19 鬼堂興国の命令

 そうなるよな、という空気が、組長たちの間に漂った。


「編成は、先陣、本陣、後陣の三段構え」


 そんな同胞たちを見回して、上座の長十郎ちょうじゅうろうが初めて口を開いた。


「黒衆の方は、まず数馬かずま様が、情勢の確認と道中の安全の確保の為、主公しゅこうより十日ほど早く先発なされる」


「それじゃ、万が一、九条家の招きとやらが罠であれば、数馬様が真っ先に危険にさらされることに」


 甲斐源七郎かいげんしちろうが顔をしかめた。


「お前と同じことを言って、葉武はたけ様が先陣には己れが立つと申されたが、当の数馬様が許されなかった」


 長十郎が答えた。


「危険であればこそ自分が行く、とな。よって、黒衆の先陣は、数馬様と、数馬様の郎党の葉武大吾だいご様、戸渡左門とわたりさもん様となる」


「――戸渡様?」


 思わず、三朗と二緒子は顔を見合わせていた。


 忘れもしない。

 大咲村の『役』で、五番組と水守家を率いた黒衆の術者だ。

 何もせず、しようともせず、ただ賄賂だけをがっつり懐にし、九条ゆかりの襲撃に遭遇した際は真っ先に逃げ出した姿は、今でも脳裏に焼き付いている。


 その戸渡左門は、真垣まがきの戦いで『傀儡』状態になっていた三朗に吹っ飛ばされて気絶し、その後、意識を取り戻すと、自分の存在が皆に忘れ去られていたことを良いことにこっそりと逃げ出して、隠れていたらしい。

 全てが片付いた後、葉武はたけ平九郎へいくろうに見つかって大目玉を食らい、当然、鬼堂興国きどうおきくにの逆鱗にも触れた。

 結果、黒衆の構成員として『役』の采配を委ねられる術者から、その術者に従って雑用をこなす郎党に降格されたと聞いていたが。


「では、その危険な先陣にして、最良の黒衆である数馬様と、最悪の黒衆である戸渡様のお供をすることになる、運がいいんだか悪いんだかわからない組は、どこっすか」


 杜戸慎介もりとしんすけが、皮肉気な口調を隠さずに言った。


「やっぱりここは、一族最強の『先祖返り』サマっすかね?」


「いや」


 長十郎が、ゆっくりと首を振った。


「主公のご命令で、七尾は本陣だ。よって、先陣には、甲斐の二番組に行ってもらう」


「だろうと思いましたよ」


 甲斐源七郎が、肩を竦めた。


「またですか」


 その後ろで、副長の伊吹椎菜いぶきしいなが小さく呟いた。


「最強の存在は己れの護りにこそ充てるべし、というのが、主公の信念だからな」


 萩原征八はぎわらせいはちが言った。


「斗和田の時もそうだったっすね。あの時も、一番組は本陣で、二番組と四番組が二手に分かれて先陣だった」


 杜戸慎介が、くつりと笑った。


「で、真っ先に斗和田の御一代と神和かんなぎ一族の術者たちにぶち当たった四番組は、当時の組長の弥市郎やいちろう様以下、十四人中十二人が死んだ」


「先陣とはそういうものだ。未知の敵に真っ先にぶつかるのだから、危険も大きい。、今回、二番組には、水守二緒子、三朗の両名を付ける」


 長十郎の言葉に、甲斐源七郎がふと顔を上げた。


「――え?」

「――私たちだけ?」


 一也いちやが眉をひそめ、三朗と二緒子も思わず声を上げたが、長十郎は無視して続けた。


「本陣は、主公御自らが率いられる。黒衆の供は、嶽川朧月たけかわろうげつ様、志摩武丸しまたけまる様、井東隼太郎いとうはやたろう様、そして、主公のご次男である兵馬ひょうま様も同道なされる。随従する戎士組は、七尾の一番組、萩原の三番組、五十嵐の八番組、そして、水守一也」


 三朗は、二緒子と視線を交わした。ということは、やはり今回、自分たちは、兄とは引き離されて使われることになるのだ。


「俺、まだ二番組とは組んだことないんだけど」

「私も一度だけよ。あの時は、黒衆が数馬様だったから、凄く楽だった」


 一番組と二番組は、単独でも十分強い戎士じゅうしたちが集まっているので、通常の『役』で水守家が遊撃として入ることは殆どなかったからだ。


「副長の伊吹様や他の戎士たちの私たちへの当たりはきつかったけど、甲斐様本人はそんなことはなかったわ。親切という訳でもなかったけど、嫌がらせなんかは無かったし、食事や寝場所も公平にしてくれた」


 組長の列の一番端に居る男をそっと見やると、どこか複雑な表情で顎を撫でている。


「後陣は、いざという時に備えて、央城の東にある不破ふわの関にて待機する」


 長十郎が編成の発表を続けた。


「黒衆の指揮は、葉武平九郎様。戎士組からは、杜戸の四番組と楢崎ならさきの七番組に行ってもらう」


「ということは、僕は留守番ですか?」


 直江郁太郎なおえいくたろうが大声を上げた。


「そうだ。堀内の六番組、直江の九番組、羽賀の十番組には、上役四家と共に里の留守を委ねる」


「留守番と言ったって、楽ではないぞ」


 堀内義兵ほりうちぎへいがぼそりと言った。


「上洛組が戻ってくるまで、三組と予備役とで、里の護りと『東北護台とうほくごだい』に舞い込んでくる全ての『役』をこなさねばならないのだからな」


「げー、そんなの大変なだけで、面白くもなんともないじゃないですか」


 直江郁太郎の声がさらに大きくなった。


「あーあ、僕も上洛組が良かったなあ。甲斐さん、先陣が嫌なら代わりません?」

「そんな言い方をしている限りは、代われんな」

「面白いとか面白くないとか、そういう問題ではないわ、この莫迦者が」


 甲斐源七郎が即答し、萩原征八が雷を落とす。


「それがわからぬなら、お前は留守番で良い」


「萩原の言う通りだ」


 長十郎が、中断していた話を再開した。


「今回の布陣は、御館みたちだけで定めたものではなく、中司なかつかさである数馬様のご意見によるところが大きい。慶賀と和睦の為の使節――しかも、赴く先は、我らはもとより、黒衆の大半にとっても未知の地である央城の都であれば、先陣と本陣には、常に理性で状況を把握し、全体を見渡して行動できる組長を配置する必要があるからな」


「つまり、郁太郎おまえのように目の前の状況だけを面白がってしまう奴や、俺のようにお行儀良くしていろと言われたら逆のことをやりたくなる奴や、小平太こへいたのように突進し始めたら止まらない猪はお呼びではない、ということだ」


 杜戸慎介がくつくつと笑った。


「つくづく、数馬様は、俺たちのことをよく把握してらっしゃる。しかし、それにしちゃ、水守家を分けたのは意外だったっすね」


「これは主公の意向だ!」


 揶揄めいた言葉に、長十郎が大声を上げた。


「反論など、認められることではないからな!」

「当初、数馬様は、水守家の三人はまとめて先陣に、とお考えだったのだ」


 斉明寺要さいみょうじかなめが、ちらちらと水守家を見ながら、取りなすように言った。


「だが、主公が、水守一也と七尾清十郎は本陣に置けと命令なさった。央城神狩には、近接戦闘に特化し、術者の処刑、暗殺を請け負う『死神』と呼ばれる者たちが居るから、ということでな」


「五番組を一人で半壊させたとかいう奴も、その一人ですな?」


 萩原征八が、目を光らせた。


「なるほど。だから主公は、真垣でその術者と対等に斬り合ったという水守一也と七尾を、傍に置きたい訳ですか」


「ならば、水守家は三人とも本陣に、と数馬様が言いかけたが、それでは当の数馬様の護りが薄くなると、葉武様が反対なさった」


「二緒子は十五、三朗は十四になるのだろう。それでまだ、兄のお守りが要るとは言うまいな」


 長十郎が固い声で言った。


「二緒子と同じ、今年で十五歳になる八手一族の予備役たちも、この春から戎士組に配属する。ただ、去年は、どの組からも死者と傷病による退役者が多く出た為、十五歳組だけでは穴埋めが足りない。よって、十四歳組の中からも、実力上位三名を繰り上げ配属することになった」


 三朗は、ふと目線を上げた。


 十四歳組ということは、三朗と同い年の子供たちだ。三年足らずではあったが、里の学堂がくどうで、共に鬼堂家の戎士となる為の教育を受けた。

 その中で、実力上位三名ということは――。


多生琳太郎たきりんたろうを三番組、斉明寺桐子さいみょうじとうこを八番組、針生一郎太はりういちろうたを二番組に配属する」


 その発表に、三朗が『やっぱり』と思うと同時に、八手一族の戎士たちが一斉に、壁際に控えている一郎太を見た。


「いいんですか? 本家の跡取りに、弥市郎殿と日差子ひさこ殿の忘れ形見に、斉明寺様の一人娘まで、もしかしたら九条家と一戦交えることになるかもしれない上洛組に出すなんて」


「上役として采配を振るい、一族の皆を危険に差し向ける我らが、直接の身内のみを庇い込むようでは、示しがつかぬだろう」


 誰かの問いかけに、多生禮二郎たきれいじろうが答えた。


「琳太郎も桐子も一朗太も、次代を担う要石となるべき子らであれば、人の社会の中心地である央城を直に見分し、神狩一族の実情を確かめることは、悪いことではない。危険を恐れて安全な場所に閉じ込めているばかりでは、子供が育つことはないのだからな」


「そういうことだ、水守一也」


 語尾に、長十郎の言葉が重なった。


「そこの二人と同い年の我らの子らが危険を引き受けるというのに、まさか、己れの弟妹ばかりを庇おうとは言うまいな」


「二緒子と三朗なら、同い年の八手一族の子供たちが予備役として里の警護任務だけで済んでいた頃から、『役』の前線に出ております」


 どの口が言うのだ、という表情で、一也は平坦に応じた。


「あなたがご子息を預けられるほどの信頼を、私はずっと、八手一族の組長の方々には抱けなかった。だから、後進として護るつもりも導くつもりもないところへ二人だけで遣るつもりはないと申し上げてきたのです」


 一也の表情が険しさを増した。


「今回もそうであるなら、許容はできない。長、あなたは今、先陣とは危険なもの『だから』二緒子と三朗を二番組に付ける、と言われた。それは、全員の生存率を上げる為に共闘するというより、ただ単に二人を二番組の盾として利用する、と仰っているようにしか聞こえなかった」


「確かに、さっきのは、そう受け取られても仕方ないっすねえ……」

「混ぜ返すな、慎介。話がややこしくなる」


 杜戸慎介が肩を竦め、萩原征八が頭痛を覚えたような表情で窘めた。


「だとしたら、何だ。まさか、またぞろ一代の神力を振りかざし、主公の命令を拒否するとでも言うのか」


 その語尾に、長十郎のおどろおどろしい声が重なった。


「水守一也、貴様がそんな風だから、今回、薫子が巻き添えを食うことになったのだ。つくづく、お前という存在は、我らにとっては疫病神だ」

「巻き添え?」

「最後に、主公はこう命じられた」


 問い返した一也に、長十郎が歯を軋ませながら答えた。


「今回の上洛、私も斗和田の折と同様、主公の本陣に随行する。その際、薫子と水守家の末子を帯同せよ、とな」


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