12 斗和田・喪失の光景-3

 幽閉された一軒家の戸口が、前触れもなく引き開けられる。


 その時、三朗と二緒子は、四輝と共に、その戸口から一目で見渡せる六畳間の囲炉裏端に居た。

 突然の物音に驚いて振り返ると、小屋の戸口に、銀灰色の髪と猛禽のような眸を持つ、四十代そこそこの男が立っていたのだ。

 そして。


「――二緒子、三朗、四輝」


 その横に、あの伊織という青年に支えられた一也いちやがいた。

 疲労困憊の態で、顔からは血の気が引き、その神気しんきは異常なほど衰えていた。

 だが、自分たちに向けられた眼差しに滲んだ深い安堵と、呼びかけられた声に満ちる慈愛の響きは、疑いようもなかった。


「あー」


 真っ先に声を上げたのは、炉端でお座りをして、玩具代わりの木の板を叩いていた四輝だった。

 はっきりと長兄を認識し、嬉しそうな声を上げて満面の笑顔になると、紅葉の両手をぱちぱちと叩いた。


「兄様?」

「兄上!」


 呆然自失は、一瞬だった。

 次の瞬間、二緒子と三朗は、我先に土間へと飛び降りていた。

 短い距離を、空を跳ぶように走って、兄に飛びつき、しがみついて、その命の鼓動と温もりを確かめた瞬間、揃って悲鳴のような声で泣き出した。


 十歳と九歳で、突然、命と姉弟以外の全てを奪われた。

 訳もわからぬまま、敵意と憎悪だけを漲らせる侵略者たちに囲まれ続けた。

 恐怖も不安も言葉にならないほど大きかったけれど、それでも、まだ何も知らず、わからない小さな弟だけは護らなければと、懸命に気を張り詰め続けていた。


 極限状態だったその緊張の糸が、兄が生きていてくれたという事実に、ぷつりと切れた。


 そして、そんな二人を、飛びつかれた勢いで土間に両膝をつきながらも、一也はしっかりと受け止め、抱きしめてくれた。

 だが。


「斗和田の小童こわっぱども」


 再会の歓喜は、冷酷な現実を突きつける声によって、霧散した。


「わしは鬼堂きどう興国おきくに。五百余年の昔、央城おうきの都を開いた御間城みまきの帝に従って、南方なんぽう朱鳥あけとり一族、西国さいごく亀蛇きだ一族、畿内きない白良はくら一族ら、名だたる真那世まなせの大国を討ち滅ぼした、神狩かがり一族が御三家の一、鬼堂家の主だ」


 左眼に真新しい眼帯を掛け、残った右眼に冷たい炎を燻らせながら、戸口に立ったままの男はそう言った。


「神狩一族において、真那世は見つけ次第処分すべき『化け物』だ。だが、お前たちがわしに忠誠を尽くすならば、生かしておいてやる。その代わり、お前たちは、このわしに一代の神力を捧げることを務めとせよ。我が命に従い、我が戎士として、人の世の安寧の為に働くのだ」


 一也は、その男を見ようとはしなかった。

 逆に三朗と二緒子は、そんな兄の腕の中から、困惑と混乱の表情で視線を上げた。

 揃って、咄嗟には、男が何を言っているのかわからなかった。

 だが。


「もし、お前たちが役に立たなかったり、身の程知らずにもわしに背いたりした時は――」


 視界に、酷薄そのものの眼差しが映る。

 同時に、男は右手を持ち上げ、掌を上向けた。

 そこに現れたのは、淡い蒼銀の光に縁取られた、繭玉くらいの大きさの珠だった。


「嘘」


 二緒子が先ほどとは違う悲鳴を上げ、三朗もまた一拍遅れて愕然とした。


「嘘ではない」


 少年少女の驚愕を嘲笑うと、鬼堂興国はその珠を掌の中に握り込み、自分の爪先を、表面に軽く食い込ませて見せた。


「っ!」


 その瞬間、一也が鋭く呼吸を引いて、腰を折った。

 不意の激痛に強張った身体に、食いしばられた歯の軋みと苦痛を堪える幽かな呻きに、心臓が凍った。


「――やめて!」

「――やめて下さい!」


 兄を襲った厄災の正体に気付くと同時に、二緒子と三朗は絶叫していた。


「わかったな?」


 命の中枢に直接加えられた暴虐に耐えている一也と、そんな兄に左右からしがみついた少年少女を見下ろして、鬼堂興国は冷ややかに嗤った。

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