第二章 過去と現在

6 囁き合う声

「みんな、見た?」


 巨木が乱立する原始の森。その中で、一つの影が動いた。


「――あの黒衆くろしゅうのおっさんは駄目だなあ。現場にも出ないくせに、随分とふんぞり返って。ああいうのが、うちは一番腹が立つな」

「そっちじゃなくて」

「――八手一族のことよね……? せっかく私たちのご先祖様の目を逃れて、五百年間も隠れおおせていたのに、あの鬼堂きどう式部しきぶに見つかってくだされた、憐れな真那世まなせたち……。本当、可哀想……」

「――でもさあ、あの連中の個々の『神珠しんじゅ』の光はかなり弱い。おまけに、十何人と数を揃えてるのに、何もしてなかったじゃん。十人が二十人になったところで、うちらの敵じゃないよ」

「そっちでもないったら! 蜘蛛なんかどうでもいいのよ! 奈子なこ! 希与子きよこ! わざと言ってるでしょ!」


 拳が振り回され、風を切る音が聞こえた。


「――やだな……。そんなに怒らないでよ……」

「――ごめんごめん。例の三人のことだろ? わかってるって」

「そうよ! そっちを検分する為にわざわざ来たんじゃない。こんな田舎の鄙びたところまで、わざわざ!」

「――二回も言わなくていいわよ……。で、あなたはどう思ったの……?」

「なんで『神縛り』にかけられているのが、一番上のお兄さんなの?」

「――え? 気になったのはそこか?」

「だって、おかしいじゃない。戦力って意味なら、あれが一番役に立つ感じよ?」

「――それは、何か事情があるのでしょう」


 唇を尖らせたような気配に、理知的な雰囲気を漂わせる声音が重なった。


「――鬼堂興国おきくにがあの三人を手に入れたのは三年前。ということは、下の女の子も男の子も、まだ『神珠』の『から』が破れていなかった可能性がありますわ」

「――それで仕方なくってんなら、分からないでもないよな。うちはむしろ、あの男の子の方が気になったけど。あれ、神力ちからを抑えられてるだろう?」

「――ええ、あの首の勾玉ですわね。本来の『殻』は破れているのに、わざわざ人為的な『殻』を造って、神珠しんじゅの力を抑制していますね」

「――まあ、何て可哀想なの……。でも、何でそんなことをするのかしら……」

「――さあ、それもやっぱり事情があるのでしょう。あの勾玉は神狩かがり一族の術式ではないから、鬼堂興国ではなく、噂に聞く朝来あさぎ村の神和かんなぎ一族とやらが施したものでしょうし」

如子ゆきこの言う通り。つまり、あの子の本来の神力ちからは、あんなもので抑えておかなければならないほど強いってことよね?」


 興味と警戒を半々に漲らせた声に、腕組みをする気配が重なった。


「おまけに、全員が神剣しんけんを持ってるなんて。ちょっと背中がぞくっとしたわ。みんなもそうでしょ?」

「――ぎょっとしたよ。神剣って、真神が自らの神力でつくり出した神具の形態の一つだろ? 人間の霊力ちからが、『くさび』や『くさり』といった武具のかたちを取っていられるのは刹那の間だけど、真神が創る神具は、非物質でありながら永久的に存在を保つんだよな?」

「――ええ、かの『三種の神具じんぐ』と同じように。その奇跡の具象が目の前にあったのですもの。それはわくわく致しましたわ」

「――私はどきどきしたわ……。あれで斬られたら、私たちだって、とっても可哀想なことになるわよね……」

「『ぎょっ』でも『わくわく』でも『どきどき』でも何でもいいけど、とにかくみんな、想像以上だって思った訳よね」

「――だから?」

「――どうするの……?」

「――このままついて行って、真垣まがきまで行ってみますか?」

「真垣へ戻ったら、戎士じゅうしたちは、郊外にあるとかいう彼らの里に戻っちゃうでしょ? その里には、神祇頭じんぎのかみ直属のくさたちすら入り込めなかったって話よ。それより、この辺りで一度仕掛けてみるってのは、どう?」

「――いいけど、あんまり派手なことをやったら、また神祇頭に怒られるわよ……」

「――神祇頭が怒ったって知ったことじゃないけど、お母様が泣いたら嫌だな」

「――何もしなくても、お母様は泣きっぱなしですわ。『鬼が私を殺しに来る』って、ずっと怯えていらっしゃいますもの。その理由を私たちが引き継いだ今も、まだ」

「だから、私たちで『鬼』を滅ぼすの。そう決めたでしょ」


 最初の声が言った。


詩子うたこも、ずっと黙ってるけど、まさか異論はないわよね」

「――うふふ……」


 問いかける声に、ふわふわとした無邪気な含み笑いが重なった。


「――想像していたの。神珠しんじゅが砕ける時の音ってどんなのかしらって。だって、聞いたことないんだもの。霊珠れいじゅ妖珠ようじゅなら散々聞いたけどね。だから、早く聞いてみたい。さぞ甘くて美味しい音でしょうねえ」

「――相変わらずですね、詩子さん」

「――どうしてそう可哀想なことばかり言うのかしら……。残酷ね……」

「――詩子はそれでいいんだよ。な、ゆかり

「ええ」


 最初の声が、くすりと笑った。


「今回ばかりは、詩子の望み通りにしてやりましょうよ」

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