7 大咲村の夜-3
妖種を狩り、滅することは、『
その『役』の常であるが、現場が農村や漁村、山村などの場合、
幸いにも晴天続きだった為、今回の『役』を担当した八手一族の五番組組長、
だが、三朗たち
結局、八手一族の戎士たちの輪の一番外側、それも庭の一番北側の湿った木陰を寝場所とするしかなかった。
「遅かったわね、三朗」
三朗がその場所へ戻ると、手分けして川へ水を汲みに行っていた姉の
「――どうかした?」
きっと強張った顔つきをしていたのだろう。
二緒子が、気遣わし気な表情を浮かべた。
「もしかして、ご飯、貰えなかった?」
「貰えたけど、二人分だけだった」
「また?」
何とか表情を取り繕って応じると、二緒子の透明感のある双眸に憂いが滲んだ。
「今回の『役』で、もう三度目じゃない」
「あの
不愉快なやりとりを再現する必要は無いと、三朗は敢えて軽く言って、肩を竦めて見せた。
「八手の連中、黒衆の担当が
「数馬様は、他の方々とは違うものね」
ほんのりと口元を綻ばせてから、二緒子は再び溜息を吐いた。
「でも、それなら八手の人たちも同じよね。本家の
「伊織様は医薬師で、組長じゃないからなあ」
「――仕方ない」
背後に植わっている松の幹に背を預けて目を閉じていた
「里に戻ったら、私から長に抗議しておくよ。それは二人でおあがり」
「駄目です、そんなの」
間髪入れずに頭を振ると、二緒子は、三朗が持ってきた二つの包みを開いた。
中には、干して粉状にしたもち米、薬用人参、胡麻に、蜂蜜と菜種油を混ぜ合わせ、丸く練り固めた兵糧丸が二つずつ入っている。
二緒子はそれを一つずつ兄と弟に渡し、自分も一つ確保すると、最後の一つを器用に三分割した。
「はい。兄様が、一番ちゃんと食べて栄養をつけないと駄目なんですからね」
「はいはい」
苦笑をよぎらせて、一也は松の木に預けていた背を起こしながら、妹が差し出す欠片を逆らわずに受け取った。
「じゃ、頂こうか」
「はい」
「頂きます!」
三人で行儀よく手を合わせてから、褐色の丸い物体を口に運ぶ。
といっても、兵糧丸はあくまで最低限の飢えを満たす為だけのものだ。形といい味といい、食事の楽しみなどとは全く無縁の代物である。
「ま、別に不味くはないし、腹持ちもいいんだけどさ」
欠片の方を二口足らずで飲み込んでしまった三朗が、小さくぼやいた。
「あーあ、姉上のつくね団子が食べたいなあ」
「こんなところで贅沢言わないの」
「私は豆大福が良いな」
「兄様まで、もう……」
「だって五日連続だよ? 流石に飽きるよ」
「逆に言えばたった五日でしょ。今回は、この
「じゃあ、もし、
「往復で二か月、毎食これね」
うへ、と肩を竦めてから、三朗は二個目の兵糧丸にかぶりついた。
「でも――」
その時、ふと二緒子が目線を落とした。
「もし、
一也が視線を巡らせる。
三朗も咀嚼を止めて、顔を上げた。一歳違いの姉の顔に滲んだ翳りを見つめてから、口の中のものをごくりと飲み下す。
『奥東方』という言葉が二緒子の中に呼び覚ました感情。
それは、先ほどの待機の間、青い山々を眺めていた時の三朗の気持ちと同じものに違いなかった。
「北は、あっちだね」
持ち上げた片手で、首元を彩っている朱色の勾玉に触れる。
そのまま、虚空へ視線を投げた。
もちろん、ここからでは、高い塀と鬱蒼と茂る庭木の枝葉が邪魔をして、北へ続く青い山々を見ることはできない。
それでも、空は全て繋がっていると思えば、その彼方を見晴るかさずにはいられなかった。
その国土の大半を占める
その懐に抱かれた
だが、その村はもうこの世には無い。
三年前、南からやってきた鬼堂家と黒衆とそれに従う八手一族に滅ぼされ、荒れ狂う濁流の底に沈められたからだ。
「――いつかは、帰れるかな」
桧山たちとの不愉快なやり取りは思い出さないようにしながら、三朗は言った。
「斗和田の湖が溢れて朝来村を押し流したのは確かだけど、でも、俺たちがこうやって生きているみたいに、他にも生き延びた人たちがいるかもしれないよね。もしかしたら、
星明かりすら見えない暗い空を、微かな風が渡ってくる。
その風に想いを乗せた三朗に、二緒子が心のどこかが軋んだような表情を滲ませた。
同時に一也の眸の色も深くなり、微かな痛みの色が浮いた。
「――そうね」
しばらくの沈黙の後、二緒子はぎゅっと両手を握りしめ、努力の結果と分かる笑みを浮かべた。
「いつか、兄様の『
「――ああ」
一呼吸の後、一也は端正な眉目に微風をよぎらせた。
「その為にも、食べられる時はしっかり食べて、眠れる時はしっかり眠るんだぞ」
兄が返した肯定に、二緒子はホッとしたように、三朗は希望を確認したように、表情に明るさを取り戻す。
「はい」
「『苦しい時、辛い時こそきちんと食え』、なんだよね?」
頷いて、過去から現在へと視線を戻し、食事を再開する。
そんな弟妹の様子を、一也は一抹の痛みを帯びた静かな眸で見守っている。
それは、既にどうすることもできない現実を知っている者の眸であり、そして、まだその事実を過不足なく認めるには幼い心を思いやる、慈愛の眼差しでもあった。
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