6 大咲村の夜-2

「ちょっと」


 渡された包みを一瞥して、三朗は顔を上げ、兵站の担当者を睨んだ。


「足りないよ。俺たちは三人だ」

「あ? そうだったか?」


 三十代半ばのその男は、明後日の方向を見ながら、籐の箱の蓋を閉めた。


「悪いが、今夜の夕餉の分はそれで終わりだ。まあ、半人前のガキが二人に半死人が一人なら、それで十分足りるだろ?」

「何でだよ!」


 またか、と思いながら、三朗は声を荒げた。


「糧食はきちんと日数分、人数分が用意されてる筈だろ!」

御館みたちの補給係が何か間違ったんだろう。帰ったら、ちゃんと報告しておくさ」

「けど!」

「――文句があるなら、食うな」


 食い下がりかけた三朗の前に、黒い影が差した。


桧山ひやま組長」


 八手一族たちが一斉に左右に退き、現れた四十代半ばの黒ひげの男に、場を譲った。


「『役』が完了した以上、後はもう引き上げるだけだ」


 男の金壺眼が、冷たく三朗を見下ろした。


「まして、あの『化け物』は、帰りは荷車に積んで運んでやらねばならんのだ。真垣まで歩かなくていいのだから、今夜の飯が少なくてもどうってことはない筈だ」

「戦った後の兄上は、歩かないのではなく、歩けないんだ。その理由なら知っている筈でしょう」


 三朗は、ぎり、と奥歯を鳴らした。


「その兄上に無理を強いて、援護もせず、便利に使っておきながら!」

「だから何だ?」


 三朗を睥睨した眼が、薄く嗤った。


「『しち』のままでも戎士の任を担ってみせると主公に大言壮語を吐いたのは、あの化け物本人だ。なら、言っただけのことはやってもらうまでだ」

「そうだそうだ」


 周囲の男たちが一斉に迎合した。


「まあ、斗和田とわだのご一代様が戎士に加わって下さったおかげで、俺たちが楽が出来ているのは確かだから? お礼に蛙か蚯蚓ぐらいなら捕ってきてやってもいいぞ?」

「篝火で焙ってやろうか? それとも、竜神の御子なら、丸のみの方がお好みか?」


 悪意と反感に満ちた揶揄と嘲笑が、さざ波のように周囲を伝う。


「っ……」

「何だ、その目つきは」


 思わず拳を固めた三朗を見下ろした桧山辰蔵の眸に、昏い鬼火が燃えた。


「忘れたのか? ここに居る者の半数は、あの化け物に家族を殺されているんだぞ」

「――俺は、親父だ」

「――俺は、伯父貴と上の兄貴が」

「――桧山組長だって、ご子息を」

「それでも、皆、エサが足りないなら世話をしてやろうと言っているんだ。少しはありがたく思ったらどうだ?」

「それを言うなら……」


 兄に対する度重なる侮辱に、とうとう三朗の忍耐も決壊した。


「組長こそ、忘れていませんか。最初に、いきなり俺たちの村に攻めてきて、俺たちの母上やじい様たちを殺したのは、そっちの方です」


 普段は心の奥底に押し込めてある激情が、むくりと頭を持ち上げた。


「兄上は、ただ俺たちを――家族や仲間を護ろうとしてくれただけだ」

「――煩い! それは、俺たちの所為じゃない!」

「――そうだ! 俺たちは、ただ主公の命令に従っただけなんだからな!」


 途端に、八手一族の男たちは金属質な声を上げて、三朗を取り囲んだ。


「主公の命令に従わなければ、薫子かおるこ様が殺される。だから、大勢の仲間が斗和田とわだなんて地の果てまで駆り出された挙げ句、化け物に殺された。俺たちこそ被害者だ!」

「斗和田に真神など居残っていなければ、俺たちがあんな目に遭うことはなかった!」

「お前らなんか、生まれて来なければ良かったんだよ!」


 怒りを口にすれば、同等以上の怒りが返る。

 憎しみを滲ませれば、同等以上の憎しみが返る。


 自分より年も上なら上背も上の男たちに包囲され、一斉に喚き立てられて、三朗は否応なく口をつぐんだ。


 阿の国へ連れて来られるまでは知らなかった。


 人間も真那世も、根源的に異なるものを本能的に嫌悪し、差別する。

 だから、誰かに抑圧されて生きるしかない者たちは、別の誰かを抑圧することで自分を護ろうとする。


 それが当たり前なら、立場的に一番下の者は、黙って耐えるしかない。


 苦い想いを堪えて、三朗は踵を返した。

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