12 俺が居るよ
だが、一口に真那世と言っても、
さらに、その神珠の輝きは、基本的には、代を経るごとに小さくなっていく、という。
よって、真神を直接の父に持つ一代目の三朗たちと、祖神から既に二十代以上を数える
「まして、俺たちは父上から神剣をいただいているから」
単純に『力』の大小だけなら、今の世の真那世の中では最強かもしれない。
ただ、だからと言って、生まれながらに無敵万能という訳ではない。
むしろ、持って生まれたものが大きければ大きいほど、制御できるようになるには時間が掛かるものだ。
二緒子が、自身の神力を水の
斗和田に居た頃は、そういった訓練は積んでいなかったからだ。
しかもまだ、神剣を媒介しなければ、発現させることすら覚束ない。
三朗に至っては、その段階にすら至っていない。
自身の神力を、まだ全く使いこなせていないから、神剣を用いて妖種を斬るだけで精一杯だった。
「俺も、昨日は怖かったよ」
三朗は言った。
「こっちの
斗和田に居た頃も、妖種に遭遇したことはあった。
だが、それは、どんなに大きくても、普通の狼とか鹿ぐらいの大きさだった。
「だから、
百聞は一見に如かず。一度、実際に『
「妖種も、一つ一つが全然違うしね」
妖種は、真神同様、基本的に一種一個体で、同種、同類というものが存在しない。
物質界の生き物のように同種同士で繁殖する訳ではなく、ある日ある時、突然この地上に出現するものであるからだ。
その実態は文字通り千差万別で、暗がりに潜んでこっそりと人の生気を吸い取って回るような蟲や小動物のようなものもあれば、霞や泥の塊のような形状で這いずり回りながら瘴気を吐き、疫病の類をはやらせるようなものもいる。
故郷で見たことがある妖種は、このようなものが多かった。
一方で、東方の諸国や、さらに西では、あのヒグマもどきのように、真神にも匹敵するような巨大な
よって、それらを狩る『役』は、常に初見となる妖種の生態、能力を見極めながらの戦闘となる。それは、人の術者はもちろん、真那世の戎士たちにとっても決して易しいことではなかった。
「だから、八手一族は、鬼堂家の先代当主に征服されて、戎士として使役されることになった時、今の十番組の体制を作ったんだよね」
八手一族は、五百年以上に渡って祖神の神珠を繋ぎ、血筋を存続させてきた。
よって、一族総体の数は多い。
それを活かして、彼らは一族の戎士を一組十人前後、計十組に振り分け、個々としてはもはや水守家の一人分にも及ばないほど弱化している神力を、集団の力で底上げしている。
更には、年長者が年少者を教育し、互いに支援し合うことで死傷率を可能な限り下げ、生存率を高めてきた。
それでも、『役』で死傷者が皆無ということは稀だったと聞いている。
だから、彼らは十番組の体制を編むと同時に、一族全体で子供を教育する体制も整備していた。
どうしても欠けていく戎士の席を、その年に成人する子供たちで埋めていけるように、だ。
その『成人』年齢は、十二歳とされている。
真那世の子供は人の子供に比べて成長が速いからだが、それでも、八手一族の子供たちは、十二歳で戎士組に配属されても、二、三年は、予備役として、八手の里の防備の仕事に回される。
実際的な戦闘が発生する妖種狩りに投入されるのは十五歳を過ぎてからで、その初陣も、周囲の年長者たちが入念に支援すると聞いている。
しかし、八手一族は、二緒子や三朗には、何の配慮もしなかった。
十二歳になると同時に最前線へ放り込み、全ての支援を
それは、一也が、多くの八手一族にとって、身内の仇だからだ。
三朗たちから見れば、兄は、突然襲って来た侵略者から家族や故郷を護ろうとしただけだ。
だが、八手一族の多くは、そのことを怨みに思っている。
実際、斗和田の戦の後、
連日のように、親の仇、夫や妻の仇、息子や娘の仇といった怨みつらみを連ねた書状が舞い込み、少しでも外に出ると化け物と罵られ、物陰から石や汚物を投げつけられた。庭先に蛇や鼠の死骸を放り込まれたり、夜中に槌のようなもので門扉を叩かれたり、配給される食糧が腐っていたこともあった。
そうして、成人と同時に『役』の現場に放り込まれてみれば、今度は、斗和田の一代の神力を利用できるだけ利用しようと、水守家にばかり妖種の相手を押し付けて来たりする。
特に、五番組は一番酷い。鬼堂
だから、もし、自分たちの神力が妖種の妖力に競り負けたら、きっと救済の努力など講じられることなく、その場で見捨てられる。
そんな空気を、三朗も、この初めての『役』で、嫌というほど感じ取った。
妖種以上に恐ろしいのは、この状況の方だ。人であれ真那世であれ、孤立という重圧は何より心を消耗させる。
これでは、三朗より一年早く初陣を踏んだ二緒子が、一也に縋らずにいられなかったのは当たり前だった。
絶対の安全など無い妖種との戦いの中で、自分たちの未熟さを庇い、護り、導いてくれる存在は、兄しかいないのだから。
(まして、姉上は)
気が優しくて、喧嘩も暴力も大嫌いで。
幼い頃から、三朗や従兄妹たちと外を走り回るより、家の中で料理をしたり、縫物をしたりする方を好んでいた。
それでも。
命と兄弟以外の全てを喪ったあの日、二緒子は自らの意志で、父神から授けられた神剣を握った。自ら戦う術を学ぼうとし、必死の努力を重ね始めた。
兄を助け、末弟を守り、兄弟四人で生きていく為に。
「そんな姉上が、駄目な訳ないだろ」
懸命に言葉を探しながら、何度も首を振る。
「俺だって、一人じゃまだ何もできないよ。昨日だって、兄上と姉上が居てくれると思ったから、飛び出せたんだ。それでも、あのヒグマもどきを仕留めることはできなかったけど」
ふと、片手を持ち上げる。
自身の首に掛かっている、朱色の勾玉の
「もしかしたら、これを外していたら、兄上に負担をかけることはなかったのかもしれないけど」
「それは駄目よ!」
急に顔を上げた二緒子が、切羽詰まったような声を上げた。
その語気に驚いて姉の顔を見返すと、二緒子はハッと息を呑み、視線を泳がせてから、再び俯いて言った。
「兄様も言っていたでしょう? それは、神力をきちんと操れるようになるまで外しちゃ駄目だって。せめて、神力の
「うん」
姉の大きな反応に小首を傾げはしたものの、三朗は素直に頷いた。
「わかってる。今でさえまだ使いこなせていないのに、これを外したりしたら余計だよね、きっと」
自分たちは、まだまだ苗木だ。
お互い、実力も経験も全く足りず、大樹には程遠い。
だから、独りではまだ立てない。走れない。
けれど、幼い末弟を護りたいという気持ちも、長兄に負担を掛けたくないという気持ちも、共通の真実だ。どれほど怖くても、逃げずに踏み留まるに足る理由だ。
だから。
「俺が居るよ、姉上」
姉の肩に、こつりと自分の肩を触れ合わせる。
「これからは、俺が姉上と一緒に走る。一緒に護る。兄上に比べたらまだ全然頼りないだろうけど、妖種にも黒衆にも八手の連中にも、俺は絶対に敗けないから」
「でも、
二緒子の肩が小さく波打って、更にぎゅっと両膝を抱き寄せた。
「だから今回も、最初は私だけ、別の場所へ回されるところだった」
確かに、三朗の初陣に大咲村の『役』が割り当てられた時、八手の里の治めを担う族長の
三朗の初陣の面倒を見るのは一也一人で良いだろう、と。
二緒子は一年が経過したことであるし、独りでも使えるだろう、と。
その時、一也は頑強に異を唱え、一歩も引かなかった。
逆らうつもりなら処罰すると脅されても、後進として導く気も護る気もないところへ、二緒子も三朗も一人で遣るつもりはない、と言い張った。
一也が断固として譲らなかったので、今回、長十郎と上役たちは渋々ながらも折れたが、次もそれが認められるとは限らなかった。
央城開闢より五百年。真神や真那世の目撃および討伐例は絶えて久しいが、逆に、妖種の出現例は増え続けている。
中には、昨日の大咲村のような桁外れの大物と推定されるものも多い為、黒衆も八手一族も、それらの対処に可能な限り水守家の戦力を割きたいのだ。
「大丈夫だよ。族長たちが、俺と姉上に別々で『役』に行けって言い出したら、言ってやるから。俺たちはまだ半人前で、二人で一人前だから、バラバラにしたら戦力にならないって。それで、もし『貴重な一代の真那世』を無駄に死なせたら、主公に怒られるのはあんたたちだ、って」
顔を上げて、二緒子が濡れた眸を巡らせる。
「俺たちが半人前っていうのは、
「――びっくりした」
ぱちりと瞬いた二緒子の睫毛に、涙の珠が引っかかっている。
「いつの間に、そんな交渉なんてことが考えられるようになったの?」
「一応、俺も成長してるから」
その眸を見返して、三朗はにこりと笑って見せた。
「姉上を独りになんかしないよ、絶対。だって、それじゃ『役』の間中ずっと泣いてるんじゃないかって心配で心配で、こっちだって集中できないかもしれないし」
「生意気言うようになって」
疲労と心労を溜めて重く澱んでいた眸に、微風が吹いた。
「頼りないなんてことはないわ。兄様も言っていたもの。三朗は、きっと自分より強くなる、って」
「え? 本当?」
「今のまま、ちゃあんと努力を続ければ、ね」
パッと両眼を輝かせた弟に忘れず釘を刺してから、二緒子はようやく微笑んだ。泣き笑いの表情ではあったが、僅かながらでも心の重荷を下ろせたように。
「ありがと、三朗……」
そうして、まだ殆ど同じ位置にある弟の肩に、こつんと頭を乗せた。
そのまま、お互いにもたれ合ったまま眠ってしまった二人は、朝になって先に起きた一也に揺り起こされることとなった。
二人が自分の傍で座ったまま眠り込んでいた理由なら、すぐ察したのだろう。心配させて悪かったと、申し訳なさそうな顔で詫びた兄に、二緒子がまた泣き出す。
だが、今度の姉の涙は、三朗の心臓を握りつぶしはしなかった。安心の涙なら大歓迎だと思いながら、自分もまた安堵の熱さに耐えていたからだった。
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