13 『質』-1

「とりあえず、兄君を休ませてさしあげましょう。話はそれからに」


 鬼堂きどう興国おきくにと名乗った男と、他の人間たちが小屋から去った後、中には、水守みずもり家の兄弟、そして、伊織という青年だけが残った。


 その伊織は、三朗たちに向かってそう言うと、鬼堂興国が蒼銀の珠に爪先を食い込ませた途端、苦痛の表情を浮かべて動けなくなった一也いちやを抱えて炉端に運んだ。

 申し訳程度に敷かれていた筵の上に仰向けに寝かせてから、袂から小さな布袋を取り出す。中から小指の爪先ほどの黒い粘土の塊のようなものを摘まみ出し、炉の熾火の上に置く。

 すると、淡い煙が立ち上って、満天の夜空に瞬く星のような、深山幽谷を渡る風のような、なんともいえず爽やかな薫りが立ち昇った。


「我々、八手やつで一族に伝わる秘伝の薬香で、輪廻香りんねこうといいます。この煙と香りに、真那世まなせ神珠しんじゅ霊珠れいじゅの結びつきを強化し、均衡を保つ効果があるのです」

「リンネ、コウ……」

「我々の一族は、一代の誕生から既に五百年を経て、真那世としての世代は既に二十代を越えています。その所為か、代を重ねるにつれて、一族内には、生まれつき神珠と霊珠の結びつきが不安定な者が多く出るようになりました。それを何とか補正しようとした結果、生まれたのがこの香なんです」


 おっとりとそう言った青年を、三朗と二緒子におこは、まじまじと見つめた。


「五百年……?」


 ということは、現在、この秋津洲あきつしまを支配している帝家の祖御間城みまきの帝が央城おうきに都を開いた頃から、ということになる。


「そんなに長く……」

「あの、でも……」


 二緒子が、炉端に横になって呼吸を整えようとしている兄を見やってから、青ざめた顔で伊織を見上げた。


「兄様の神珠は……」

「ええ、先ほどご覧になった通り、主公に奪い取られています。ただ、身体に残る霊珠れいじゅとの霊的な繋がりは残されていますから、輪廻香はそれを強めて、安定させてくれる効果があります」

「確かに――少し、呼吸が楽になりました」


 炉端に横たわったまま、一也が言った。閉じていた目が開いて、変わらぬ温かさで三朗と二緒子を見、ハイハイで近寄ってきた四輝しきに淡い笑顔を向ける。

 その様子に、とりあえずホッと息を吐いて、三朗と二緒子は、伊織に視線を戻した。


神狩かがり一族には、『神縛かみしばり』という技があります」

「『神縛り』……」

「彼らの最高位にして最難度の術で、人ではないものからそのたましいを引き剥がして、自らの掌中に握るというものです」


 伊織が話を再開した。


「君たちも、真那世と人間の決定的な違いは、ご存じですね?」

「はい」


 この天地の間に物質として存在する命は、肉体と精神の二つから成り立っている。

 肉体の核は心臓、精神の核はたましい

 人間の珠は霊珠れいじゅと呼ばれ、真神のそれは神珠しんじゅ、妖種は妖珠ようじゅと呼ぶ。


 通常、一つの命が持つのは、一つの心臓と一つの珠だけである。

 しかし、真那世だけは、父なる神から受け継ぐ神珠と、人の親から引き継ぐ霊珠の両方を持っている。


「だから、霊視の力を持っている術者が我々を視ると、胸部――心臓に重なる位置に、霊珠と神珠の光が緩く重なり合うようにして存在している様子が見えるそうですね」

「見える、ということは、伊織――様には、見えないんですか?」


 三朗が、ちらっと二緒子を見やりながら問いかけると、伊織は頷いた。


「私を始め、八手一族には霊力の使い方を知る者は居ません。ただ、同じ真那世同士だからか、神珠の気配は何となくわかります。特に、あなた方は祖神を直接の父君に持つ一代目ですから、とても強い神気を感じる」


 確かに、と三朗も頷いた。

 三朗も、霊力は全く使えないが、それでも、目の前の青年から、自分たちと似た気配を感じ取っていた。

 それは、血を分けた存在でありながらも、人間だった母や祖父からは感じなかったものだ。


「けれど、それは、二つの命を持っているということではありません」


 伊織が話を戻した。


「真那世とて、肉体に持つ心臓は一つ、神珠と霊珠も、あくまで二つで一つのたましいですから。それが互いに作用し合って、本来なら人の身には宿るべくのない神の力を霊の力で抑制し、安定させているのです」


 二つで一つ。

 本来なら、決して分かたれてはならないもの。


「それを分かって、奪ったというのですか? 何の為に?」


 二緒子が悲鳴を上げた。


「ご本人、そして、あなた方家族を従えて、利用する為です」


 伊織が恬淡と言った。


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