18 九条家の申し出

「昨夏の、九条家の姫による真垣まがき襲撃の件については、皆、承知していると思う」


 長十郎が着座したところで、最前列にいた上役の四人が身体の向きを変え、整列している組長たちに向き合った。


 口火を切ったのは、斉明寺さいみょうじかなめである。

 八手一族で会合等が行われる時、大抵、司会進行や説明役を務めるのが彼だった。


「あの後、主公しゅこうは鬼堂家のご用人である小野寺修理しゅり様を名代として央城おうきへ派遣し、九条家との折衝の機会を持った」


 小野寺修里は三十代の前半。術者としては全くぱっとしない為、『役』を任されることはないが、その代わり、話術や算盤の才を活かして、鬼堂家の対外折衝や勘定方で采配を振るっている。

 九条家の方からも、同じく用人の、鍵崎織部かぎさきおりべという六十代の老人が出てきた。


「その結果、九条家は、主公が求めた賠償を値切ることなく了承し、更には、補修用の材木や石材、それらを扱う匠たちまで揃えて、の国へ送って寄こしたそうだ」


 それらを率いてきたのは、織部の孫だという鍵崎とおるという若い術者だったが、ともあれ、資金と材料と人手が揃ったことで、真垣の城の補修はとんとん拍子に進み、昨年の晩秋には落成を迎えた。


「その直後のことだ。主公のもとに、勅使――帝の使いがやってきた。三月後の卯月吉日、央城は瑞籬宮みずがきのみやにて、高仁たかひと親王の立太子の祭礼が行われる。その式典に、神狩かがり一族の『東北護台とうほくごだい』として参列せよ、との仰せだった」


 八手一族の戎士じゅうしたちが、互いに顔を見合わせた。


「その立太子の祭礼ってのは、何です?」


 二番組組長の甲斐かい源七郎げんしちろうが、相変わらずの無精ひげを撫でながら言った。


「親王っていうのは、確か、帝の子供、それも男の子のことでしたね?」


「そうだ。今の帝は三つかそこらの頃に即位し、実に四十年以上、帝位に座り続けている。高仁親王というのは、その帝が三十を過ぎてからようやく授かった唯一の御子で、御年十五だそうだ」


 応じたのは、上役の端に居る、多生たき禮二郎れいじろうである。

 司会進行と大筋の説明役が斉明寺要なら、要所を威厳と知識で締めるのが、上役の最年長の彼だった。


「帝というものは、父親の唯一の息子であっても、それだけで後継ぎと決まる訳ではなく、あくまで最も有力な候補者というだけだ。立太子の祭礼とは、それを確定させる儀式。帝が高仁親王を後継者に定めたことを公に宣言し、朝廷の文武百官はそれを受けて皇太子に忠誠を誓う、というものだ」


「つまり、主公に、貴族の一人としてそれに来い、と? しかし、央城の帝とやらがそんなことを言ってきたのは、初めてではありませんか?」


 甲斐源七郎の左隣に座っている、既に髪も髭も白くなっている小柄な老人が言った。

 彼は、三番組の組長で、名を萩原征八はぎわらせいはちという。年齢は五十歳を幾つか越えており、現役の組長としても戎士としても、最年長である。


「鬼堂家は神狩一族の御三家の一つとして昇殿が許されている家柄だそうですが、わしが知る限り、先代の式部しきぶ様も、今の主公も、央城にお出向きあそばされたことはない筈。『東北護台』の尊名拝受のお礼言上すら葉武はたけ様を代理で遣わし、朝廷の方もそれで良しとして、何も言わなかったと記憶しておりますが」


「央城は、『怨敵』九条家のお膝元。うっかり足を踏み入れて、呪詛だの何だの仕掛けられたら、大変っすからね」


 軽い口調で言ったのは、萩原征八の左隣にいる、色白の優男である。年齢は二十代前半。雰囲気も口調も軽薄だが、目つきには油断のならないものがある。

 彼は、杜戸慎介もりとしんすけ。四番組の組長である。


「本当は、帝って人がくれたものに対するお礼を本人が言いに行かないってのは良くないことらしいっすけど、央城の帝とか貴族とかっていうのは神狩の術者には遠慮がちで、バケモノ絡みで事情があると言えば、あんまり煩く言われることはないんでしょ?」


「しかし、今回はそうはいきますまい」


 杜戸慎介の左隣にいる、四十代前半のずんぐりとした体格の男が、ぼそぼそとした口調で言った。

 彼の名は、堀内義兵ほりうちぎへい。六番組の組長である。


「帝直々の招聘、しかも、立太子の祭礼などという重大事に代理などを差し向けては、今の帝や朝廷への忠誠を疑われることになるやもしれない。それは、貴族という立場の人間にとって、避けなければならない事態の筈」


「その通りだ」


 斉明寺要が頷いた。


「更に、その帝の宣旨と相前後して、神祇頭じんぎのかみからの親書が、主公のもとに届いた。曰く、鬼堂家が上洛された際は、一度直に対面し、孫娘の不始末を詫びがてら、一族の未来について率直に話し合いたい、と」


 再び、八手一族の組長たちが顔を見合わせた。


「それって、神祇頭というお人は、本気で鬼堂家と仲直りしようとしている、ってことですか?」


 堀内義兵の左隣にいる、二十代の前半で、この場にいる戎士たちの中で一番大柄で上背のある青年が、朴訥な口調で言った。

 彼は、楢崎小平太ならさきこへいた。七番組の組長である。


「そう受け取ることもできる。実際、九条の姫が襲来した折も、その後も、九条家は、鬼堂家と事を構えるつもりなどない、という姿勢を全面的に打ち出してきていたそうだから」


 斉明寺要が慎重な口調で応じた。


「と油断させておいて、この機に一戦交えよう、というお誘いかもしれませんわね」


 八番組の五十嵐槙子いがらしまきこが、艶やかに笑った。


「九条の姫とやら途中までは成功していたように、『結界』を張ってその中で血しぶきを上げる分には、一般の人々には気付かれませんもの。全てが終わって『結界』が解かれたら、敗北者の死体が転がっているというだけの話で」


「罠かもしれないなら、断っちゃえばいいじゃないですか」


 あっけらかんと言ったのは、ひょろりとした瘦せ型で、頬にそばかすを散らしている、一也とそう年の変わらない青年だった。

 名は、直江郁太郎なおえいくたろう。九番組の組長で、組長の中では最も若い。


「それこそ、そうはいかない」


 その隣で、黒の頭巾を目深にかぶり、身体にも黒色の外套を巻きつけて、組長の列の一番端に影のように控えている男が、ゆるりと首を振った。


ゆかり姫とやらの行動が言語道断だっただけに、その『子供の行動』を謝罪し、償う姿勢を見せ続けた九条家の『大人の態度』は、文句のつけようがなかった訳だから」


 頭巾の下の顔は、両目と口の部分以外、ぐるぐるに巻きつけられた包帯で隠されている上、声もかなり嗄れている。ただ、体つきの雰囲気から、三十歳前後の男性であることは確かだった。

 名は、羽賀作之進はがさくのしん。十番組の組長である。


「つまり、鬼堂家が疑心や警戒だけでこの申し出を拒否したりすれば、九条家は、『かつての不幸なすれ違いを埋めようとした誠意を受け取らぬということは、我らに対する異心の現れである』と決めつけることができる、ということだ」


「羽賀の言う通り」


 斉明寺要が頷いた。


「私と多生殿は、長と一緒に、真垣で直に黒衆の方々から話を聞いてきたが、朧月ろうげつ様は罠だと叫んで憚らぬし、葉武様も、九条家の表面的な態度を鵜呑みにすることには懐疑的だった。一方で、理由もなく拒否することはできない、という見解も一致しておられた。それでは逆に、九条家に堂々と鬼堂家を排除する大義名分を与えることになるから、と」


「つまり、上洛も九条家からの会見の申し出も、受けざるを得ない。しかも、これは慶賀の為、そして、和睦の為の使節ということになるから、万一の事態に備えるにしても、仰々しく武士団を引き連れていくようなことはできない、ということだ」


 多生禮二郎が続けた。


「よって、今回、黒衆および武士団の随員は少数にとどめ、戎士組を徒士かち下人げにんの態で伴う、ということになった」

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