値段が下がってるんだよ!」
アンは拳を握りしめ、視線に力を込める。説得の材料を得てやる気に満ちているようだ。
「ね? そんな余計なことするなんて許せないでしょ!? だから私は転生者どもを国から追い出そうと、」
「アン、それは違うぞ」
父の静かな声に、アンの言葉が止まる。おずおずと父を振り返るアンは、お説教の気配を察知し、身構える。
「……アン。他の人たちが自分よりも豊かに見えるからといって、それを邪魔することは、違うぞ。それは正しくない行いだ」
「じゃ、邪魔するとか、そういうんじゃなくて……」
「良い野菜があるならウチもそれを作ればいい。便利な物があるならウチも使えばいい。ただそれだけのことじゃないか。アン、お前は他人の足を引っ張って楽しみたいのか?」
「……ち、違う。そんなこと、ない」
父はアンに振り返り、にっこりと笑う。苦労が顔に刻まれた、しわの濃い笑顔だ。
「なら、収穫を手伝ってくれるな?」
「…………うん」
渋々と頷き、麦穂を狩るアン。両親は微笑みを浮かべ、ケンはホッと息を吐くのだった。
太陽が一番高く昇った頃、どの家も昼休憩に入る時間に、アンと仲間たちは森の中の古い狩猟小屋、彼らが『秘密基地その1』と呼んでいる場所に集まっていた。
集まっている面々の表情で、彼らが家でそれぞれにどういう話をされてきたのか、察せられる。
「皆、集まったわね。家族との話は……」
「アンちゃん、皆の顔を見ればわかるでしょ?」
「くっ……!」
「ま、お察しの通りだったぜ」
大柄な少年、ウォードが手を挙げる。彼の家は村唯一の鍛冶屋だ。
「冒険に出るぜ、つったら即ゲンコツが飛んできやがった……あのジジイ、いつになったら大人しくなるんだ?」
「ウォードん家の爺さんなぁ……まぁ、一人残された孫だから、大事にしてんじゃねぇの?」
「けっ、あのジジイがそんなタマかよ! どうせ人手が減ることが嫌なだけだぜ!」
「そう言うクライスはどうだったの?」
痩せぎすの少年、クライスは肩を竦める。彼の家は農家だ。
「俺ん家もアンのトコと似たようなものだったよ。収穫がどうの弟たちの世話がこうの、ってね」
「あははっ、クライスがお兄ちゃんってなんか笑えるね!」
「どういう意味だよリッタ!」
「え~? なんかぁ、いっつもコソコソしてたり頼りなさそうだったり? ウォードの方がお兄ちゃんっぽい」
「俺は頼り甲斐があるってか? 見る目あんなリッタは!」
「チョーシのってっと落とし穴の刑だぞリッタ~~!」
「きゃ~~♪ ふしんしゃ~♪」
「はいはい騒がないの馬鹿ども! じゃあ、リッタはどうだった?」
「アタシもダメって言われたよ姐御!」
仲間たちの中で一番小さな少女、リッタが元気よく手を挙げる。彼女の家は宿屋だ。
「ウチは別に、あんまり忙しくなったりはしないし、ライラ姉がお手伝いするからアタシはいつもお仕事しないんだけどぉ、なんか父ちゃんが、危ない遊びはダメって言う」
「ん~、あ~まぁ、そうよねぇ……リッタのお父さんが許すわけは、なかったわよねぇ……」
「宿屋のオヤジさん、ぶっちゃけリッタが俺らと遊ぶのも良い気はしてなさそうだもんなぁ」
「アンみたいな悪ガキになっちまうって心配してんじゃねぇの?」
「あんたら、自分のこと棚に上げすぎじゃない?」
「まぁでも、いざとなったら家出しちゃえばいいよ、姐御!」
「い、家出は……う~ん……と、ところでミラはどうだった!? さっきからずいぶん静かだけど!」
スタイルの良い美人のミラは、ビクッと肩を跳ねさせる。彼女は村長の娘だ。
「え、えーっと、そのぉ……じ、実はですね、アン……」
「な、何? やけに歯切れ悪いじゃない。何かひどいこと言われたの?」
「い、いえ、言われてはいないというか、何も無かったというかぁ……」
皆の視線を集めてしまい縮こまるミラ。そんな彼女に、ケンが助け舟を出す。
「ミラ、大丈夫。僕だって上手くいきっこないって分かっていたんだから、君も分かっていたんでしょ?」
「う、うぅ……はい、あの、冒険に出るなんて許されるはずがないと思い……父にも、母にも、話していません……」
「ええーーーーーーっ!? さっきはミラだってノリノリだったじゃない!」
「れ、冷静になったら、叱られるのが怖くなってしまって……」
「だ、だからって、」
「まぁまぁアンちゃん、ミラは何も悪くないよ」
アンをなだめるケンに続いて、ウォードもクライスもリッタも、ミラに同情的な言葉をかける。
「あの村長さんだもんなぁ。ウチのジジイばりにいかつい身体つきしてんだもん」
「あれで怒鳴られたら、マジでビビるっつーか、なぁ?」
「ミラは将来村長さんになるんだよね? 大変だね?」
「うぅ、皆ありがとう……不甲斐なくてごめん……」
仲間たちが諦めムードになったのを見て、ケンはアンを諭すターンに入る。
「……ね、アンちゃん? 現実が分かったでしょ? 僕らはまだ子供、親に反対されたら何もできない半人前なんだよ」
「くぅ……で、でもぉ……」
「それとも、リッタが言ったように家出する?」
「っ!」
ケンの言葉にハッと顔を上げるアン。小さなリッタを見て、そしてケンを見る。
「……そんなこと、できるわけないじゃない。家出なんて、そんな、逃げ出すみたいな……」
アンはぐっと拳を握る。自らの握り拳を見下ろすアンの目には、あの情熱の炎が灯っていない。
「私たちは、悪いことをしに行くんじゃない。家族に認めてもらって、笑顔で送り出してほしいのよ……」
「ん、ん~……転生者を倒す旅が善か悪かは、今は置いといて……」
ケンはコホンと咳払いし、説教を締めくくりにかかる。
「とりあえずさ、今は国中のことはアンちゃんには荷が重すぎるから、ひとまず村の周りくらいで留めておこうよ。これまで通り、皆で転生者から村を守る、でいいんじゃない?」
「………………はぁ」
アンはため息を一つこぼすと、立ち上がり、仲間たちを見渡した。
「とりあえず、冒険のことは保留。家族を説得できる良い方法を考えるから、皆も何か思いついたら言ってよね……それじゃ、解散」
アンの力ない宣言に、仲間たちはそれぞれ席を立つのだった。
魔族領、城の最上階、皇女の私室は、暖炉の暖かな熱と灯りが染みわたっていた。
その火の前、汚れてはいるものの優美な彫刻がなされた小さな丸テーブルを挟んで、同様に優美な椅子に腰かけた二人の人物が紅茶を飲んでいた。
魔族の皇女ユリアと、異世界転生者の男ジョウゴだ。
「落ち着いたみたいだね、ユリアさん」
ユリアはカップを下ろし、穏やかな声で返す。
「……はい。お待たせしてしまい申し訳ございません、ジョウゴ様」
「いいんだよ。焦るようなもんじゃない」
ユリアの対面に座っているジョウゴは、口角を上げて応じる。
「よーく考えて、冷静な気持ちで、しっかりと計画を立てる。どんなことでも、それが大事だと思うよ。復讐なら尚更さ」
彼自身は笑顔を浮かべているつもりなのだろうが、その目はまばたき一つせず、真っ直ぐにユリアに向けられている。
ユリアには、そしてそばで控えている侍従長にも、ジョウゴが笑っているようにはまるで思えない。
彼の異常性を認識し始め、侍従長は渋い顔になる。
だがユリアは、彼の表情よりも、溢れるほどの膨大な、そして邪悪な魔力よりも、彼の言葉とその思想にこそ感銘を受け、信頼しているのだ。
「ええ、ジョウゴ様。本当に、貴方の仰る通りです。冷静になって、よく分かりました」
ユリアは笑顔を浮かべる。ジョウゴとは違い、花が咲くような、美しい笑顔だ。
「どうしてわたくしは、人間などという汚物を恐れていたのでしょう」
暖炉の火がユリアの言葉に呼応して、勢いを強くしていく。
「みだりに傷つけてはならない、むやみに殺してはならない。お父様はそう仰っていましたが、それは相手が敬意を払うべき存在だからこそ」
「で、殿下……?」
ユリアの笑顔が、暖炉で燃え上がる炎に照らされる。
「あれらに払う敬意などありません。汚物はきちんと掃除しないといけませんよね」
「で、殿下っ、落ち着いてっ! 火がっ!」
ジョウゴはゆったりと椅子の背もたれに寄りかかる。暖炉から距離をとっているのは、火が熱いからなのか。
「大丈夫だよ侍従長さん。ユリアさんのこれは、やる気というか闘志というか……文字通り『燃えてる』ってヤツだよ、多分」
暖炉の火が勢いを弱め、炎が消えて熾火の状態になる。真っ赤な薪の熱が室内を適温に保つ。
「ええ、心配しなくてもいいわ、ベルナール。わたくしは冷静です。怒りに我を忘れたりなどしません」
「は、それは……いらぬ心配でした。申し訳ございません」
おずおずと頭を下げるカエル頭の老魔族を、ジョウゴは軽く目を見開いて見下ろしていた。
(侍従長さん、ベルナールって名前だったんだ。名前負けっていうか……ぶっちゃけ似合ってないな)
「それで、ジョウゴ様」
「あ、あぁはいはい。なぁに、ユリアさん?」
ユリアはカップを持ち上げ、静かに紅茶を一口飲む。
「……わたくしの気持ちの整理も済んだところで、そろそろ……始めたいと思うのですが」
「……わかった。それじゃ、作戦会議だね」
ジョウゴはニヤリと笑い、紅茶をひと息に飲み干すのだった。
「おぉ、侍従長さん絵上手いねぇ」
「はぁ、まぁこの程度、褒められるほどのことではありませんが……」
紅茶が片付けられた丸テーブルの上に、大判の羊皮紙が広げられている。
そこに侍従長が指を向けると、指先から小さな光の粒が飛び、図形が描かれていく。
「これが魔法ってヤツ? 便利だねぇ。ペンもインクもいらないじゃん」
「そんなもの本来我々魔族には不要な物です。私も含め、魔族は種族ごとに身体の造りの差が大きいですからな」
侍従長は空いている手を挙げて、握っては開く。それはまさしくカエルの手だった。
「なるほど、その手じゃペンは握れないわな」
「そもそもわたくしたちにとって、道具も家具も、基本的には装飾品に過ぎません」
ユリアが片手を挙げる。上に向けられた手の平に、小さな炎が沸いた。
「暖をとりたければ火を出し、暑ければ風を起こし、物を取りたければ自分の下に引き寄せればいい」
もう片方の手を挙げる。そこからは小さな稲光のような、電気が発生した。
「もちろん得意不得意もありますから、便利な道具を使うことはあります。ですがわたくしたちにとっては、魔法が大前提で、道具の方が不便なら使うことはありません」
「なるほど。歩いたり立ったり、なんなら呼吸と同じようなレベルで魔法が当たり前なんだ」
「その通りです」
侍従長の手によって羊皮紙に描かれる図形。それは次第に意味の分かる形になっていく。広い荒野とそこに走る一本道。その先に立ちふさがる壁。
「そもそも魔法とは人間たちが使う言葉で、わたくしたちはこの力に名前など付けておりませんでした」
「そうなんだ?」
「はい。魔族が使う不可思議な技法、故に魔法と、そのような由来だそうです。数千年前、神話時代の伝説ですが」
ユリアが炎と雷を放つ手を掲げると、どちらも消え、光の粒が舞った。
「わたくしたちが精霊の力を借りて行使するこの力を人間たちが真似て、独自に発展させていったものが、魔術。彼らが用いる、魔法とは似て非なる技術です」
「へぇ、魔法と魔術って別ものなんだねぇ。いいな、そういうの。なんかワクワクしてくる」
ジョウゴの珍しい、少年のような笑顔に、ユリアは頬を染め、微笑ましく見つめる。
「精霊の力を借りる私たちとは違い、人間たちは魔力、自らの身体に宿った力のみを使います」
侍従長は鼻で笑って人間をこき下ろす。
「故に、奴らは魔力切れなどという哀れな状態に陥ることもあるらしいですぞ? はっ、まったく下等な生き物ですな」
「ふふっ、弱き者を笑ってはいけないわ、ベルナール。たとえゴミ虫でも、一生懸命に生きているのだから」
ユリアは彼をたしなめるが、人間はゴミ虫扱いだ。
「それに、筋力や思考力と同じように、魔力も才能や努力によって個体差があります。人間にも強大な魔力を持つ者がいるのです」
「あぁ、ユリアさん、俺にすごい魔力がある的なこと言ってたよね?」
ユリアはジョウゴに向き直る。
「ええ。ジョウゴ様の魔力は、これまでわたくしが見た誰のものよりも……人間、魔族問わず、誰よりも膨大な量です」
ジョウゴの身体から溢れ出している魔力。彼女の目にはそれが黒い霧のように見え、絶えずジョウゴから湧いているように見えている。
「それに、その……大変申し上げにくいのですが……ジョウゴ様の魔力の質は、とても、禍々しく感じられて……」
ユリアは自身の震える手を握る。
「いったいどのようにして、それ程の魔力を得たのでしょうか?」
「いやぁ、前にも言ったけど、生まれつきなんだよねぇ」
ジョウゴはユリアから視線を逸らす。窓の外を見ているようだ。
「まぁでも、確かに成長はしてるなぁ……強いて言えば、信じる力、かな」
「信じる力……?」
「そ。信じる力が、俺自身を強くした、みたいな?」
「まぁ……」
ユリアはまたしても頬を染め、ジョウゴをボーっと見つめている。侍従長は渋い顔だ。
(殿下、目をお覚ましください……ジョウゴ殿は明らかにはぐらかしておりますぞ……!)
「んで、侍従長さん、そろそろ描き終わったかな?」
「え、ええ! お待たせいたしました」
侍従長が羊皮紙に描いていたものは、見取り図。
魔族領とエルドランド王国の境界にある王国の監視砦を見下ろし、内部の構造を詳細に示した図だった。
「ん~、わかりやすいねぇ。さっすが侍従長さん、仕事できる~」
「ふ、ふふ、諜報は私の得意とするところですからな。かつては皇帝陛下直属の諜報部隊を率いて……」
「さて、そんじゃ改めてユリアさんの復讐計画だけど」
ジョウゴは指を一本立てる。
「まず、今回は計画の第一歩目であること。そこはしっかりと共有しておこう」
「もちろんですわ。砦の者どもを殺す程度で済ませるはずもありません。わたくしを穢した王都の連中、何なら人間すべてを根絶やしにして、ようやく気が晴れるかもしれませんもの」
「はは、まぁ最終的な落としどころは変わるかもしれないから、おいおいね。目標としては王都を目指す、と。んで、まずは外への道を開く為に砦を襲撃するわけなんだけど……」
ジョウゴの指が砦の中央、尖塔の内部を指す。
「ぶっちゃけ、この程度ユリアさん一人で難なく攻め落とせちゃうでしょ?」
「でしょうな。殿下の魔法の才は帝国随一です。特に炎と雷の精霊との親和性は歴史上でも指折りでしょう」
侍従長が褒めちぎるが、ユリアは俯いて、握った拳を小さく震わせる。
「で、ですが……わたくし、戦いなど初めてで……少々不安が……」
「あぁ、それは当然だね。大丈夫だよ、俺も一緒についていくから」
「ジョウゴ様……!」
ユリアはパッと顔を上げ、ジョウゴを見上げる。ジョウゴは相変わらずの不気味な笑顔だ。
「まぁ前にも言った通り、復讐はユリアさん自身の手でやってもらうのが良いから、あくまで俺は手伝いね。飛んでくる火の粉を払う程度で」
そこでジョウゴはパシンと手を叩く。
「で、ユリアさんにお願い」
「お願い……?」
きょとんと首を傾げるユリア。ジョウゴは、声だけは穏やかに言う。
「今回はユリアさんのデビュー戦なんだし、ここは一つ派手にいこうと思うんだ」
「は、派手に……?」
「そう。もちろんユリアさん自身がスッキリやり返すのが前提だけど、その上で、ド派手に砦を潰してやろう」
侍従長も首を傾げる。
「それは、どういった意図で?」
「これはね、ユリアさんのお披露目なんだ」
ジョウゴが両手を広げる。
「皇女サマ大復活! 帝国民たちよ、もう俯くのは終わりだ! 今こそ立ち上げれ!」
と、若干恥ずかしそうに頬を掻く。
「……みたいなね?」
ポカンとするユリアだが、侍従長は理解し、頷く。
「なるほど、民たちの士気向上も同時に行うわけですな」
「そうね。あとは、初陣で大勝利すればその後の自信に繋がるかな、ってのもある」
ユリアは頬を染め、恥ずかしそうに両手で顔を押さえてもじもじする。
「わ、わたくしの復讐が、皆の為に役に立つのですか……?」
「そうだよ~。ユリアさんの元気な姿を見せれば、みんな喜ぶよ~」
「まぁ……」
暖炉の火が再び燃え上がる。
「それに王都へ行くんだったら、ある程度の数は必要だろうからね。戦力を増やす為にも、最初の一歩は派手にいこう」
「では、私の仕事も決まりですな」
「そうだね。侍従長さんにもお願いしたいことがあって……」
炎に照らされた三人の影が壁に映る。
楽しい楽しい復讐計画は、笑い声とともに練り上げられていくのだった。
一夜明けて、もうすぐ昼という頃。
昨夜までの吹雪は収まってはいるものの、空からは羽毛のような雪がチラチラと舞い降り、相変わらずの厚い雲が日の光を遮っている。
そんな中、荒野の一本道を歩く三人。
ジョウゴは先頭で、コートのポケットに手を入れて悠々と。
その後ろのユリアは、ファーのついた華麗なドレス姿で静々と。
殿の侍従長は、いつもの燕尾服で周囲にキョロキョロと視線を走らせている。
「どう、ユリアさん? 緊張してる? それともワクワク?」
「半々、といったところでしょうか……待ち遠しいような、まだ始まってほしくないような……相反する気持ちで心が揺れ動いています」
「はは、ちょっとでもワクワクがあるなら平気だよ。始まっちゃえば楽しくやれるから」
侍従長は緊張した声で二人に警戒を促す。
「お二人とも何を呑気なことを……もう砦は見えているのですよ? 向こうにも、当然我々は……」
ジョウゴは歩きながら侍従長に振り返り、ニヤリと笑う。
「わかってるよ。ここまで来て何もないってことは、向こうは警戒してない」
彼らの進む先には、ユリアの城以上の大きさを誇る、石組みの堅牢そうな砦があった。
「ま、友好的なのかただナメられてるだけかは、わかんないけどね」
砦の門の脇、内部に通じる通用口から、防寒具姿の王国兵が三人出てきた。三人とも肩に槍を担いでいる。
王国兵の一人がニヤニヤと笑いながら声をかけてきた。
「これはこれは、魔族のお姫さんじゃねえか。散歩ならもっと向こうでやんな。それとも……」
王国兵は笑みを深める。明らかにユリアに色目を向けた、下衆な顔だ。
「もしかして俺たちに『慰問』でもしに来たかぁ?」
王国兵たちは笑い合う。ユリアへの侮辱を隠そうともしない。
「おう、だったら中に入れてやってもいいぜ!」
「ここはクソ寒ぃからよぉ、てめえの身体で暖めてくれよぉ。ぎゃっはっは!」
ジョウゴがユリアに振り向く。
彼女は俯いて、震えていた。
「……アイツらは俺がやろうか?」
「は、はい……」
ユリアは悔しさに歯を食いしばっているが、その目からは涙がこぼれ、恐怖に震える身体を抱きしめている。
「す、すみません……奴らの声を聞くと……身体が、震えて……足が、動かなくて……」
「殿下……」
ユリアの足下に寄り、彼女を労わるように手を添える侍従長。
「うん、わかった。侍従長さん、ユリアさんのことお願いね」
「承った! ……して、ジョウゴ殿はどうされるおつもりで?」
「どう、って……」
ジョウゴは先ほどと同じように、急ぎもせず、かといって慎重でもなく、ごく自然な速度で王国兵たちに向かって歩いていく。
「まずは対話でしょ」
「ん? おい止まれ! なんだお前?」
王国兵たちが槍を構える。扇状に広がった三人に取り囲まれたジョウゴ。
「人間か? お前、どこからここに入った?」
「許可なく魔族領に侵入すんのは重罪だぞ!」
「気持ちわりぃツラしやがって! ナメてんのか!? あぁ!?」
ジョウゴはポケットから手を出し、両手を広げる。友好を示すかのように、不器用な笑みを浮かべている。
目は、まばたきもせず、彼らから逸らさない。
「おいおい、いきなりケンカ腰はヒドくない? まずは話をしようよ」
「はぁ? 俺ら兵士に向かって、なんだその態度は?」
王国兵たちは槍を構えたまま、じりじりと距離を詰めていく。
「つーかよぉ、男に用はねえよなぁ?」
「魔族に殺されたってことにして、やっちまおうぜ」
「まぁ、そうだな。罪を犯しているのはこいつだ。殺していいだろう」
ジョウゴは手を挙げて笑う。ホールドアップの体勢だが、微塵も恐怖は無い。
「ははっ、何だそりゃ。無抵抗の人間に武器向けてるアンタらよりも、俺の方が悪いってか?」
「ったりめーだバーカ! 庶民が兵士様にタメ口利いてる時点で不敬罪だっつーの! 身分の差ぁ考えろ!」
「……はぁ?」
そこで、空気が一段冷えた気がした。
重圧とでも呼ぶのか、何故か、身体が重くなった。
それを感じたのは、ユリアと侍従長、そして最初に声をかけた王国兵だけだった。
気づいていない王国兵二人は、脅すように槍の穂先をジョウゴに向けている。
「なに? お前らひょっとして、自分は特別な人間だとでも思ってんの?」
「あぁ!?」
「地位があるから、偉いから、下の奴には何しても許されるって、そう思ってるわけ?」
王国兵は首を傾げる。
「……お前、なに言ってんだ?」
まるで、本当にジョウゴが何を言っているのか理解できないかのように。
「そんなの当たり前だろ」
「俺らが魔族から守ってやってんだから、お前ら庶民の命は俺らの物だろ」
一人、ジョウゴを警戒できている王国兵は、彼をジッと見つめて、いつでも動けるよう構えている。
「……ホントはさぁ、ちょっと心配してたんだよ。実は魔族は悪い奴らで、人間はやっぱり正義の味方なんじゃないかってさ」
顔を上げたジョウゴに、警戒していた王国兵はビクリと震える。
ジョウゴの笑顔は、口角だけを吊り上げた不器用なその笑顔は、まるで獲物を前に牙を剥く猛獣のようだった。
「良かったよ。アンタらがちゃんと悪い奴らでさ」
無警戒な王国兵二人は、その表情にすらも警戒することなく、槍を一度引く。
「なんだコイツ。頭狂ってるな」
「もう殺すか」
そして、二人同時に突き刺した。
「そらよ」
だが、刺さるはずの鋭い穂先は、コートに沈みこんだだけで、止まってしまった。
「……え?」
戸惑いの声を出したのは、警戒していた王国兵。
ジョウゴは、獰猛な笑顔のまま、嬉しそうに言葉を放つ。
「あーあ、やっちゃったなー。言っとくけど、先に手を出したのはそっちだからな?」
その目は、一瞬も逸らされていない。
「悪いのは、アンタらだ」
槍を突き刺したはずの二人が突如倒れる。
「っ! お、おい! どうした!?」
倒れた二人は口から血を吐き、彼らの服、腹の辺りに血の染みが広がっていく。
「な、なんだ!? 何があった!?」
駆け寄った王国兵が倒れた一人の服を開く。
そこには、まるで鋭いものを突き刺したかのような傷があり、血が止めどなく溢れ続けていた。
「は、は!? こ、これ、どうなって……お前か!?」
ジョウゴはにこやかに両手を挙げる。
「はは、何言ってんの。俺丸腰だよ? 武器持ってたのはそっちでしょ」
王国兵は怒りに顔を歪める。
「こ、の……!」
素早く傍らの槍を掴み、ジョウゴに向けて突き上げた。しかし……
「ちょっ、何すんのさ。危ないじゃん」
その穂先はジョウゴが上げた足の靴の裏で止められた。
「怪我しちゃうでしょ? アンタが」
当然、それは靴底で受け止めたわけではなく、
「がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
何故か突き刺したはずの王国兵の方が、自らの足を押さえて転がることになるのだった。
「ほらー、気をつけないと。俺の靴、薄いんだからー。そんな鋭い槍で刺されたら足まで貫通するよ?」
「な、何しやがった!? てめえも魔族か!?」
「いやいや、人間だよ? ていうかさぁ」
ジョウゴは転がり回る王国兵の前でしゃがみ、彼の頭を掴んで持ち上げる。
顔は、変わらず笑顔だ。
「殺さないでやったのに、なにその態度? 口の利き方がなってないんじゃない?」
「ひっ……!」
頭を掴んだ王国兵を引きずり、ジョウゴは呆然と見つめていたユリアへと近づく。
「さぁ、ユリアさん」
「はっ、はい!?」
彼女の前に、王国兵を放り捨てた。
「こいつ、やっちゃっていいよ」
「……え?」
王国兵は逃れようとするが、ジョウゴに踏みつけられ動けなくなる。
「好きにしていいよ? 炎と雷が得意なんだっけ? 燃やすでも痺れさせるでもいいし、この槍で刺すでもいいし、足で直接踏みつけるとかもいいんじゃない?」
王国兵は顔を上げ、ユリアを見ると、悲鳴を上げる。
「ひぃ!?」
先ほどまで怯えていた彼女は、今や微塵も恐怖を感じていない。
王国兵を見下ろす目は、道端に不快な虫を見つけたような、嫌悪感と殺意だった。
「……貴方は、言葉だけでした」
「へ……?」
王国兵は再び冷えと重圧を感じた。
彼はここに至ってようやく気づいた。
この感覚は、自分に迫る死なのだ、と。
「貴方はあくまで、言葉でわたくしを傷つけただけです。手を出してはいません。むしろ、あの日わたくしを民の下へ帰してくれた方です」
「お、覚えて……」
「なので、一瞬で終わらせてさしあげます」
男の身体が燃え上がった。
声を出すこともなく、熱による筋肉と骨の収縮で身体が軋むだけで、彼の命はそこでおわった。
ユリアは顔を上げ、息を吐きだす
「……はぁ……」
拍手の音。ジョウゴが笑顔で手を叩いている。
「よくできました。上手だったよ、ユリアさん」
ユリアは曇り空を見上げ、晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。
「なんだ……簡単じゃない……!」
彼女を見上げる侍従長は、心から安堵したように、目尻に涙を浮かべていた。
「殿下……良かったですねぇ……本当に、良かった……!」
そして、ジョウゴが砦の通用口を指し示す。
「さぁ、行こう。ここからがデビュー戦の本番だよ」
「ええ、楽しみですわ。とっても」
ユリアはスカートの裾を摘まみ、優雅に一礼してみせるのだった。
砦の二階、詰所では昼間から兵士たちが酒を飲んでいた。テーブルには大量の酒樽と肉もある。
それらは国境付近の村から『徴収』したもので、つまるところここにいる全員、庶民から奪うことをよしとする者なのである。
そんな彼らが、階下からの声に異常を感じ始めた。
室内に怒声が響き渡る。
「おぉい! なに騒いでんだ馬鹿ども! 酒が不味くなるじゃねえか!」
立ち上がったのは、熊のような巨躯に厳めしい髭をたくわえた男。彼の声に周囲は委縮する。
「ったく、問題起こしたら『魔族に殺させる』っつってんだろが! おいお前、様子見てこい!」
「隊長!」
詰所のドアが勢いよく開かれ、慌てた様子で兵士が飛び込んできた。
「何の騒ぎだ馬鹿野郎!」
「しゅ、襲撃です! 魔族の……元皇女の襲撃です!」
隊長と呼ばれた大男のこめかみに血管が浮かぶ。
「……なにぃ?」
階段から現れた男を見上げて、ジョウゴはニヤリと笑う。
「あぁ、やっと来たね」
甲冑を着込んだ隊長は、階下の惨状に顔を引きつらせる。
「中ボス登場~♪」
「て、めぇらぁ……何してくれてんだコラぁ……」
砦の入り口、部隊出撃用に広く作られた空間には、数人の兵士と、おびただしい量の焼け焦げた元兵士が倒れていた。
「えっと、侍従長さん、今ので全員かな?」
「はい。あとは詰所で呑気に酒を飲んでいる連中と、そこの隊長の男だけです」
「はいよ、ご苦労さん。じゃ、ユリアさんどうぞ」
ジョウゴが下がり、ユリアが前に出る。階段の上を見上げ、隊長を睨みつける。
「わたくしはブルガーノ帝国第四代皇帝、マクシミリアン・ブルガーノが次女、ユリア・ブルガーノ。我らと、我が身の受けた屈辱の報復に参りました」
隊長の後から続々と甲冑の兵士たちが現れる。
「やりやがったなぁクソアマぁ……大人しくしてりゃ静かに死ねたものをよぉ……」
隊長が手にしていた物を構える。それに続き、兵士たちも同様の物を構え、ユリアたちに向ける。
それを見たジョウゴは、軽く驚いた。
「え、あれって……銃?」
侍従長が警戒したまま説明する。
「はい。弓よりも簡単に、魔術よりも手早く、誰でも遠距離攻撃が可能な武器です。一人ずつなら問題ありませんが、集団であれを使われると、我ら魔族の兵でも太刀打ちできません」
兵士たちの構える銃は、M4カービンと呼ばれるアサルトライフルである。鋼鉄と繊維強化プラスチックで作られた黒光りする銃は、中世ファンタジーじみた甲冑を纏う兵士たちとは不釣り合いに見える。
「先の戦争では、銃を持った百人程度の部隊に戦況を覆されました」
「へぇ、銃もある世界観なんだなぁ」
ジョウゴは思い出す。ユリアたちと出会う前、女神と名乗るいけ好かない女が言っていたことを。
(アイツの言ってたことが全部本当なら……いったい何考えてんだ?)
隊長は油断なく銃口をユリアに向け、構えている。
「これでてめえも魔族も終わりだよ……あばよ、負け犬ども」
息を止め、銃口がぴたりと止まる。
次の瞬間、一斉に火を噴いた。
が、同時にユリアの前に炎の壁が生まれた。
「うぉあっつ!」
「あっ、申し訳ございません!」
思わず仰け反ったジョウゴ。ユリアが慌てて振り返ると、炎の壁は現れた時と同様に、唐突に消え去った。
「お怪我はございませんかジョウゴ様!? わたくしったら調子に乗って……」
「い、いやいや、大丈夫……つーか、今の炎で銃弾を防いだの……?」
「? はい。熱で溶かしました」
ジョウゴのいた世界でM4カービンに使われていた銃弾はおおよそ鉛の合金製。1,000度近い温度でようやく溶ける材質だ。時速3,000キロ以上の速度で飛んでくるそれを溶かす炎、それが今ユリアが生み出したものである。
「はは、すっげ……魔法ってヤバいな……」
隊長は銃を下ろし、しかし、余裕の笑みを浮かべた。
「はんっ、これだから魔族ってな嫌なんだよ。てめえらみてぇなバケモンが近くにいたら、怖くて夜も寝られねえぜ」
「我らは争いを好みません。そちらが矛を収めれば共存できていたはずですが」
「は~~あ? 共存だ~あ?」
自らの額を叩いて、隊長は大笑いする。周りの兵士たちも肩を震わせて、笑っているようだ。
「がっはっは! 頭お花畑かよ元皇女よぉ! いつ爆発するかわかんねえ火薬袋と、だ~れが共存したがるってんだぁ!?」
「我々には理性があります! むやみに他者を傷つけることなどしません!」
「理性ときたか! おーおー難しい言葉をよく知ってますねー」
隊長は甲冑の中から何かを取り出した。
遠目では何か分からないが、それはU字型の物に見えた。
「てめえらが何考えてるかなんざどうでもいいんだよ。俺らより強い力を持つ。それだけで滅ぼす理由になるだろ」
隊長がそのU字型を叩くと、高い金属音が周囲に響き渡った。
「っ! いったい、何をしたのです?」
「さぁてね。んじゃ、もう一発」
隊長が銃を構える。
再び炎の壁を出そうとするユリア。
だが……
「っ!? 皆さん隠れて!」
ユリアの叫びと同時に再びアサルトライフルが火を噴いた。
すんでのところで外に出たユリアたち。だが、ユリアの顔は青ざめていた。
「どうかした、ユリアさん?」
「精霊の声が……聞こえません……」
「は?」
「何ですって!?」
ポカンとするジョウゴと、驚愕する侍従長。
侍従長は自身の身体に触れ、唖然とする。
「ほ、本当です……魔法が、使えません……」
「え、どういうこと? 精霊の声が聞こえないから、魔法が使えないってこと?」
「は、はい……」
砦内では隊長の笑い声が響いている。悔しげに歯噛みするユリア。
「本来精霊の声とは、普通の音とは違い、かき消されるようなものではありません……ですが、今はまったく、聞こえなくなりました……」
「音、ねぇ……怪しいのは、さっき隊長の男が鳴らしたあの金属の音だけど……」
「ええ、恐らくあれが仕掛けだとは思うのですが……魔法が使えなければ、わたくしとベルナールには、打つ手がありません……」
「うん。じゃあ俺がやろう」
「えっ!?」
驚いて振り向いたユリアに、ジョウゴは不器用な笑顔を向ける。安心させたいのだろうが、常人には伝わらないだろう。
「まずは俺があの隊長からその仕掛けを奪ってくるよ。ホントは出しゃばりたくないけど、仕方ないね。魔法が使えるようになったら、もっかいユリアさんの出番ね?」
「で、でも、どうやって……」
「さっき見たでしょ? 俺は死なないから。さて、問題は撃たせないようにすることだけど……」
少し考えたジョウゴだったが、数秒とかけず砦内に歩いていく。
「ま、ある程度は言ってもいいか」
「あ、ジョウゴ様!?」
「大丈夫だから、待っててねー」
中に戻ったジョウゴは、手を挙げて声を出す。
「あー、撃たないでくれー。俺を撃ったらアンタらが死ぬぞー」
「はぁ? 何言ってやがる?」
「俺は異世界から転生してきた人間だ。アンタらも知ってんじゃないの? なんか不思議な力を使う奴、いるだろ?」
「む……」
押し黙る隊長。だが、隣にいる兵士に指示を出す。
「おい。お前、アイツを撃て」
「え!? で、でも、撃ったら死ぬ、って……」
「ハッタリに決まってんだろ! さっさとやれ!」
「あ、おいバカやめろって!」
兵士は慌てて銃を構え、撃った。
「がはっ!」
直後、撃った兵士が倒れた。
倒れた兵士は、甲冑の隙間から血を流している。
「……ちっ、本当みてえだな」
ジョウゴの目が隊長を睨む。
「はぁ……アンタ、そういうことするんだ」
「んだよ。俺はこの部隊の頭で、こいつらは手足みてえなもんだ。手足をどう使おうが、頭の勝手だろう? なぁ?」
「……見てみろよ、その手足の顔を」
「あん?」
隊長が見渡す。
兵士たちの目は、恐怖に包まれていた。
その恐怖を向かう先は、隊長自身だ。
「おい、なんだぁ? 上官である俺に文句があるってか? あぁ!?」
兵士の一人が、震えながら、銃口を隊長に向ける。
「な、なんでですか……撃ったら死ぬって、わかってたのに……なんで撃たせたんですか……」
「……てめえ、なに上官に銃口向けてんだコラ」
部下が見せた一瞬の躊躇の隙に、隊長は引き金を引いた。
アゴから下が無くなった兵士は、その場に倒れた。
「軍規違反で死刑だボケ」
恐怖は、もはや止まらなかった。
「撃った……殺した……」
「それ、ダメだろ……」
「ふざけんな……」
「は? おい、てめえら集中しろ。敵がまだ生きて……」
銃口が一斉に隊長へ向けられた。
「お、おい? 何の真似だ? 落ち着け、今はそんな状況じゃ……」
「無駄だよ。もう誰も、アンタの言葉は信じない」
ジョウゴは堂々と近づき、隊長の前に立った。
「アンタが悪いんだよ? アンタが俺を信じなかったから、アンタも他人から信じられなくなった」
「は……はぁ……?」
「やり返したんだよ。俺の能力。目には目を、歯には歯を。殴られたら殴り返して、刺されたら刺し返す」
ジョウゴは、まばたきもせず、隊長を見ている。
その眼球には、怯え、震えている隊長の姿が映っている。
「俺を嫌いな奴は他人から嫌われて、俺に殺意を向ける奴は他人から殺意を向けられる。そういう力だよ」
「な、なんだよ、それ……どうすりゃ、いいってんだ……」
「さぁ? 悪いことしたらごめんなさい、じゃない? 子供でも知ってるよ」
隊長は叫ぶ。自らに銃口を向ける手足に向かって。
「お、おい、何やってんだ! さっさとコイツを殺せ!」
「撃たないでよー? 俺に当たったら自分に当たるからねー?」
兵士たちは躊躇い、引き金を引けない。しかし、銃口も下ろさない。
隊長に向けられる視線、そこに込められた感情がはっきりと伝わってくる。
恐怖、嫌悪、侮蔑……すべてをひっくるめた、不信感。
「や、やめろ……その目を向けんじゃねえ……俺を、見るな……」
「あーあ、アンタも馬鹿なことしたよねぇ。このままここにいたら、そのうちホントに撃たれるよ?」
ジョウゴが手を差し伸べる。慈悲など微塵もない、最後通告を下す。
「さっきの俺に渡しなよ。それで魔法を封じてんでしょ? それだけ渡して、さっさと逃げな」
隊長は怒りに顔を赤くし、過呼吸のように息を荒くするが、手を懐に入れ、
「死ねよバケモノぉぉぉぉぉ!!」
U字型の金属をジョウゴの頭に振り下ろした。
「がむんっ!」
そして、まるで何かに脳天を殴られたかのように下へと身体を揺らし、その場に倒れたのだった。
ジョウゴは銃の射線から彼を守りながら、落ちた金属を拾い上げる。
「あー、これ……音楽室とかで見たことあったなぁ。音叉だっけ? いまいち何に使うのかわかんないやつ」
隊長の持っていた音叉を手に、振り向いて、外のユリアへ声をかける。
「ユリアさーん! 仕掛けのやつは拾ったよー! でも解除の仕方とかわかんないかもー!」
「いえ、問題ありません」
突如、銃を構えていた兵士たちが燃え上がった。
「つい今しがた、精霊の声が聞こえるようになりました。ありがとうございます、ジョウゴ様」
燃えて軋む人型の炭を横切りながら、ユリアは可憐な微笑みを浮かべた。視線は最後に残った獲物に向けられている。
「そう? 治ったんなら、まぁいいか」
ジョウゴはのびている隊長に向き直り、満足そうに微笑むのだった。
「それで、どのような趣向であれを殺せばよろしいのでしょう?」
「公開処刑なんだけどね? さっきのユリアさんの魔法見て、やり方をちょっと変えようかと思ってさ。例えば火力を……」
「あぁ、殿下、ジョウゴ殿、こちらですぞー」
そこは砦の三階部分。屋上になっており、魔族領と反対側の王国領、双方の遠くまで見渡せる。
「ベルナール、ご苦労様です。……まぁ、これは」
階段を昇ってきたユリアとジョウゴ。二人が侍従長に連れてこられた場所には、巨大な檻が複数置かれていた。その中にいるのは、
「おぉ、ドラゴン? すっげー、マジモンのファンタジーだぁ」
「飛竜ですな。王国軍はこれに騎乗する飛行部隊を持っていますが、こやつらもその部隊だったとは」
ジョウゴは檻に近づき、飛竜を見上げる。
「……ねぇユリアさん、コイツらはどうしたい?」
飛竜を見上げたまま訊ねるジョウゴ。その横顔は初めて見る生き物に対する興味をありありと表していて、これまでになく子供っぽく見えた。
そんな彼の表情に、ユリアは思わず微笑むのだった。
「そうですね。この子たちは利用されていただけ、罪はないと思います。放してあげたいです」
「うん、じゃあそうしようか」
ジョウゴが檻の扉を一つ一つ開けていく。飛竜たちは恐る恐ると、警戒しながらも出てきた。
「むぅ、竜種は懐くような生き物ではないはずですが……どのようにして従えているのでしょうなぁ?」
「賢いけど、プライドの高い種族よね? ……まさか、力で無理やり従えていた、とか?」
「あり得ますな……今も、酷く怯えているように見えます」
最後の一頭が出てきて、ジョウゴは彼の足に触れようとする。
「この手綱? みたいなのも外した方がいいよね? 登れば取れるかな?」
「っ! ジョウゴ殿、いけません!」
「へ?」
彼に触られそうになった飛竜が、大きく口を開けて、巨大な牙をジョウゴに向けた。
「あ、ヤバ……」
その途端、牙を向けた飛竜は飛び退き、身を低くして唸りだす。周囲をキョロキョロと見回し、小さな鳴き声を上げると、砦から飛び降りた。
羽ばたいて飛んでいく飛竜の後ろ姿を、ジョウゴは寂しそうに見つめている。
「あー、やっちゃった……」
「今のは、いったい……」
ユリアの質問に、拗ねたような声で答える。
「……俺の能力だよ。やられたらやり返す力。アイツは、俺を怖がっちゃったから……周りから怖がられるようになっちゃった」
「やり返す、力……?」
「可愛そうに、これからは周囲全部が敵に見える一生を過ごしちゃうな……それに、こうなると大抵は」
ジョウゴが振り向くと、他の飛竜たちが一斉に彼に吠えたてた。
そして狂ったように飛竜同士で吠え合い、散り散りに飛んでいった。
「恐怖は伝染するんだ。動物の場合は俺から説明することもできないし、本能を押さえにくい分余計に広まりやすい。ちょっとテンション上がって、油断してたよ……」
「ジョウゴ様……」
ユリアは彼の前まで歩み寄り、その手をそっと握る。
「わたくしは、貴方を恐れたりいたしません……決して、貴方から離れないと、誓いますわ」
「……そっか。それは嬉しいな、本当に」
穏やかな微笑みをユリアから向けられて、不器用な笑顔を浮かべるジョウゴ。
そんな彼に、侍従長は複雑な心境を抱くのだった。
冒険の出発が頓挫してから数日、アンたちは何事もなくこれまで通り、家の手伝いをしたり村の周囲を警戒したり、それなりに平穏な日々を過ごしていた。
この日、アンはケンとともに畑で雑草取りをしていた。
「……ねぇ、ケンはさ、村を出たくないの?」
「出たくないねぇ。この村の生活は好きだし、おじさんたちも優しくしてくれるし」
「前は王都にいたんでしょ? 帰りたくならないの?」
「はは、ならないなぁ。あっちで食っていけなくなったから、ここで行き倒れていたわけだし」
作業の手を止めずに話すケン。アンは、気まずそうに彼を見る。
「……家族も、いないんだよね?」
「うん、孤児院育ち。勉強はできたからいずれ学園都市に行こうかな、とか漠然と考えていたけど、何よりもお金が無かったからさ」
ケンは顔を上げ、遠くを見る。話す声に辛さは感じない。
「前にも言ったけど、僕、異世界転生者のことを研究していてね。彼らのことが詳しく分かって、それを多くの人が知れたら、きっと世の中の為になると思っていたんだ」
「うん。だけど……」
「そう、王都では、王様も、他の研究者たちも、誰も興味を示さなかった。それよりも魔族の弱点を探せ、なんて言われてさ。仕方なくそっちの研究もしたけど……才能はなかったみたいだ」
ケンの話に、アンは悔しさを覚える。手の中で雑草がくしゃりと潰れる。
「で、でもさ! ケンの転生者たちの知識で、私たちは助けられてるわよ! 国中探せば、私たちみたいな人がきっと……」
「いいんだ、アンちゃん」
ケンは視線を下ろし、首を振る。
穏やかな微笑みをアンに向ける。それは、全てを諦めた者の表情に、アンには思えた。
「アンちゃんたちの役に立っているなら、僕はそれでいい。このまま、この村で、楽しく生きていこうよ」
「………………」
アンには、それが許せない。
平穏は好きだ。慎ましくも満ち足りた生活は好きだ。
だけど、そんな生活が今にも壊される可能性がある。それも、仕方のない自然の力ではなく、人の、異世界転生者などという訳の分からない人間たちのせいで。
そしてそのことを自分以上に理解しているはずのケンが、こんな諦めの表情を浮かべている。
アンには、それが、どうにも許せないのだ。
「ねぇケン、やっぱり私……」
ケンに顔を向けるアン。だが、彼女は言葉を止めた。
ケンが、何か遠くを見て、硬直していたからだ。
「ケン? どうかした?」
「……あ、アンちゃん……あれ……」
震える指で遠くの、空を指し示すケン。
アンがその方向を目で追って、
「……え?」
同じように、固まってしまった。
「あ、あ、あぁ……あれは……」
遠くの空、白い雲に浮かんだ点のようだったそれは、見る間に大きくなり、形がわかるようになってくる。
羽ばたく翼、長い首と尻尾、そして……もはや爪まで確認できる距離まで来てしまった。
「……はぐれ飛竜!?」
つづく
異世界転生クソくらえ! 沖見 幕人 @tokku03
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