33 二番組の夕べ-1

 子雲しうんが、父と姉の墓石の前に跪いていた時と同じ日、同じ時刻。


 二緒子におこ三朗さぶろうは、一郎太いちろうたと共に、毘山びざんからおよそ百四十里(約五六〇キロメートル)東、の国との国を隔てる函東かんとう山脈のとば口にある街道沿いの村で、戎士じゅうし組の夕餉の用意をしていた。


 村長の屋敷の裏庭の一角。三人の前には、血抜きされて羽をむしられた雉が一羽と大根、そして、一山の里芋が置かれている。それらを手分けして細切れにし、傍に置いてある水を張った鍋にどんどん放り込んでいるのだった。


「話には聞いていたけど」


 覚束ない手つきで小刀を操り、芋の皮を剥きながら、一郎太が言った。


数馬かずま様ってお人は、本当に俺たちにも気を配ってくれるんだな」


 先陣として真垣まがきを出立して、三日が過ぎていた。

 日暮れにはまだ少し間があったが、数馬は、『天下の険』と称される函東山脈に無理に踏み込もうとはせず、山道の手前に位置するこの村で、一夜の宿を求めた。


 阿の国内で、『黒衆くろしゅうの偉い術者様』を拒む者は居ない。

 よって、数馬を始め、黒衆と人間の武士たちは、手厚く村長の屋敷に通されたのだが、その際、数馬は『明日からの山越えに備える為』と、村長に頼んで、戎士たちにも、普段は屋敷の下人たちが使っているという長屋を提供してもらってくれた。おまけに、夕餉用の食材まで手配してくれたので、今夜は兵糧丸ひょうろうがんではなく温かい食事をとることができ、露天ではなく屋根の下で休むことができる。ありがたい話だった。


「しかし、二緒子殿は如何にもって感じだけど、お前も結構上手いな、三朗」

「まあ、うちでは普通だから」

「前に、凛子りんこさんから、双子の付き添いで水守家にお邪魔したら、水守殿が三角巾に割烹着姿で出てきて腰を抜かしかけたって聞いたけど」

「あー、あれも、うちでは普通だから」


 その時の凛子の顔を思い出して、三朗は苦笑いをこぼした。そういえば、伊織いおりも、一也いちやのその姿を初めて見た時は、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。


「そう言うそっちは、全然駄目だな、一郎太」

「俺が御館みたちくりやをうろうろしていたら、乳母や雑仕の女たちにすぐ追い出されたからさ。『男子厨房に入るべからず』って。だから、鳥や獣を捌くのは得意だけど、こういうのは本当にやったことがないんだよ」


 語尾に小刀を滑る音が重なって、分厚く削ぎ落とされた芋のかけらが飛んだ。


「生まれつき神珠しんじゅの気配が見えない『末代まつだい』でもない限り、男児は戎士になることを前提として育てられるからな。そして、戎士になれば、いつどこで死ぬか、わからない」


 三人の向かいで、同じように小刀を使って芋の皮を剥きながら、二番組組長の甲斐かい源七郎げんしちろうが言った。


「だから、里や家では上げ膳据え膳で、ひたすら甘やかしてもらえる。それに、通常は、戎士組が外へ出る時の食事は里から持参する兵糧丸のみだし、真垣の月番の時の家事も、人質として同行させられる女たちが担ってくれるとなればな。現に、伊織の奴も、人の腹ならぴたりと縫い合わせるし、薬なら完璧に調合するのに、足袋の穴を繕わせたら足が入らなくなるし、米を炊かせたら糊になる」


 だが、そう言う源七郎は、実に器用に、するすると里芋の皮を剝いていく。


「俺は、独り暮らしが長いからな」


 思わずその手つきに注目した二緒子と三朗に気付いたのか、事も無げに言う。


「俺は名前の通り七人兄弟の末っ子だが、十二になるまでに両親も兄六人も全員死んでしまってな。以来、ずっと独り暮らしだから、家事の類は慣れている」

「そうなんですか……」


 淡々とした口調とその内容に、三朗と二緒子は、他に相槌の打ちようがなかった。


「でも、組長がそれじゃ、やっぱり格好がつかないですよ」

「そうそう。家事は女の仕事なんだから。組長がご自分でなんて、みっともないじゃないですか」


 そこへ、背後で地面を浅く掘り、周囲を石で囲って即席の炉を作って火を起こしていた二人の戎士が、そんなことを言って来た。

 共に十五歳。つまりは二緒子と同い年で、今回、一郎太と共に二番組に配属された、初陣の新人たちである。


「いい加減、嫁を取りましょうよ。みんな言ってますよ。甲斐組長は実力も男ぶりも申し分ないんだから、後はいい嫁さんさえ居れば完璧だ、って」

「うちの姉ちゃんとかどうですか? 顔はそこそこだけど、飯を作るのは上手ですよ」

「いやいや、それなら、俺の従姉の方が。こいつの姉貴よりずっと美人だし」

「――唐吉郎とうきちろう清策せいさくも、止めろよ」


 一郎太が苦い表情になって、その二人を見た。


「そういう言い方は、組長にも、その女の人たちにも、失礼だろ」


 全くだ――と、二緒子と三朗は同時に頷いたが、咎められた二人は不服そうだった。


「何だよ、俺たちは組長の為を思って言ってるのに」

「そうだよ。うちの祖母ちゃんも母ちゃんも、いい年して独り身は駄目だってよく言うからさ」


 確かに、八手やつで一族には早婚が多い。

 それは、男も女も結婚してこそ一人前という風潮があるからであるし、いつどこで命が終わるかわからないからでもあるし、故に、早く己れの神珠と血を引き継ぐ子供を遺す為でもある。

 特に、組長や副長の席を預けられるほどの実力者となれば、周囲が寄ってたかって見合い話を世話する、とも聞いたことがある。


 そういう意味では、確かに、七尾ななお清十郎せいじゅうろうに次ぐ実力者と称えられる甲斐源七郎が、三十歳を過ぎても妻帯していないというのは、八手一族の常識に照らせば奇異なことなのかもしれない――が。


「何より、死んだ許嫁にいつまでも拘ってちゃ、組長が不幸だろ?」

「そうだよ。いい加減忘れて、次を探せばいいんだ。あの人は自業自得でもあったんだからさ」


 源七郎の手が止まった。


「お前ら……!」


 同時に、一郎太が小刀と芋を放り出し、立ち上がった。


「ひゃっ」

「っ、おい!」


 二緒子が飛び上がるようにしてその小刀と芋を受け止め、三朗は反射的に一郎太の腕を掴んでいた。一郎太が、今にも二人に殴りかかりそうに見えたからだ。

 そこへ。


「お前たち、口ではなく手を動かせ。たかが火熾こしにいつまでかかっているんだ?」


 背後から、冷ややかな声が響いた。

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