16 俺が居るよ-2

 真神と人のはざまされたいのち――真那世まなせ

 人間に倍する身体能力を持ち、神の力をも引き継ぐ存在。

 

 三朗たち水守みずもり家の兄弟は、その一代目であり、しかも、父神から神剣まで授けられているので、真那世としての力は最強と言えるかもしれない。


 ただ、だからと言って、生まれながらに無敵万能という訳ではない。

 むしろ、持って生まれたものが大きければ大きいほど、制御には時間が掛かる。


 二緒子におこが、自身の神力を水のかたちに換えて戦いの手段として使えるようになったのは、初陣を踏む直前ぎりぎりのことだった。

 斗和田とわだに居た頃は、そういった鍛錬は積んでいなかったからだ。しかもまだ、神剣を媒介しなければ、発現させることすら覚束ない。


 三朗に至っては、その段階にすら至っていない。自身の神力をまだ全く使いこなせていないから、神剣を用いて妖種ようしゅを斬るだけで、精一杯だった。


「俺も、昨日は怖かったよ」


 三朗は言った。


「こっちの妖種は斗和田よりずっと大きくて、妖力も強いって話には聞いていて、覚悟もしていたつもりだったけど、想像以上だったし」


 妖種は、真神同様、基本的に一種一個体で、同種、同類というものが存在しない。

 物質界の生き物のように、肉体と命を持って同種同士で繁殖するのではなく、ある日ある時、突然この地上に出現するものであるからだ。


 共通しているのは、本能的に村や町を破壊し、人を喰うことだが、その生態ややり方は、千差万別だった。

 暗がりに潜んでこっそりと人の生気を吸い取って回るような蟲や小動物のようなものもあれば、岩や樹木に似た象をしていて、人間を押しつぶしたりそのまま取り込んだりするものも居たり、先のヒグマもどきのように、真神にも匹敵するような巨大なかたちを持ち、爪や牙で人間を引き裂いて、文字通り咀嚼して喰らうものもいる。


 いつどこに現れるかわからず、しかも、顕れてみなければその生態も能力も掴めないのだから、妖種を狩る『えき』は、常に、それらを初見で見極めながらの戦闘となる。

 それは、人の術者はもちろん、真那世の戎士じゅうしたちにとっても、決して易しいことではなかった。


「だから、八手やつで一族も、鬼堂きどう家の先代当主に征服されて、戎士として使役されることになった時、今の戎士組の体制を作った、って、伊織様が言っていた」


 真神や妖種と違って物質的な身体と命を持つ真那世は、同族同士だけではなく、人間との間でも生殖が可能だった。

 よって、一代の誕生から既に五百年以上に渡って祖神の神珠しんじゅと血とを後世に伝えて来た八手一族は、四人きりの水守家と違って、一族総体の数が多い。


 それを活かして、彼らは一族の戎士を一組十人前後、計十組に振り分け、個々としては水守家の一人分に満たない神力を、集団の力で底上げしている。

 更に、年長者が年少者を教育し、互いに支援し合うことで死傷率を可能な限り下げ、生存率を高めてきた。


 それでも、『役』で死傷者が皆無ということは稀だったと聞いている。


 だから、彼らは戎士組の体制を編むと同時に、一族全体で子供を戎士として教育する体制も整備していた。欠けていく戎士の席を、その年に成人する子供たちで埋めていけるように、だ。


 その『成人』年齢は、十二歳とされている。

 ただ、八手一族の子供は、十二歳になっても、二、三年は、予備役として、八手の里の防備の仕事に回される。

 戎士組に配属されて、実際的な戦闘が発生する『役』に投入されるのは十四、十五歳になってからで、その初陣も、周囲の年長者たちが入念に支援する。


 しかし、八手一族は、二緒子や三朗には、そういった配慮は何もしなかった。十二歳になると同時に最前線へ放り込み、全ての支援を一也に任せて、ろくに協力もしなかった。


 三朗たちが、『斗和田の化け物』だから。

 そして一也が、五番組の戎士たちが口にしたように、三年前の斗和田の戦で多くの八手一族を殺しているからだ。


 実際、斗和田の戦の後、監視と管理を兼ねて移住させられた八手の里で、水守家は、陰湿な嫌がらせにさらされることになった。

 連日のように、親の仇、夫や妻の仇、息子や娘の仇といった怨みつらみを連ねた手紙が舞い込み、一也だけではなく、三朗たち弟妹も、往来で八手一族に遭えば化け物と罵られ、物陰から石や汚物を投げつけられた。庭先に蛇や鼠の死骸を放り込まれたり、夜中に槌のようなもので門扉を叩かれたり、配給の食糧が腐っていたりしたこともあった。


 そうして、成人と同時に『役』の現場に放り込まれてみれば、今度は一代の神力を利用できるだけ利用しようと、水守家にばかり妖種の相手を押し付けて来る組長も多い。

 特に、五番組は一番酷い。組長の桧山ひやま辰蔵たつぞうが自ら嫌がらせに及んでくるものだから、他の戎士たちも言いたい放題、やりたい放題だ。

 一応、『戦力としては貴重』と認識はされているので、意図的に殺傷されるようなことはないが、困難に陥っても手を差し伸べられることはなく、むしろいい気味だといわんばかりに嗤っている。


 これでは、三朗より一年早く初陣を踏んだ二緒子が、一也いちやに縋らずにいられなかったのは当たり前だった。

 絶対の安全など無い妖種との戦いの中で、自分たちの未熟さを庇い、護り、導いてくれる存在は、兄しかいないのだから。


(まして、姉上は)


 宿の女たちの悪口が脳裏をよぎる。

 もし、『男に混じって妖種と戦う』ことが『女らしくない』ことだと言うなら、二緒子の本質は、彼女たちが『女らしい』と考えるものに近い筈だった。

 気が優しくて、喧嘩も暴力も大嫌いで。幼い頃から、三朗や従兄妹たちと外を走り回るより、家の中で料理をしたり、縫物をしたりする方を好んでいた。

 神和一族に伝わる、呪いを祓ったり、病や怪我を癒したりする為の霊能の技なら幼い頃から身に着けて、村で病人や怪我人が出たと聞くと、祖父や母と共に真夜中でも駆けつけていっていたが、剣などは――稽古用の木剣すら、持ったことは無かった。


 つまり、どう考えても、戦いなどに向いている気質ではない。

 それでも。

 命と兄弟以外の全てを喪ったあの日、二緒子は自らの意志で、父神から授けられた神剣を握った。

 自ら兄について、三朗と共に戦う術を学び始めた。

 兄を助け、末弟を守り、兄弟四人で生きていく為に。


「そんな姉上が、駄目な訳ないだろ」


 何も知らない人間たちは勿論、八手一族にも謗られる謂れなど無い。断じて。

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