15 俺が居るよ-1

 小さく息を溢すと、三朗は視線を上げて、眠り続けている兄を見つめ、それから、隣で項垂れている姉を見やった。


 確かに、あれ以来、一也いちやは、以前のようには神力ちからを操ることができなくなっている。

 また、常に不調を抱えて、長時間の労働や戦闘は不可能となり、事あるごとに眩暈や発熱を起こして、月の半分は床に臥すようになった。


(それでも……)


 一也は、三朗たちの保護者で在り続けてくれている。

 あの時の誓い通り、自らの命の緒を、家族を殺し故郷を滅ぼした仇に握られながら、自らの意志で戎士じゅうしの任を担い、命じられるままに『えき』をこなし、普段の生活の中でも、黒衆くろしゅう八手一族やつでいちぞくの理不尽や嫌がらせから弟妹を庇い、護ってくれている。


 だからこそ、三朗と二緒子におこは、早く強くなろうと約束したのだ。

 家族の誰かが鬼堂家の下で戎士の責務を果たさなければ生きていけないなら、自分たちでそれを引き受けられるようになろう、と。

 兄が毀れてしまう前に。

 その重荷に、潰されてしまう前に。

 けれど。


「三朗は、今日の初陣で思わなかった? 独りじゃ怖い、って」


 心に隙間風が吹いた時、それを見計らったかのように、二緒子が小さく呟いた。


「私は思った。初めての『役』で、目の前で人が妖種ようしゅに食べられるのを見たの。失敗したら私もああなるんだって思ったら、怖くて怖くて手も足も動かなかった」


 立てた膝頭に、姉の顔が伏せられる。


「それでも何とか走れたのは、兄様が居てくれたから。それじゃ駄目なのに。そうやって頼ってしまうから負担をかけるんだって、分かっているのに」


 肩が小さく波打って、両腕が更にぎゅっと両膝を抱き寄せた。


「先の一年、『役』の度に、何度も考えた。私は、兄様が居なくても、独りで妖種に向かって走れるだろうかって」

「姉上……」

「出来なければいけないって、わかってる。けど、何度考えても、『できる』と思えなかった……。ごめん三朗、こんな泣き言。やっぱり駄目ね、私……」

「何言ってんだよ」


 心臓がぎゅっと握りつぶされるような気分になりながらも、三朗は、精一杯のいたわりを込めて、首を振った。


「いいんだよ。泣き言なんて、いくらでも言ってくれて。姉上は、兄上や四輝の前ではいつも無理して笑ってんだから。俺にまで恰好つけることはないんだよ」


 昼間の酷い笑顔を思い起こしながら、両の拳を握りしめる。

 あんな顔で笑わせるぐらいなら、泣いてくれる方がずっと良かった。


「怖くて、当たり前だよ」

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